スフィアVS偽コハク──①

   ◆スフィアVS偽コハク◆



『…………』

『────』



 遥か上空で、スフィアと魔人化した偽コハクが対峙していた。


 無表情を貫くスフィア。

 同じく無表情の偽コハク。

 既に向かい合って数分。2人は微動だにしていなかった。



(まずいですね、これは……)



 スフィアは機械人形マシンドールのため、汗を流すという機能は存在しない。

 しかしスフィアの心は、汗を流している気持ちでいっぱいだった。


 目の前にいる己の主人と同じ姿の存在。

 スフィアのスキャンにより、肉体構造も気配も全てコハクのものと一致していることはわかっている。


 それがいけなかった。


 いくら偽物とわかっていても、主人へ刃を向けるという罪悪感が芽生えてしまっていた。



(このまま戦闘に入れば、私はこやつを殺せるでしょうか……)



 コハクと同じ姿の相手を殺す。

 コハクを護るために、ある者、、、から生み出されたスフィアにとって、それは地獄の苦しみだった。


 だが、擬似生命体は作り出した者の指示を忠実に聞く。

 ここで逃がせば、偽コハクは間違いなく森を焼き付くし、街や文明を破壊する。


 クレアと魔人化しているのだ。

 それくらい容易いだろう。


 なら自分にできることは。



『申し訳ありません、ご主人様。──殺させて頂きます』



 目の前の敵を殺すのみ。


 モーター音と共に、両腕が砲塔へと変化する。

 紫色の瞳で素早くロックオン。問答無用でミサイル弾を撃ち込んだ。


 2発とミサイル弾が偽コハクへと迫る。

 偽コハクは1歩も動かず、右手を前に突き出すと──


 パチンッ。


 ──フィンガースナップ。

 直後、ミサイルを推進させている炎が消え、2つのミサイルは弧を描いて地上へと落下していった。



『チッ。羽虫の力ですか……!』



 炎や熱を操る力に特化した幻獣種ファンタズマ、火精霊クレア。

 その前には炎を使った武器や魔法は無力。


 それなら。



『高周波ブレード』



 再度両腕が変化し、剣となった。


 キイイイイイィィィィィィィ──!!


 耳をつんざく高音が鳴り響く。

 更に《技能付与エンチャント剣士フェンサー》を自身に付与した。



『行きます──!』

『────』



 偽コハクが無数の火球を作り出した、スフィアに向けて放つ。

 スフィアはそれをステップを踏むかのように避け、斬り裂き、偽コハクへと肉薄する。



『ハッ──!』

『────』



 高周波ブレードが偽コハクへと振るわれる。

 しかし、ハニカム構造の防御魔法がそれを防いだ。


 スフィアの持つ高周波ブレードは、物質に対してはどんなものでも切り刻む絶対の武器となる。


 だが超高位の魔法防御の前では防がれてしまう。

 この防御魔法を張っているのは偽コハクの中にいるクレアで、防がれるのは当然のことだった。


 そう、普通なら。



『ヤァッ!』

『────!』



 スフィアの高周波ブレードが、防御魔法を難なく斬り捨てた。


 偽コハクは瞬時に間合いを取るが、僅かに皮膚が切り裂かれて血が流れる。



『所詮偽物ですね。──クレアの防御魔法は、この程度ではありませんよ』



 いつも喧嘩ばかりしているスフィアとクレア。

 しかしスフィアは、クレアの力は認めていた。


 認めているからこそ、いつもコハクの護衛をクレアに任せていた。


 認めているからこそ、我らが主人を護る存在がここまで弱いことに……怒りを覚えた。



『対象の強さを完全にコピーする擬似生命体? ふふ、おかしなことを言いますね。……クレアはもっと強い。私の仲間を侮辱するな、蛆虫が』



 スフィアの鋭い眼光が、グラドへと向けられる。

 グラドの額に血管がビキィッと浮かび上がり、冷たい目でそれを受ける。



『殺し尽くして差し上げましょう。貴様ごと、全てを』

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