セアという魔族──⑤

 サーシャさんはため息をついて立ち上がると、セアに軽くでこぴんをした。



「この子に害がないのは、見てわかった。本当に魔族かどうか怪しいくらい、純粋っぽいね」

「見ただけでわかるんですか?」

「もちろん。ウチを誰だと思ってるの? アサシンギルドのギルドマスターの洞察力を舐めないでほしいな」



 おお、すごい説得力。思わず拍手してしまった。



「それじゃあ、ウチはもう行くよ。目的もなくなっちゃったし、とりあえず仕事しないといけないから」

「あ、はい。お疲れ様です」

「それじゃーね、コハクくん。また特訓、よろしく頼むよん」



 そう言い残すと、いつの間にか消えていた。まるで、空気に溶け込むように。

 魔力の気配も痕跡もない。

 となると、アサシンのスキルなんだろうけど……目の前にいたのに、消えたことに気付かないうちに消えるだなんて。

 改めて、アサシンだけは敵には回したくないな……。



「うぅ、怖かったです……」

「だろうね。あれは俺も焦った」



 下手したら殺されてたかもしれなかったし。

 本当、殺されなくてよかったよ。



「それで、セア。セアの欲しいものって、この辺にあるの?」

「は、はい。多分……」

「多分?」

「なんとなく、この辺かなって」



 なんとなく、って……歯切れが悪いな。

 でもこの辺から、変な気配はしない。もしかしたら、人間では感じ取れない気配みたいなものを、魔族は感じられるのかもしれない。



「スフィア」

『すでに探知フィールドを展開しています。ですが……魔族に必要そうなものは、この辺にはありませんね』



 スフィアの探知フィールドでもダメか。

 じゃあここには、そんなものないんじゃないのか……?

 フェンリルも鼻をひくひくさせているけど、何もないのか首を傾げている。



「セア。俺の仲間が調べたけど、ここには何もなさそうだよ」

「そうですか……おかしいな。本当に、なんとなくこの辺なのに……」



 本当になんとなくって、全然要領を得ないんだけど。



「どんなもの? 名前がわかればいいんだけど」

「名前はわからないです。ごめんなさい」

「そっか……じゃあ形とかは? 石とか、草とか。それがわかれば、もっと探しやすいんだけど」



 セアはこめかみに指をつけて、うんうん悩む。

 何かを感じ取ろうとしているのか、眉間にしわを寄せている。

 悩むこと数分。

 急に何かを察したように、目を開いた。



「お魚さんです!」

「……魚?」



 こりゃまた予想外。石とか草とか土ではなく、まさかの生き物だとは。

 確かこの辺で魚が取れるとなると、川か湖があったな。



『おさかな! コゥ、こっち! おさかなの匂い!』

「ありがとう、フェン。セア、こっちだよ」

「は、はいっ」



 セアを連れて森の中を歩く。

 この森には小さな川が結構な数があり、一つの大きな湖に向かって流れている。

 だから水生生物は、必然的に湖に集まるようになっているんだ。


 しばらく歩くと、森の空気が僅かに変わった。水辺特有の涼しさを感じる。

 そして木々が開け、目の前に広大な湖が姿を現した。



「おー、広いですね……!」

「この辺だと、一番大きい湖だよ。ここならセアのお目当ての魚とか見つかるんじゃない?」

「…………」

「……セア?」



 セアから反応がない。どうしたんだろうか。

 これだけ広いから探すのには苦労するだろうけど、ぼーっとしている暇はないでしょう。

 セアは湖に手を付けて、じっとしている。

 と、すぐに振り返って暗い顔をした。



「ここじゃ、ありません」

「え?」

「ここじゃないんです。気配がまったくしません。むしろ、さっきの場所の方が気配が強かったです」

「なんだって……?」



 さっきの場所って……全然水辺じゃなかったけど。

 むしろ、草木や土、石しかない場所だった。

 あんな場所に魚なんているはずないと思うけど……まさか地下水? いや、それならスフィアが何か言うはずだ。



「……悩んでも仕方ないか。とりあえず、あの場所に戻ろう」

「はい……ごめんなさい、お手間を取らせてしまい」

「気にしないで。レトを倒すためだから」



 俺の言葉に、セアは身を竦める。

 そう、俺の目的はレトを倒す……いや、レトを殺すためだ。

 だから手伝っているだけで、セアのためではない。



「ほ、本当に……本当に、レト様を……?」

「うん。セアには悪いけど、俺は本気だ」

「そ、そう、ですか……」



 気まずさからか、セアは無言になってしまう。

 いくらセア自身がいい子だろうと、七魔極であるレトは殺す。

 これは、絶対だ。

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