魔法武器《フラガラッハ》──⑤

「やっぱり早く戻ってくる手段があったんですね、アシュアさん」

「ああ。コルの魔術で、身体能力を強化してね。ところで……」



 アシュアさんの目がスっと細められる。

 同時に、彼の纏っている圧が一層強まった。

 すごい……多分本気じゃないんだろうけど、これがバトルギルド、ミスリルプレートの圧……!


 今この場を動いたら、一瞬で消される。

 そう思わせるほどの圧を受け、俺に絡んでいた3人の体は子鹿のように震えた。



「君達はコハクくんの友達かい?」

「え……と……こ、これはその……!」



 男の1人が、慌てて俺の肩に回していた手を退ける。



「俺ァ聞いたぜ。コハクの知り合いは、バトルギルドの恥晒しなんだってよ。なあコル?」

「ええ、僕も聞きました」



 遊び相手を見つけたような笑みを見せるロウンさん。

 有無を言わせぬ貼り付けた笑顔のコルさん。

 その2人だけでも手に負えない。


 だけどそれ以上に、アシュアさんの怒りに満ちた目が俺に絡んでいた3人を射すくめた。



「彼は俺の知り合いだ。大切な客人だ。その彼に絡んでいたようだが……納得のいく説明をしてほしいな」

「こ、これはっ、その……あ、アシュアさんのお客様って知らなくて、つい……!」

「君達は、ついで絡むほど暇を持て余しているのかい?」

「…………」



 1つ1つの言葉は優しく、相手を思いやっているようだ。

 だけど、その言葉に乗っている重圧が、反論を許さない。



「……その手に持っている酒はなんだ?」

「っ! こ、これはその……!」

「……君達はバトルギルドのハンターとしての自覚が足りないようだ。暇と体力を持て余しているようだし……ロウン、相手をしてやれ」

「はいよ」



 鉄甲を嵌めた両拳をぶつけ、火花を散らすロウンさん。

 その笑みはもはや人間ではなく、獰猛な獣のようで……。



「「「すっ、すっ、すみませんでしたぁーーー!!」」」



 男達は、我先にと一目散に逃げ出した。



「けっ。何でぇ、根性のねぇ奴らだ」

「バトルギルドの質も下がりましたね」

「はぁ……あとでマスターに報告しておこう。コル、名前を調べておいてくれ」

「わかりました」



 すごい……戦わずに、威圧だけで戦意を折った。



「コハクくん、うちのものがすまない。後できつく言っておくから、許してくれ」

「あ、はい」

「ところで、俺に何か用かな? バトルギルドへ入る気になったかい?」

「いえ。そうではなく……実は、聞きたいことがあって来ました。数年前に亡くなった、ダッカスさんというハンターについてです」


「「「──ッ!」」」



 ダッカスさん。

 その名前を聞き、アシュアさん、コルさん、ロウンさんは目を見開いた。



「……コハクくん。その名前をどこで?」



 俺は話した。

 魔法武器の製作を決めたこと。

 国内最高の腕を持つザッカスさんの元を訪れたこと。

 だが、もう打てなくなったこと。

 その理由を、フランメルンの酒場で聞いたこと。


 説明してる間、3人は悲痛な面持ちで聞いていた。



「……奥に来なさい。ここだとまずい」

「はい」



 確かに、人目がある場所で死者の話はまずいか。

 3人についていき、応接室へ入る。

 壁に穴が空き、窓ガラスも割れているから、正確には密室ではないが……。



「コル、防音結界を」

「わかりました」



 ああ、なるほど。コルさんの魔術で声を漏らさないようにするのか。

 やっぱり魔術ってすごいなぁ。


 綿の飛び出したソファーに腰掛ける。

 俺の肩にはクレアが座り、スフィアは右側で待機。フェンリルは俺の後ろに座っている。



「ダッカスか……懐かしい名前を聞いた」

「ああ。まさか今になって、あいつの名前を聞くとは思わなかったぜ」



 どうやら、ダッカスさんはギルドでも有名な人だったみたいだ……。



「どんな人だったんですか?」

「……3年前のあの時、彼はゴールドプレートのハンターだった。生きていれば、俺達と同じでもう1人のミスリルのハンターになれる可能性を持つ男だったよ」

「なっ……!?」



 バトルギルドのミスリルプレート。

 それは最強の称号。

 最強オブ最強。


 3年前の時点で、そこまで強かったなんて……。



「彼は豪快で、快活で……皆から慕われていた。俺達も慕っていた」



 アシュアさんの言葉に、コルさんとロウンさんは頷く。



「でもダッカスさん、どこか生き急いでいた感はありましたよね」

「おう。何を急いでたのかは分からないが、ダッカスはとにかく強くなることを目的としていたな。けど、鉱石採掘も積極的にやっていた」



 強くなるのが目的。それなのに、鉱石の採掘も積極的に行ってた……どういうことだろう?


 何か頭の隅の方で引っ掛かっていると、アシュアさんが話を続ける。



「だけどその時は来た。ギルドからの依頼で、ダッカスを含めた5人のメンバーがある組織の壊滅に向かったんだ」

「ある組織?」

「【紅蓮会】。聞いたことないかい?」

「すみません」

「いや、大丈夫だ。あの組織は表には出てこない裏の組織。知らないのも無理はない」



 裏の組織。つまり、非合法。

 犯罪者組織ということになる。



「火の精霊を神聖視し、月に1度15歳未満の子供を誘拐して生きたまま燃やす。そんな頭の狂った儀式をしている組織が、【紅蓮会】だ」



 ……火の精霊?



『羽虫……まさか……』

『クレア、自首する? 自首する?』

『ちちちち違うわよ!? 確かに火の精霊は私しかいないけど、そんな非人道的でキチガイじみた祈りなんて受け取るはずないじゃない!』



 わかってる。クレアはそんなことをする子じゃない。

【紅蓮会】が勝手にやっているってだけだろう。



「……それで、【紅蓮会】は壊滅したんですか?」

「……いや、していない。奴らには逃げられたと報告が上がっている」

「そうですか……でも……」

「ああ。ダッカスがいて、失敗なんてするはずがない。……ダッカスは、裏切られたんだ。他のハンター達に」

「……ぇ……」



 裏切り……そんな……まさか……!?



「正確には、裏切られたんじゃない。ダッカスと行動を共にしていたメンバー全員が、【紅蓮会】の人間だったんだ」

「ッ!」



 そうか……納得がいった。

 でも、確認しておかなきゃならないことがある。



「そのハンター達が敵の人間だというのは、いつ頃わかったんですか?」

「事件からおよそ半年後だ」



 つまり……その間にザッカスさんは、ダッカスさんは同じギルドのハンターに裏切られたと知ったんだ。

 そして誤解は解かれないまま、今までずっと……だから、あんなにハンターを嫌ってたのか……。



「ダッカスの死体は、背後からの奇襲で背中に4つの傷。そして前から、袈裟に斬られていた。これが致命傷だったらしい」

「そう……ですか……」

「……俺達が知ってるのはこれくらいだ」

「……ありがとう、ございます……」



 3人にお礼を言って、俺達は応接室を後にする。


 まさかまさかだ。

 こんなことを聞かされるだなんて、思ってもみなかった。

 今更、実は息子さんを殺したのは【紅蓮会】で……なんて言っても、ザッカスさんは信じてくれないだろう。



「……どうするかな……」

『……ご主人様は、ザッカスさんに魔法武器を打ってもらいたいんですよね?』

「うん……まあね……」

『そのためには、過去を精算しなければならない……それはわかっていますね』

「うん。でも……」

『はい。一筋縄ではいかないでしょう。──ですが、1つだけ可能性があります』

「えっ……!?」



 スフィアが、その可能性について話す。

 見たことも聞いたこともない、突拍子もない方法。

 だけど……。



「それ、本当なんだね?」

『はい。私の検索に狂いはありません』

「……わかった。信じる」



 ザッカスさんとダッカスさんの過去を清算し、前を向かせる。

 偽善と言われるかもしれない。

 余計なお世話と言われるかもしれない。

 それでも、目の前で苦しんでいる人は見捨てられない。


 強くあれ、雄々しくあれ。正しくあれ、誠実であれ。


 俺は、俺を貫く。

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