捜索──⑥

   ◆



「テメェクソゲボ女! 何してくれてんだおいコラ!!」

「あれは私が悪いのではありません。あんな素晴らしい戦いをしていた奴らが悪いのです」

「感化されて闘気が漏れ出たテメェのせいだ!!」



 ブルムンド王国、アレクスを囲う壁から飛び降りた、2つの影。

 男──ドアラの怒声に、女──サノアはしれっとした顔をしている。


 今しがた、アシュアとロウンの戦闘を見ていた2人だったが、サノアが2人の戦いを見て興奮してしまい、闘気が漏れ出てしまったのだ。


 アシュア達に感づかれたことに感づいた2人は、こうして全力でその場を離れていた。



「戦ってしまえばいいではないですか。あちらは2人。こちらも2人。1人頭一殺で済みます」

「馬鹿か!? 相手は剣聖アシュアと、魔拳闘鬼ロウンだぞ! 二対一ならともかく、タイマンで勝てるか!」

「……チキン(ぼそ)」

「んだとコラ!?」



 アレクスの街の中を全速力で走りながらも、2人はいがみ合いを止めない。

 が、人混みの中をまるで風のように駆け抜け、壁から数キロ離れた場所でようやく脚を止めた。



「ここまで来りゃ、あいつらも追ってこないだろ」

「はぁ……せっかく魔拳闘鬼と戦う機会だったのに……」

「おい。俺達に課せられた使命、忘れてんじゃねーよな」

「あなたじゃないんですから。チキン」

「それは鳥頭と揶揄してんのか!?」



 賑わっている噴水広場の隅にあるベンチに座り、サノアが鞄から一枚の写真を取り出した。



「この男を探し出し、連れ帰る。それが本命の依頼ですから」

「にしても見つかんねぇな、こいつ。どこに隠れてやがんだか」



 サノアから写真を奪い、それをまじまじと見つめる。

 と、「あん?」と首を傾げた。



「こいつ、サノアに似てねえか?」

「似てねえよ、殺すぞ」

「え、ごめん」



 急な暴言に、ついつい謝るドアラ。

 ただサノアの鬼のような形相に、ドアラはこれ以上突っ込めなかった。


 サノアはドアラから写真を奪い返し、そっと鞄にしまった。



「とにかく、この男を探すのが最優先。そして余裕があれば魔拳闘鬼と戦う。これで行きましょう」

「戦うのは決まりなのか」

「当たり前です。この国で一番強い拳闘士と戦い、血で血を洗い……最後には、壊す」



 光を感じさせない瞳が虚空を見つめる。

 この何を考えているかわからない瞳に、ドアラはうすら寒さを覚えた。



(顔と体はいいんだが、薄気味悪ぃ女だぜ……にしても、写真の男……コハク、だったか。サノアに似てるような気がするんだよな)



 ドアラは嘆息し、そのことについて考える。



(……ま、気のせいか)



 ただし、ドアラは小さいことを考えるのが苦手だった。



   ◆



「……いないか」



 十数分後。10キロの距離を駆け抜けたアシュアとロウンは、壁の上に着いた。


 だがそこには、警備隊以外誰もいない。

 ここにいたという微かな気配だけ感じるが、人の姿はなかった。



「アシュア、あの気配どう思うよ」

「……少なくとも、只者じゃない。アレクスの警備は強固だ。そんな中気取られずここにいて、俺達に向かって的確に殺気を飛ばしてきた……ん?」



 アシュアが石の柵の一部に触れた。



「ロウン、この壁を作っている岩石は、大抵の攻撃は防げるようになってるよね」

「ああ。ゴールド以下の攻撃では、ビクともしねーぞ。アルカナル岩石。物理衝撃を和らげ、魔法攻撃を弾くものだ」

「なら……そいつは、少なくともプラチナ以上ってことだ」



 石柵の一部を指さす。

 そこには、不自然に空いた5つの穴があった。

 まるで指を食い込ませたような穴に、ロウンは目を見開いた。



「へぇ……おもしれぇ。この国にもまだ、こんな奴がいたのか」

「いや、もしかしたらこの国の人間じゃないかもしれない」

「この国人間じゃない? ……まさか」

「ああ」



 アシュアは壁の上からアレクスの街を見下ろす。


 笑い、賑わい、楽しげに過ごす街の人々。

 変わらない、いつもの日常だ。


 だが。



「いるぞ、ここに。……コハク君を狙う刺客が」

「……へっ、ようやく尻尾を出したってわけか。アシュア、こいつは俺にやらせろ」

「いいけど、殺すなよ。こいつらは生け捕りだ」

「わーってる。……捜し出してやるぜ」



 ロウンは凶悪な笑みを浮かべ、壁の一部を掴み──無造作に握り潰した。

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