危険《デンジャー》──⑤

「……それは、勧誘ってやつですか?」

「またの名をヘッドハンティングとも言う」



 悪びれもなく言うな、この人。


 ギルド間同士の勧誘、引き抜き、ヘッドハンティングは往々にしてある。

 より高額で、より高待遇で迎えることで、ギルドの利益にするためだ。


 ハンターも1人の人間だ。

 人間には人権があり、権利がある。

 誰がどこのギルドに所属するか。

 それは本人の自由意思に依存する。


 もちろん、剣士ギルドには剣士職しか入れないし、魔術師ギルドには魔術師職しか入れないという制約はある。


 だけど、バトルギルドは違う。


 戦闘職で、強ければ入れる。

 単純で簡潔。

 それがバトルギルドだ。


 アシュアさんは、極めて真面目な顔で話を続けた。



「バトルギルドは、君と年俸契約を結びたいと思っている」

「年俸契約」

「白金貨50枚。更にミスリルプレートのポストを約束する」

「白金貨50枚に、ミスリルプレート」



 白金貨50枚と言うのは、普通じゃ稼げない金額だ。

 プラチナプレートでも、死に物狂いじゃないと稼げない。

 ミスリルプレートなら問題ないが、死ぬリスクがプラチナプレートの10倍だと言われている。


 そんな金額が、無条件に転がり込んでくる。

 それに加えて、最強の称号であるミスリルプレートのポストを確約した。


 ヘッドハンティングの観点からすれば悪くない……いや、高待遇すぎる条件だろう。



「当然、依頼をこなせばその分の依頼達成料も支払う。どうだい?」



 と言うことは、最低白金貨50枚は手に入り、それ以上の額も稼げる、と。


 …………。






「お断りします」

「──理由を聞いてもいいかな?」



 俺の言葉に、アシュアさんは顔色ひとつ変えない。



「今の俺は、トワさんが認めてくれたからここにいられます。彼女を裏切るような真似は、絶対にできません」

「……そうか、残念だよ」

「そう見えませんが」

「本当さ」



 ……食えない人だ。


 結局、アシュアさん達は何も採らず、レゾン鉱脈を出ていった。



『コハク、よかったの? 向こうに行けば、お金には一生困らないわよ』

「いいんだよ。別に俺は、お金のために働いてるわけじゃないから」

『なら何のために? 生きる上でお金は必要よ?』



 ……何のため、か。



強くあれ、、、、雄々しくあれ、、、、、、正しくあれ、、、、、誠実であれ、、、、、……そんなところかな」

『……ふーん。あんたがそれでいいなら、私は何も言わないわ』

「ああ。……それじゃ、デス・スパイダーのから魔水晶を採取しようか」



   ◆



「全く、アシュアも人が悪いですね」



 レゾン鉱脈を出てしばし。

 荒野の真ん中で、コルが見透かしたような笑みで口を開いた。



「何がだ?」

「確かにギルド間での引き抜きはよくあること。でも……バトルギルドでは、それはご法度です」



 バトルギルドは、血の気の多い人間が集まる魔窟だ。

 本人の意思で覚悟を持って入らない限り……大抵のハンターは、1週間で音を上げる。


 アシュアも、それは重々承知していた。


 コルの隣を歩いていたロウンも、頷きながら口を開く。



「アシュア、お前さんはあいつを試したんだろ? 力があり、金や名誉に目が眩むような人間かどうか」

「……コルとロウンには、隠し事は出来ないなぁ」



 あっさり自白した。


 確かに、アシュアはコハクの人間性を試すためにあんなことを言った。

 欲に目が眩む人間は、自分の力に溺れ、道を踏み外すことがある。


 幻獣種ファンタズマという最強の魔物を使役している人間がどんなやつなのか……アシュアはそれを知りたかったのだ。



「ですが、杞憂でしたね」

「ああ。彼は欲に目が眩まず、自分の意志を貫いた。だから心配することはないだろう」

「だがよ、もし誘いに乗ったらどうしてたんだ?」



 ロウンがふとした疑問を口にする。


 バトルギルドはヘッドハンティング厳禁だ。

 それはミスリルプレートだろうと変わらない。

 もしコハクが頷き、実は嘘でしたなんて言えば……彼は傷付くだろう。


 だがアシュアは、なんでもないような微笑みで答えた。



「彼と共に仕事をしたいと思ったのは本当だ。もし彼が頷いたら、マスターに全裸土下座でも靴舐めでもして受け入れてもらってたさ」

「……ふふ。惚れてますね、彼に」

「あの力を間近で見せられたらな」



 今でも思い出す、デス・スパイダー亜種を圧倒した力。

 アシュアはあれを思い出し、自分も精進しないとな……と人知れず覚悟をきめたのだった。

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