第10話 デート①
(前髪が、邪魔だな)
そろそろ目にかかるくらいまで伸びてきた前髪を鏡で見つめながら思う。そして自分のシフト表を見ると明後日は午後から時間が出来そうだった。楓から誘いを受けた前日に位置する。それを意識すると綾乃の顔は自然と上気するのだった。
(違う違う。今は前髪のことを考えているわけで……)
誰にともなく言い訳をする綾乃は、ベッドの中で先日咲希に連れて行って貰った美容院のことを思い出す。
(明日、予約方法を先輩に聞いてみよう)
そう思いながら眠りについた。
翌日、昼の休憩時間が
「先輩」
「お? どうした? 綾乃」
咲希は嫌な顔をせずに綾乃の話を聞いてくれる。前髪が邪魔になってきたので切りたい旨を伝えると、咲希はにこにこしながら予約方法を教えてくれた。
「まずはこのアプリをダウンロードして」
スマホは持っていたが、電話の機能くらいしか使わない綾乃はアプリをダウンロードするにも一苦労していた。そして言われたアプリをなんとかダウンロードする。
「そしたら会員登録ね」
名前や住所を聞かれるがままに入力していくと、あっという間に会員登録が終わる。
「そしたら、行きたい日時と担当を選んで、はい、完了!」
てっきり美容院へ電話で予約するものだと思っていた綾乃は、アプリ1つで予約が完了することに驚いた。
「私、この時間は仕事で一緒に行ってあげられないけれど、1人で大丈夫なの? 綾乃」
心配そうに綾乃を覗き込んでくる咲希に、綾乃はこくりと1つ頷いて見せる。そんな綾乃の様子をまだ心配そうにしている咲希だったが、休憩時間が終わりを迎える。
「じゃあ、美容院が終わったら迎えに行く。だから美容院で待ってて」
咲希の言葉に綾乃は驚いて目を丸くするが、有無を言わさない咲希の瞳に綾乃は頷くしか出来なかった。
翌日の美容院当日。
綾乃は電車と徒歩で予約した美容院へと向かっていた。まだ予約の時間には少し余裕があったが、店の前に到着した綾乃は1つ深呼吸をすると扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
明るい店員たちの声に迎えられる。受付の人に予約していたことを告げると、すぐに席へと案内された。
相変わらず明るいがどこか暖かさを感じる照明の中、綾乃はドキドキしながら席へと移動した。
席についてしばらく待っていると、
「お待たせしました~!」
指名していた前回と同じ女性スタッフが綾乃へと声をかけた。
「カットのご予約でしたが、今日はどんな感じにしましょう?」
「あの、前髪が邪魔になってきたので……」
「前回みたいに揃えちゃいます?」
テンポよく会話を進める女性スタッフの言葉に応えながら、綾乃は全体の毛先のカットと前髪のカットをオーダーしていた。
女性スタッフは綾乃のことを覚えており、
「石川さん、元気にしていますか?」
と言葉をかけながら手際よくカットを進めていく。自分だけではなく咲希のことも覚えていることに、綾乃は驚きを隠せなかった。
あっという間にカットを終えると、女性スタッフから、
「今回は特別に無料でトリートメントをさせて頂いてますが、しちゃっても良かったですか?」
その言葉に少し考える綾乃だったが、無料ならして貰ってもいいかと思い、
「お願いします」
気付けばそう答えていた。
トリートメントを受けながら、今日はシャンプーを控えるように助言を貰う。そしてトリートメント終了後、
「どうですか?」
そう女性スタッフに促されて自分の髪を触ってみた綾乃は驚いた。普段よりもサラサラなのはもちろん、手触りもつるつるしていた。
「あ、ありがとうございます」
綾乃はお礼を言うと、会計のために受付へと移動する。そこで会計をすませ外へと出る。まだ生ぬるい風が綺麗にしてもらった髪を撫でる。
店の前で立って待っていると、しばらくしてから見慣れた車が駐車場へと入ってきた。咲希の車だ。咲希の車は店の前に停まると、助手席の窓が開く。そこから顔を覗かせた咲希が、
「お待たせ、綾乃。乗って」
その言葉に、綾乃は助手席へと乗り込むのだった。暗くなった町を咲希の車のライトが照らしながら進んでいく。
「夕飯、まだでしょ? 一緒に食べない?」
咲希の言葉に綾乃は、言葉少なに頷いた。その様子を感じた咲希は満足そうにハンドルを握り、ファミリーレストランへと向かって走り出した。
ファミリーレストランへと到着した2人は車を降りると店内へと入り、
「いよいよ、明日初デートかぁ! 綾乃、緊張してない? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
咲希は初デートで綾乃が緊張していないか心配で、迎えに来てくれたそうだ。
「髪、綺麗にして貰ったんだね」
「はい。トリートメントもして貰いました」
「あそこのトリートメント、凄いでしょ?」
咲希の言葉に綾乃も凄いと言葉を返す。そうして会話を弾ませていると注文したメニューが運ばれてくる。
2人は目の前に揃った夕飯を食べながら、会話をしていく。
「映画観た後の予定は決まっているの?」
咲希からの言葉に綾乃は首を振る。そのあたりの話は全く楓から聞いていない。むしろ、あの日から楓は店に顔を出していないのだ。
「もしかして、連絡先、交換してないの?」
驚いた様子で声をかけてくる咲希に、綾乃はそう言えばそうだな、と気付く。
「連絡先、交換しておいた方が良かったですか?」
恐る恐ると言う風に言う綾乃に対して、咲希は頭を抱えている。
「それ、冷やかされて待ち合わせ場所に来なかったらどうしようとか、考えなかったの?」
「あ……」
咲希の指摘に綾乃は急に不安になった。
明日の映画を楽しみにしていたのは自分だけかもしれない。そうなっていたら恥ずかしい。でももうここまで準備を進めてしまった。咲希にも協力をして貰ったのだ。
「もし、明日天野さんが来なかったら、1人で映画、観てきます……」
綾乃はそう返すので精一杯だった。
「まぁでも、きっと来るって! 信用しないとね!」
咲希の明るい声に救われながら、それでも連絡先を交換しなかったことを後悔する綾乃だった。
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