破滅への1歩

   ◆



「何? 神託が聞けないだと?」

「はい。昨日からですが……」



 ターコライズ王国、王城。

 謁見の間にて、国王は耳を疑う報告を受けた。


 この国の主神であるガイア神からの声が聞こえない。

 ここ20年。毎日のように聞いていた神託がだ。

 確かにこれは異常事態であった。



「供物は捧げたのか?」

「は、はい。神託通り大地の恵を……いつもなら供物に光が差すのですが、本日は何も起きなかったのです」



 教主の言葉に、髭を撫でて熟考する。


 この国はガイアの神託を聞き作物を育て、大地を豊かにしてきた。

 だが、聞こえなくなったのは昨日からという。

 1日、2日、そういう日もあるだろう。

 まだ慌てるような時でもない。



「分かった。今後も信仰を続けよ。ガイア様からの神託を受けるまで気を抜くでないぞ」

「ハッ!」



 教主が謁見の間を後にする。

 と、今度は冒険者ギルドのギルドマスターが血相を変えて飛び込んで来た。



「こ、こ、国王様! 一大事でございます!」

「どうした騒々しい」

「じ、実は……我がギルド最強の戦士、剣聖がスキルを全く使えなくなったのです!」

「……何だと?」



 剣聖とは、剣のスキルを全て扱える最強の称号だ。

 つい最近も、剣聖には勲章を与えたばかりだ。

 それなのにスキルを使えなくなった……由々しき事態である。



「心因的なものか?」

「い、いえっ。本人も突然使えなくなったと……!」

「そんなわけなかろう! 何かあるに違いない!」



 剣聖のスキルは、伝承では剣の精霊の試練を乗り越えると与えられるものだ。


 精霊の力は絶対。

 その力であるスキルが使えなくなるなんて、ありえないことだ。


 国王は玉座に腰を掛けて頭を抑えた。

 今朝から理解不能なことばかり起きている。

 大地の神ガイアからの神託も聞こえず、剣聖もスキルが使えない。



(どうなっているんだ、こんな立て続けに……偶然か? ……うむ、ありえるな。恐らく偶然だろう。そうに違いない)



 と、そう結論づけたその時──謁見の間に大量に人間が押し寄せてきた。



「ど、どうした!?」

「も、申し訳ございません国王様!」

「直ちに外へつまみ出しますゆえ!」

「ま、待て貴様ら! 落ち着くんだ!」



 衛兵が食い止めるも物量には勝てず、謁見の間は大量の人間で埋め尽くされた。



「こ、国王様ぁ!」

「大変です国王様!」

「国王様、水質が急激に悪く!」

「作物も枯れてしまい!」

「我がギルドの聖女が力が使えなくなったと!」

「我がギルドの大魔法師も!」

「うちの錬金術師まで!」

「大気も汚染されてきています!」

「魔物の群れが押し寄せてきていると報告が!」

「宮廷魔法師が、王都を覆っている結界も不安定だと言っています!」



(な……ぇ……な……?)



 怒涛のように押し寄せてくる不穏な報告。

 ここまで来ると、偶然とは言えない。


 この国に、何かが起こっている。


 何故こんな立て続けに起こっているのかは分からない。

 だが、ここで食い止めなければ……ターコライズ王国は滅びる。


 そんな直感にも似た確信が、国王の胸に去来した。



   ◆



『あっ』

『む? どうしたガイア』

『教主に最後の挨拶するの忘れちゃった』

『関係あるまい。我らが国を出た時点で、あの国は滅ぶことが決まっている。挨拶をしてもしなくても変わらない』

『んー……ま、いっか』

『それを言うなら、俺も人間に与えた剣のスキルは全て没収した。コハク様に仇なした国には必要なかろう』

『確かに!』

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