第12話 負けヒロインはアイドル④

 瑠羽とメッセージアプリを交換してから、彼女は金曜日まで、一度も学校には顔を出さなかった。




 その間俺は、授業のあったノートを写真に撮り、メッセージアプリで瑠羽に送信していた。


 彼女は俺の送った画像を確認したら、決まって一言「ありがとう」と返答をする。


 それ以外のやり取りは、一切ない。


 忙しい上、好感度も足りないのだから、仕方がないだろう。




 今日も、授業で使ったノートを写真に撮り、瑠羽へと送付した。


 既読が付いたのを確認し、今日も一言だけかな、と思っていたが、その予想は裏切られた。




『いつもありがと』


『君のノート。凄くわかりやすくって、助かってます』


『もしかして、成績良かったりする?』




 メッセージと、自分の画像が使われたスタンプが連続で送られてきた。


 アイドルだからそういうスタンプがあるのもおかしくないとは思うが、よく自分で使えるな……と、俺は彼女の豪胆さに驚く。




『学年2位だから』


『このくらいはね』




 俺がそう返答をすると、




『ダウト!君からはそんなに知性を感じないし』


『でも、本当にノートは分かりやすくまとめられてるから、学年20位とか、そんなとこ?』




 と、笑顔の顔文字付きで返答が即座に来た。


 俺は証拠となる成績表を写真に撮り、送り付けた。




『マジ…?』


『うっわ、なんだかショックだよ…』




 と言うメッセージと、『信じられない!』と瑠羽が驚いた表情を浮かべているスタンプが送られてきた。




 ――瑠羽の気持ちは分かる。


 いくら彼女の前では猫を被っているとはいえ、俺からは隠し切れない3枚目キャラクターのオーラがむんむんに立ち上っている。


 しかし、俺はスケベでお馬鹿なキャラクターのくせに、勉強ができるタイプの友人キャラなのだった。


 これまで勉強で困ったことは、ほとんどない。


 それどころか、今年の定期テストに限って言えば、ループのたびに同じテストを受けているので、学年一位を取るのも容易い。




『分からないところがあったら、なんでも教えてあげるよ』




 俺がメッセージを送ると、




『それじゃあ…』


『いくつか質問があって』


『…でも、直接教えてもらった方が早いかな』


『明日のお昼、ちょっと時間を作ってもらっても良いですか?』




 俺はそのメッセージを見て、思わず拳を握って喜んだ。


 早速イベントが来た……!




『もちろん』




『良かった』


『それじゃあ、11時から。場所は、ここで』




 そのメッセージの後に、URLが送られてきた。


 開いて確認をすると、カラオケボックスだった。




『了解』




 俺が返答すると、すぐに既読がついてから、メッセージが届く。




『ありがとう。それじゃあまた明日。おやすみなさい』




 瑠羽はそれから、ぐっすり眠る自分のスタンプを送信してきた。




『おやすみなさい』




 俺も、一言返信をする。


 それから俺はスマホをベッドの上に放りだし、しばし思案する。




 今のところ、どうやら順調に攻略が進んでいるらしい。


 このまま進めば、大きなイベントが起こるのもそう先のことではないだろう。


 そのイベントが起これば、彼女との距離は一気に接近できるだろうが……。


 ――気が進まない。




「……寝るか」




 考えても気分が重くなるだけだ。


 俺はベッドに身体を沈める。




 明日は瑠羽とのデートイベント。


 遅刻して心象を悪くするのは避けたい。


 早く起きるためにも、今日はもう寝よう――







 翌日。


 約束のカラオケボックスに、俺は一人でいた。


 瑠羽が多忙故に約束の時間に遅れた、というわけではなく、




『出来れば入室時間をずらしたいから、先に部屋に入って、番号を教えて』




 と、そんな理由があった。




『先に部屋に入ったよ』


『508号室』




 と、彼女に送る。


 既読が付いて、2分程が経過し、扉が開かれた。


 俺は扉を開いた女性に目を向ける。


 店員さんではないが、瑠羽の姿にも見えない。




 黒髪のショートカット、前髪には一房の赤いメッシュが入っている、


 顔はサングラスをかけて、顔は判別しかねたが。


 それでも美人なのはすぐに分かる顔立ちだ。




「思い切ったイメチェンだね」




 俺が声を掛けると、驚いた表情で彼女は言う。




「ごめんなさい、部屋を間違えました」




 申し訳なさそうに言ってから部屋を出ようとしたが、これが茶番だと俺は気づいている。




「間違えてないよ。冗談は良いから、早く入りなよ」




 俺の言葉に、黒髪ショートカットの女の子……変装・・をした瑠羽は、部屋に入った。




「折角ウィッグ付けて、サングラスもかけて、変装してきたのに。全く驚かないのは、つまんないかも」




 髪の毛をくるくると指先で弄りながら、瑠羽は言った。


 彼女の変装は、教室やテレビで見る瑠羽とは全く結びつかない。


 前ループで彼女の変装姿を見たことがあるため、今回は動揺することもなかったが、初見では俺も分からなかった。




「滲み出るオーラは誤魔化せないのかも」




 俺が軽口を言うと、




「揶揄ってるよね?」




 不満そうに瑠羽は口を尖らせて言った。




「どうかな。……それよりも、今日は勉強をしたいんでしょう?」




 俺が本題に切り込むと、瑠羽はコクリと頷いてから、




「そう。時間作ってもらってありがとう」




 と、お礼を言ってきた。




「いいよ、2時間くらいでしょ。この後撮影があって、所謂ケツカッチンなんでしょ?」




「ケツカッチンって、まあ、そうだね。慌ただしくってごめんね?」




 俺の言葉に笑いつつも、瑠羽は時間があまりないことを肯定した。




「それじゃあ時間は無駄にできないね。早速始めようか」




 俺はそう言ってから、カバンから勉強道具を取り出し、広げる。


 瑠羽もソファに座って、それから付箋が沢山たてられたノートを取り出す。


 それから、付箋のページを開いてから、俺に向かって言った。




「まずは、ここなんだけど――」







 


「ああ、それならここは――」




 俺が瑠羽に勉強を教えていると、ジリリリッリ! と、室内の電話が鳴った。


 立ち上がって電話を取ると、




「退室10分前です。延長はしますか?」




 店員さんからの確認の電話だった。




「延長は結構です、もう出ます」




 俺はそう言ってから、受話器を置いた。




「わ、もうこんな時間! もう少し早く出るつもりだったのに……」




 焦った様子で、可愛らしい腕時計を見ながら瑠羽は言った。




「間に合いそう?」




「タクシー、すぐに捕まえられたら良いんだけど……」




 そう言って、急いで荷物を纏めた瑠羽。




「先に行ってなよ。ここの支払いはやっとくから」




 俺が言うと、




「え、お金は払うよ。教えてもらった上にそこまでお世話になるわけにはいかないし」




 そう言ってカバンの中に手を突っ込んだ瑠羽。




「気にしないで。次・は、愛堂の奢りだから」




 俺がそう言うと、瑠羽はポカンとした表情を浮かべてから、「そっかー、そっかそっかー?」とにやけながら呟く。


 彼女は荷物をまとめたカバンを手にしてから、立ち上がる。


 そうして、扉を開け、廊下に出てから振り返りつつ言った。




「それじゃあまた、次・の機会だね。バイバイ」




 彼女はそう言い残し、手を振ってから立ち去って行った。




 俺は一人部屋でふぅ、と溜め息を吐く。


 次の約束を無事取り付けることが出来た。




 それにしても、忙しないヒロインだ。


 攻略関係なく、少しでも力になってやりたいな。




 ――そう思ったのは、きっと彼女の一生懸命な頑張りを、間近で見たせいなんだろう。

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