未知──⑤

 食肉植物の花畑を後にし、再びスフィアの案内で大陸を歩く

 1日でどれくらい見て回れるかなんてわからないけど、まだ森すら抜け出せない。

 大森林、大草原は見たけど、それ以外だとどんな土地があるんだろうか。



「ねえスフィア、この大陸ってどれだけ大きいの?」

『はい。面積は約3000万平方キロメートル。大森林、大草原、砂漠、火山地帯、永久凍土、毒の渓谷、永眠の森、落雷の雨等々。魔物が生息し、支配する大自然が広がっています』



 聞かなきゃよかった。

 毒の渓谷とか、永眠の森とか、人間の住む土地では聞いたことがない。

 多分、通常の人間がここに住もうとしても自然に負けて絶滅しそう。そう思えるくらい、この土地はヤバい。


 もしいい所なら、トワさんに報告した方がいいとは思ったけど……やめておこう。


 改めてこの大陸のヤバさを認識していると、フェンリルの足が止まった。



「フェン?」

『……生き物の気配がする』

「そりゃあ、これだけ魔物が多数生息する大陸なんだ。生き物の気配くらい……」

『違う。魔物じゃないよ』



 ……魔物じゃない、生き物の気配?

 幻獣種ファンタズマは魔物だし、もしいるとしたら俺でも気配くらいは感じられる。

 だけどその気配は微塵も感じられない。つまり幻獣種ファンタズマじゃない……ってことは。



「魔物以外の生き物が、この大陸にいる……?」

『多分……』



 フェンリルでも確証を持てないのか、耳と尻尾が垂れ下がった。

 そんなフェンリルの頭を撫でながら、スフィアに目配せする。



『間違いありません。私のマップにも、魔物以外の生物が映し出されています』

『私も、妖精種フェアリーの子を通じて確認したわ。……強いわね。しかも人型よ』



 幻獣種ファンタズマのクレアが、強いと断言した。しかも人型ってことは……?



「亜人か?」

『私にはわからないけど……嫌な気配よ。とっても嫌な』



 クレアの言葉に、フェンリルとスフィアも頷く。

 スフィアの目が妖しく光り、モーター音が鳴り響く。

その間、マップに移っている対象の光りは、ある場所から動かずにいた。



「こいつはどこにいるの?」

『毒の渓谷ですね。毒の霧が渓谷を覆い、毒性植物、毒性魔物が多数生息しています。土壌も水源も毒で汚染されていますから、毒に耐性を持ってない生物では30分もすれば息絶えるでしょう』



 そんな危険地帯にいる、人型の生物……人間や亜人はこの大陸にいないし、魔物が突然変異して人型になったわけでもなさそうだ。


 となれば、考えられる可能性は限られてくる。


 1つ。魔法の転移による失敗。稀にだが、魔法の失敗でどこか遠くに転移することがあるらしい。

 だけど、クレアは嫌な気配と言った。つまり人間の気配ではない。同様の理由で、亜人であることも限りなく低い。


 と、言うことは……。






「魔族……?」

『『『ッ!?』』』






 俺のつぶやきに、3人が一斉に臨戦態勢に入った。



『検索……ヒット。過去の魔族のデータと一致する魔族を発見しました』

『私も思い出したわ。毒を好んで摂取し、いくつもの都市に超猛毒をまき散らした最悪の魔族……』

『ボク、あいつだけは死んでも嫌い……!』



 あのフェンリルでさえ、嫌悪の表情を見せている。

 火精霊を騙ったあの魔族も大概だったけど、今回現れた魔族はそれ以上にみんなの記憶にこびりつくほどの奴だったのか。


 そんな魔族が、なんでこの大陸に……?



「まさか、魔王復活と何か関係があるのかな」

『可能性は大いにあります。魔王の復活で、封印されていた各魔族の封印も緩んでいる……しかも自力で封印を解くほどの力を持つ魔族となると、この間の魔族とは比較にならないほどの強さです。正直、今のご主人様ではまだ……』

「……ねえ、今のそいつって、どうしてるかわかる?」

『はい。映像に映します』



 スフィアの目が光り、空中に映像を映し出した。

 そこに現れたのは、一体の異形の生物。

 漆黒の肌。羊のような角。コウモリの翼。

 そいつは今まさに、地面を這っていた巨大毒蜘蛛を鷲掴みにして頭から丸かじりにした。



『足りぬ……足りぬ……足りぬ……!』



 猛毒の霧の中平然と呼吸し、毒性魔物を喰らい、毒の水を飲む。

 なりふり構わず、とにかく飢えを満たすが如く手あたり次第に食べていく魔族。

 落ちくぼんだ目も、ひしゃがれた声も、とにかく神経を逆撫でする。

 こんな生物がいるなんて……。



『――誰だッ!!』

「うっ!?」



 ば、ばれた……!?



『ご安心を、ご主人様。確かに奴は視線を感じていますが、私達がどこから見ているかはわかっていません。まあ、空間を捻じ曲げた遠視を掻い潜り、視線を感じ取ったのは敵ながらあっぱれと言ったところでしょうか』



 ほ……よかった。

 スフィアの言う通り、映像の中の魔族は辺りをキョロキョロと見渡してい。



『誰か……誰か、見ているな。……まあいい。今はそれより飯、飯だ……』



 俺達の視線なんて気にも留めず、今度は毒ムカデを喰らう魔族。

 映像越しでもわかる。

この魔族の強さは、あの時の魔族の比ではない。



「……みんな、直ぐに剣の里に戻ろう」

『コハクならそう言うと思ってたわ』

『奴の監視は私にお任せを』

『コゥの特訓の相手なら、いつでも任せて! 任せて!』



 みんなは、俺のやりたいことを察してくれた。

 さすが、頼りになる。


 あの魔族は今の俺には勝てない。みんななら余裕なんだろうけど、それじゃあ駄目だ。

 俺は七魔極、そして魔王を倒さなきゃならない。こんなところで、こんな奴に手間取ってる暇はない。


 見てた限り、まだこの魔族もこの渓谷を動きそうにない。

 そうなったら、やるべきことは1つ。


 一にも、二にも、修行あるのみ。

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