ブロンズプレート──②

   ◆



「落ち着きましたぁ〜?」

「は、はい。すみません……」



 母親のように安らかな笑みを浮かべるトワさん。

 まだ撫でてくれるのは嬉しい。

 けど、この歳になって子供扱いされてるみたいで恥ずかしいよ。



『むぐぐっ……! いつまで撫でてるのよこの女……!』

『でもコゥに優しい、いい人! いい人好き!』

『それは分かりますが、些か近すぎませんかこの雌』



 こらこら。クレア、ソフィア。メンチ切るの止めなさい。



「あ、ありがとうございました。もう大丈夫ですのでっ」

「そうですかぁ〜? 甘えたくなったら、いつでも甘えていいですからねぇ〜」

「は、ははは……」



 思わず目を背けてしまった。

 魔力というか、甘えたくなる雰囲気というか……包容力っていうのかな。この人に甘えると、とにかくダメになりそうで怖い。


 トワさんは俺の頭から手を離し、ブロンズプレートを手に近づいてきた。



「コハクさん、立ってくださ〜い」

「は、はいっ」



 ソファーから立ち上がる。

 トワさんは俺の左胸に、ブロンズプレートを付けてくれた。

 その際、女性特有のいい匂いを堪能したけどそれは内緒ということで。



「はい、出来ましたよぉ〜」

『へぇ、いいじゃない!』

『よくお似合いです、ご主人様!』

『コゥ、綺麗! かっこいい!』



 トワさんが、俺を姿見の前に立たせた。


 俺の左胸に光る、テイマーギルドの一員としての証。

 あぁ……まだ実感が湧かない。

 だけど、こうして左胸に光るこれが、事実だと教えてくれた。



「それでは、早速今日から依頼は受けられます〜。受付に行って、サリアちゃんから詳しい説明を聞いてくださ〜い」

「はい! ありがとうございます!」



 依頼! 仕事!

 やっと無職から脱却したんだ!


 がんばるぞー!



   ◆



「サリアさん!」

「あっ、コハクさん。お待ちしていました」



 ギルドの受付に行くと、サリアさんが笑顔で出迎えてくれた。



「仕事したいです!」

「おー、やる気満々ですね。では説明するので、こちらへどうぞ」



 サリアさんの後に続き、パーテーションで区切られた区画に移動する。


 半個室みたいな形で、ちょっと狭い。

 こんな所にサリアさんみたいに綺麗な人と一緒にいるって……ちょっと緊張するな。



「まずは、試験合格おめでとうございます。これから一緒に頑張っていきましょう」

「はい、ありがとうございます! 頑張ります!」



 拳を握り締めて返事をすると、サリアさんは優しく微笑んだ。



「ふふ、いい返事ですね。それではギルドの説明をするけど……どれくらいのことが分かってますか?」

「えっと……ギルドは一般人から様々な依頼を受け、ギルド員がそれを解決する……ですよね?」

「はい、その通りです。依頼には様々あり、探し物、採取、魔物の討伐などがあります。コハクさんはブロンズプレートなので、探し物と採取がメイン。あとは弱い魔物の討伐が出来ます」

「アイアンは出来ないんですか?」

「はい。アイアンは駆け出しなので、探し物と採取しか出来ません」



 なるほど……そうやって少しずつ下積みを重ねていくのか。



「どうします? せっかくなら、魔物の討伐依頼を受けますか?」

「いえ。俺はブロンズプレートにさせてもらいましたが、ギルドや依頼のことは全く知りません。なので、アイアンと同じく探し物や採取の依頼からやっていきます!」



 探し物も採取も出来ないのに、魔物だけ倒して強くなるなんて、ギルド員失格だろう(自論)。

 とにかく今は、ギルドの一員として早く仕事を覚えたい。



「…………」

「……あの、サリアさん? ぼーっとしてどうしたんですか?」

「……あ、いえ。今までも何人か、ブロンズプレートスタートの方はいらしたのですが……コハクさんのような方は初めてでして」

「そうなんですか?」



 やはり普通は、強くなるために魔物の討伐依頼を受けるんだろうか。



「でも依頼が来ているということは、困ってる人がいるんですよね。なら俺は、少しでも困ってる人の役に立ちたいです」

「……本当、お優しいんですね……」



 優しい……のかな? 当たり前の思考だと思ってたけど……。



『ご主人様の寛大で広いお心……不肖スフィア、敬服いたしましたッ』

『コゥ優しい! 優しい!』

『流石、幻獣種ファンタズマに好かれるだけあるわね』



 そんな持ち上げられても何も出ないよ。

 あとでお菓子買ってあげよう。



「それでは、依頼の受け方を説明します。ついてきてください」

「はい」



 半個室を出ると、ギルド内にある掲示板の場所までやってきた。



「アイアン、ブロンズ、シルバーはここで依頼を見つけます。ゴールド以降は危険なため、受付でのみ依頼を受けられます」

「へぇ……」



 どれどれ。

 薬草の採取。鉄鉱石の採掘。逃げた馬の捜索。落とした人形を探して。彼岸草の群生地の調査。ゴブリン10体の討伐。オーク5体の討伐。


 なるほど、こういうのがアイアン、ブロンズ、シルバーの仕事なのか。



「じゃあ、まずは薬草の採取からやってみます」

「分かりました。受付で受領するので、こちらへどうぞ」



   ◆



 受付で無事に依頼を受領し、皆を連れてアレクスの街を出た。

 場所は近くの森の中。ここに薬草が生えているらしい。



『コハク。薬草ってのはどれくらい必要なの?』

「どうやら、沢山あればあるほどいいみたい。薬草は回復薬の原料だからね」

『ふーん。で、どうやって見つけるの? 草なんてどれも一緒に見えるけど』

「そこは大丈夫。スフィア」

『はい、ご主人様』



 スフィアの目が赤く光ると、周囲に赤い膜のようなものを張った。



『探知フィールドを生成しました』

「ありがとう、スフィア。……ほら、見てごらん。赤く光ってる草があるだろ? あれがお目当ての薬草だ」



 こう見ると、確かに普通の雑草のようにも見える。

 熟達した人じゃないと、まず見落としてしまうだろう。



『じゃ、あれを引っこ抜けばいいのね!』

「うん。クレア、飛び回って薬草を沢山採ってきて。根元から抜くといいらしいから、お願いね」

『任せて!』



 クレアが少し遠くにある薬草を集め、俺とスフィアが近くにある薬草を採取する。

 順当に数を重ねていく。

 と、40リットル麻袋がいっぱいになった時だった。



『コゥ、これ! これ!』

「ん? フェン、どうしたの?」

『これ他と違う! いい匂い!』



 いい匂い?


 ……うーん。他の薬草と見分けが付かない。何が違うんだろ?

 それに光ってない。薬草じゃないのかな?



「スフィア、これ何?」

『こちらは上薬草ですね。薬草が突然変異して現れる、薬草の上位互換です』



 薬草の上位互換……そんなものもあるのか。



『コゥ。ボクえらい? えらい?』

「ああ。よく見つけてくれたね、偉いぞ」

『ぬへへぇ〜』



 フェンリルの頭を撫でると、気持ちよさそうに擦り寄ってくる。

 本当、おっきい犬みたいだ。



「なら、これも採取しよう。薬草はいくらあってもいいからね」

『了解よ』

『畏まりました』

『ボクもがんばる!』



 こうして、40リットル麻袋3つ分の薬草と、1つ分の上薬草を採取し、俺達はテイマーギルドへと戻って行った。

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