第11話 負けヒロインはアイドル③

 ――そして、放課後。




 亜希には言わなかったが、今日の放課後ではイベントが起こることになっていた。


 ……このイベントを通して、瑠羽との接点が出来るのだ。


 瑠羽は多忙な大人気アイドル。


 接触できる時間が限られているため、彼女のことは出来る限りはやく攻略する必要がある。




 だから俺は、前のループの情報を生かし、最速攻略を目指す……!


 そう考えてから、俺は生徒指導室へと向かった。


 瑠羽は今、副担任に呼び出され、生徒指導室で話をしているはずだ。




 生徒指導室に到着し、扉に手を掛ける。


 タイミングよく、部屋から副担任の声が聞こえた。




「愛堂。君の成績は正直に言って……ギリギリだ。芸能活動に精を出し、結果を出しているのは立派だと思うが。だからといって必要以上に特別扱いをするわけにもいかない。1年の時と同じように、追試や補修が続けば……最悪、3年には進級できなくなるぞ」




 全国民から愛される大人気アイドルの愛堂は、多忙故に学業がおろそかになっており、成績も悪いようだ。


 ……そのことを、俺は偶然・・聞いてしまったのだ。


 扉に触れる手に力を入れると、ガタリと音が鳴った。




「……誰だ?」




 その音に反応をしたのは、瑠羽に話かけていた、副担任の女教師。 


 俺は静かに扉を開け、生徒指導室に入った。




 女教師と瑠羽の刺すような視線が向けられる。




「……阿久か。生徒指導室前で一体何をしていた?」




 警戒している様子で、彼女は言った。




「暇だったので、ブラブラしてただけですよ」




 俺が言うと、女教師はしばらくの間俺を見ていた。


 無言で言葉を待っていると、「はぁ」と疲れたように溜め息を吐き、




「お前は何も聞いていない」




「もちろんです」




「もしも万が一何かを聞いていたとして。億が一君が他人にべらべら喋ったら……百パーセント、君の内申点は目も当てられないことになる」




「もちろ……えっ! どういうことですか!?」




 明確な脅迫だ。


 とんでもねぇ教師だぜ……!


 俺が狼狽えつつ問いかけると、彼女は一切動じずに言う。




「お前が何も聞いてないなら、何の問題もないはずだ。違うか?」




「……違わないですね」




「そうだろう? 話はこれでお終いだ。忙しいのに、時間を取らせて悪かったな、愛堂。もう帰りなさい。……阿久も、いつまでも校内をプラプラしないで早いところ帰りたまえ」




 彼女の言葉に、




「それじゃあ、失礼します」




 瑠羽はそう言って、生徒指導室をさっさと後にした。


 俺も、教師に向かって会釈をしてから、生徒指導室を後にした。




 そして、部屋を出てすぐ、




「ねぇ君、ちょっと良い?」




 と、瑠羽に声を掛けられた。




「……うん、良いけど」




 それから、人気のない校舎を並んで歩きながら、話をすることに。




「正直に言って欲しいんだけど……先生の話、聞いてたでしょ?」




 不機嫌そうな表情を隠さずに、瑠羽は言う。


 皆の憧れのアイドルだが、俺に対しては割とストレートに悪感情を見せてくる。


 ……良し悪しは別に考え、それだけ俺のことを特別視しているということだから、悪い状況ではない。


 そう分析してから、俺は答える。




「うん、聞いてたよ」




 瑠羽は「はぁ……」と溜め息を吐き、あからさまに落ち込んでから、




「君とはなんだか相性が悪いみたい。関わってから、調子狂いっぱなし」




 と、不満そうに言った。


 彼女に向かって、俺は提案する。




「良かったら、俺が君にノートを見せたり、テスト範囲を教えたりしようか?」




 俺の言葉に、瑠羽はキョトンとした表情を浮かべてから、




「……遠慮しておく。私がアイドルって分かった途端、近づいてくるような人のこと。信用できると思う?」




「そうだね。確かに俺は、愛堂がアイドルじゃなかったら、こんなこと言わないよ」




 俺の言葉に、「どういうこと……?」と愛堂は不思議そうに首を傾げ、こちらを見てきた。


 どうやら興味を引けたようだ。俺は彼女に向かって言う。




「プロのアイドルの歌、無料タダで聞いちゃったから。その対価は支払わないといけないと思って。ラッキーで済ますには、もらったものが大きい気がするんだよね」




 俺が言うと、瑠羽はキョトンとした後に、「何それ、ちょっと笑えるかも……!」と、楽しそうに笑った。




「君ってもしかして、好きな子には意地悪しちゃうタイプ?」




「まさか。俺ほど好きな子に尽くすタイプはいないと思うよ。それこそ、命をかけられるくらいだから」




「何それ、言ってることが大きすぎて、全然信用できない! でも、他に頼れる人もいないし、私の成績のことももう知られてるわけだし。……折角だから頼んでみようかな」




 そう言って、愛堂はスマホを取り出し、パパっと操作をしてから俺に差し出してきた。




「ID交換しようよ。今度勉強のことで、相談させてもらうから」




「うん、いつでも言ってよ。待ってるから」




 そう言って、俺たちはメッセージアプリのIDを交換した。


 ……良かった、まずは一つ目の目的を、問題なく達成できた。




 内心安心する俺に、




「そうだね、きっちり対価を支払ってもらうまでは、存分に頼らせてもらうから」




 可愛らしくウィンクをしてくる瑠羽。


 現役の超人気アイドルのその仕草に、俺は思わずキュンとしてしまうのだった。

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