真髄──①

   ◆



 毒の魔族を見つけてから、1ヶ月。

 大陸に来て、既に2ヶ月が経過していた。


 剣精霊との連戦も、最高で256連勝。

 そこから伸び悩むどころか、100連勝するのも怪しいほどに不調が続いた。


 こんな状況で、毒の魔族に勝つ……正直、今の状態では勝てる気がしない。



「そう言えば、毒の魔族って今どうしてるの?」



 この1ヶ月、毒の魔族の監視はスフィアに任せてたけど、今どうなってるんだろう。


 休憩中の俺の疑問に、スフィアが答えた。



『ずっと、毒性の物を手あたり次第に取り込んでいますね。そのせいで渓谷の生態系が、大きく崩れています』

「え、大丈夫なの、それ?」

『毒の魔族を殺さない限り、生態系も元には戻りませんが……奴を殺せば、数百年で生態系は元に戻ります。だから大丈夫です』



 いや全然大丈夫なように聞こえないけど!?


 数百年って、相当な時間……って、そうか。みんなの感覚からすると、数百年ってあっという間なのか。わかりづらい。



『ただ、ちょっと問題が発生していまして……』

「問題? どうしたの?」



 スフィアがそう言うと、そこはかとなく嫌な予感しかしないんだけど。



『毒の魔族が毒性物質を取り込んでいるため、急速に力を付けています。力で言えば、火精霊を騙った魔族と同等……それか、少し毒の魔族の方が強くなっています』

「な!?」



 あの下劣な魔族よりも強いだと……!?



「……毒の魔族も、あいつみたいに複数の命があるのかな? ほら、毒性の魔物とか食べてるわけだし」

『いえ、命は魔族本体のものしかありません。純粋な力として、あの魔族より強いということです』



 マジか。

 あの魔族は確かに強かった。それでも攻撃が当てられないというわけではなく、厄介だったのは数十個の命が1つの体に入っていたことだ。


 そんなあいつと、毒の魔族が同等の力を持つ。ということは、純粋な力で言えば毒の魔族の方が上……。



「因みにだけど、最初に見つけた時はどれくらいの強さだったの?」

『そうですね……バトルギルドのロウンさん並みの強さと言えばいいでしょうか』



 あの時点でロウンさん並み。そして今は、あの時の魔族並みか。

 しかも今の口ぶりからして、奴は毒性物質を取り込むことで力を付けている。

 このまま放置すれば、俺の成長率を考えても勝てる見込みは……。



「その魔族、みんなが倒した方が早いんじゃ」



 確かに、今後七魔極や魔王を相手にするなら、毒の魔族くらい俺一人でも倒せないと話にならない。

 それでも今の状況を考えると、俺が倒せなくなるまで強くなるんだったら、みんなが倒した方が絶対に早い。


 そう考えてると、俺の肩に乗っていたクレアが満面の笑みを浮かべた。え、何その笑顔、怖いんだけど。



『コハク、逆に考えるのよ』

「逆?」

『確かに今のコハクではアイツには勝てないでしょう。今のまま修行しても、勝率は誤差の範囲でしか変わらない。それって、どうしたら変わると思う?』



 勝率を上げる方法……。



「あ、魔人化とか?」

『それじゃあ、コハク自身の成長には繋がらないじゃない。この話の前提は、コハク自身の成長があるのよ』



 俺自身の成長か。

 そう考えると、おのずと答えは出てくるんだが……え、まさか?


 嫌な予感が頭の中を駆け巡り、思わず一歩後退った。

 その拍子にクレアが俺の肩から飛び上がり、じりじりと詰め寄ってくる。



『おっと。コハク様、どちらに行かれるのです?』

『コゥ、逃げちゃだめだよ』

「ちょ、ライガ! フェン!」



 クレアと似たような爽やかな笑みを見せるライガに肩を掴まれ、フェンリルが逃げられないように背後に回り込む。



「す、スフィアっ」

『……』

「目を逸らさないで!?」

『ご主人様。スフィアは悪い子です』

「俺の前ではいい子でいてほしいんだけど!」



 前から迫りくるクレア。

 後ろからはフェンリルの圧。

 そして俺を掴んで離さないライガ。


 逃げ切れるという希望を一切排除した、絶望としか言えない状況だ。



『大丈夫よ、コハク。超簡単なことだから』

「それは俺の生命の危機と天秤に掛けた結果、言える言葉か?」

『偉い人は言いました。死ぬこと以外はかすり傷、と』



 それ死ぬ一歩手前もかすり傷って言ってるようなもんだよね!?



『絶対に勝てない相手に勝つ、唯一無二の作戦。今からそれを伝授するわ』



 絶対に勝てない相手に勝つ、唯一無二の方法……だと?

 何それ。そんな超お手軽なものがこの世に存在するのか。

 それならそうと早く言ってほしかったな。ほら、みんなが爽やかな笑顔を見せるからさ、うっかり人権無視の超絶無理難題の修行を押し付けられるのかと──。



『今から数週間、力を蓄えている相手をも凌駕するほどの人権無視も甚だしい鬼畜の所業レベルの修行を課して、コハクの意思とは無関係にめっちゃ力を付けよう大作戦よ!』

「やっぱりね! やっぱり想像した通りだよこんちきしょう!」



 いや、想像よりはるかに酷い方法だった! せめて人権は担保して!



『さあコハク様、時間はありませんぞ』

『ボクも手伝う! 手伝う!』

『時間はないわよ、コハク!』

『ご主人様、ご武運を』



 いや……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る