疑惑──②

 フェンリルと魔人化を解き、みんなを連れてボード森林の中を歩く。

 木漏れ日が射し、風で木々が揺らめく。

 心地いい。リラックスできる空間だ。


 でもやっぱり、魔物の気配は一切感じられない。


 ここまで来ると、ミステリーだ。



「今の所、変なところはないよね。魔物がいないくらい、かな」

『ご主人様。先程のような奇襲が考えられます。ご注意を』

「それはわかってるけどさ」



 こうもピクニック日和にこんな気持ちのいい森の中だと、緊張感もなくなるというか。


 フラガラッハに手をかけ、俺を中心にライガが前、クレアが右、スフィアが左、フェンリルが後ろを警戒する。


 みんなの探知能力に掛からないなんて、逆に「ここにいる」と公言しているようなものだ。

 だから何かがここにいるのは間違いない。

 でも、それがなんなのか……今の所、手掛かりがまるでない。



「ん……ふあぁ~」

『コゥ、つかれた? ねむい? おひるねする?』

『マグマ草採取から、移動が続いてるものね。無理もないわ』

「い、いや、大丈夫だよ」



 みんなも頑張ってるんだ。主人である俺が弱音を吐くわけにはいかない。

 ……あぁ、でも眠いなぁ。


 気を紛らわせるために、全身を伸ばしてストレッチをする。

 と、次の瞬間──。



『コハク様!』

「え? うわっ!?」



 ライガの剣が宙を斬り、俺の側に巨大なウルフ型の魔物が肉塊となって崩れ落ちた。

 そいつを皮切りに、森の奥から次々にウルフ型の魔物が出てくる。

 さっきと同じだ。ワイバーンも、まるで何もない所から湧くようにして現れた。

 これ、何かあるぞ、絶対……!


 フラガラッハを抜き、襲い掛かってくるウルフ型の魔物を【切断】で斬り殺す。

 みんなも各々迎撃していく。


 明らかに数百体はいるけど、俺達の前には無力も同じ。

 数分後には、辺りはドロップアイテムだらけになった。



「うーん。やっぱり手応えを感じないな」

『うぎぎぎぎ……! なんかストレスだわ……!』



 クレアの気持ちもわかる。

 見えない何かに弄ばれている感じがしてならない。


 更に進むこと1時間弱。

 あれっきり魔物の姿はない。平和な森が続いている。


 そうしている内に、またも集中力が切れ──直後、今度はスネーク型の魔物が襲い掛かって来た。



「チッ……!」

『面倒ですね、これは……!』

『ボク、イライラする!』

『もういっそのこと森ごと燃やし尽くしてやろうかしら!?』



 みんなのフラストレーションもピークみたいだ。

 俺だってイライラする。なんなんだこれ。意味がわからない。


 イライライライライライライライラ……。






『喝ッッッ!!!!』

「『『『っ!?』』』」






 突然のライガの咆哮に、思わず俺ら全員背筋を伸ばした。



『皆の者、落ち着くのだ。未知の現象に遭遇した時こそ、冷静に対処しなければならない。不動の心を以て臨むのだ』

「あ……ご、ごめん、ライガ」



 そうだ。俺がイライラしていちゃ何も始まらない。

 数回深呼吸して、心を落ち着かせた。



「……ありがとう、ライガ。もう大丈夫」

『はい。……申し訳ございませんでした、コハク様。コハク様にまで説教のようなことをしてしまい……』

「いや、気にしないで。ライガのおかげで目が覚めたから」



 不動の心。冷静に物事を見て、分析する。



「魔物の気配がないのは後に回すとして、まずはどのタイミングで魔物の群れが俺らを襲って来たのか。それを考えよう」

『タイミングって?』



 フェンリルがこてんと首を傾げる。



「なんとなくワイバーンもウルフも、こっちのタイミングを見て襲って来たと思うんだ。それがわかれば、対処しやすいだろ?」

『なるほど! コゥ頭いい!』



 褒めてくれるのは嬉しいけど、ぺろぺろしてこないで。


 と、クレアも同じことを考えていたのか、腕を組んで頷いた。



『私もなんか変だなって思ってたのよ。私達幻獣種ファンタズマがいるのにわき目も振らず襲い掛かって来たのはおかしいわ』

『そうですね。どんな魔物でも、私達の姿を見れば躊躇するはず。それを感じられませんでした』

『手応えのなさも、違和感だらけではあるな。不可思議なものを斬っている感じだ』



 みんなが感じていることを色々と言葉にする。

 確かに、幻獣種ファンタズマは人間には見えないけど、魔物になら見える。

 トワさんの相棒である黒龍のクルシュも、クレアを見て警戒したくらいだ。

 それなのに、今の魔物達は全く躊躇がなかった。


 操られているのか、それとも別の理由が要因なのか。


 それに、俺達を襲って来たタイミングだ。


 ワイバーン襲来の時。あの時は魔物の気配を感じられず、完全に油断していた。

 そしてウルフ奇襲の時。集中力が切れ、周囲への警戒が疎かになったタイミングで襲って来た。


 ……あれ、まさか……?


 1つの可能性に気付き、スフィアを見る。

 スフィアも同じ考えに至ったのか、こくりと小さく頷いた。



『ご主人様の考えている通りだと思います。相手は、こっちの警戒が緩んだタイミングを見計らい、奇襲を仕掛けているのかと。精神的な虚を突き、私達を疲弊させるのが目的なのかもしれません』



 そう、その通りだ。

 生物は、一度緩んだ気持ちを引き締める時にかなりのエネルギーを使う。

 現に2回奇襲を受け、俺の心は思ったよりも疲弊していた。


 そして、こんなことをする可能性がある相手は、たった1つ。



「『魔族』」



 俺とスフィアの言葉が被り、他のみんなが息を飲む。


 恐らく……いや、間違いない。

 いるぞ、この森に。……魔族が。

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