第6話 負けヒロインは幼馴染④

「何キレてんの、キモ。……もう放っておいてよ」




 亜希はそう呟く。


 俺の頭には血が上っていたが、彼女の弱々しい姿を見ると、嫌でも落ち着いた。




「今の亜希を、放ってはおけない」




 俺は彼女に向かって言う。


 だが、俺の言葉は届いていないようで、彼女からの反応はない。


 それでも、俺は言葉を続ける。




「……たかが失恋くらいで大袈裟なことを言うな、とは思わない。亜希にとって、公人がどれだけ大切だったのか、俺はずっと近くで見続けてきたから……知っているつもりだ。公人に対する想いが報われないなら、生きている意味がない、って。本気でそう思っちまうほど、好きだったんだろ?」




 公人と亜希とは、中学生からの付き合いだが、家が隣同士だった二人はそれこそ、生まれてからの付き合いだ。


 そして、中学生の時には既に、亜希が公人に対する好意を胸に秘めていたのは知っている。




 ――俺が知っているのは、それだけじゃなかった。




 これまで繰り返した世界の中で、想いが報われなかった亜希のことだって、嫌というほど見てきている。 


 だから、彼女の失意が本物だと、俺は理解している。




「あんたにあたしの気持ちを分かられてたまるか……」




 俺の言葉に、瞼を伏せて亜希は頷いた。




「いっそ、あいつのこと。嫌いになれたら楽なのにね」




 亜希は、自嘲するように呟き、はぁ、と溜め息を吐いた。




 彼女の思考はどこまでもネガティブで、前向きな話がまともにできない。


 俺は、再び苛立ち始めた。




 亜希が自らの死を望んでいることに対して――だけでなく。


 今回もまた、何もできないまま彼女を見殺しにしてしまいそうな、自分自身に対しても、だ。




 亜希には、生きていて欲しいと、俺は心から思っている。


 もう彼女が死ぬところを見るのは嫌だ。




 それなのに、亜希は死にたいという。


 辛くて苦しくて、死んだほうがましと言う彼女に、生きてくれというのは俺のエゴに過ぎないのかもしれない。




 ――だとしても。


 俺は彼女の死を認めることが、どうしても出来ない。




「亜希がどんな気持ちなのか、関係ねーんだよ!」




 亜希は俺の言葉を聞いて、「はぁ?」とポカンとした表情で呟いた。 




「亜希がどれだけ辛くっても、俺が、俺の都合で、真木野亜希には生きて欲しいと思ってんだよ!」




 俺は戸惑う亜希の両肩を掴み、まっすぐに彼女を見る。


 驚いた様子の彼女に、俺は告げる。




「だから、俺のために生きてくれ、亜希」




 俺の言葉に、亜希は目を見開いて「なっ……」と驚いたように呻き声を上げた。




 実際に迫る危機からは、身体を張って俺が亜希を守るから。生きることを諦めないでくれ。


 今は辛くても、苦しくても。


 俺がなんとしても……どんな手を使っても。




 公人と亜希を恋人同士にしてみせるから!




 そもそも初めから、公人にはハーレムエンドを目指してもらう予定だったのだ。


 であれば。


 この際、脇役ヒロインの一人や二人がハーレムに追加されても、構うことはない。




 俺のやろうとしていることに、嫌悪感を抱く連中も多いだろう。


 亜希自身、複数の恋人の内の一人ということに、拒絶感があるかもしれない。


 それでも、今よりもずっと。


 好きな人と一緒にいられるならば、亜希は幸せに違いないはずだ。




「な、なんで黙ってるのよ……」




 考え事をしていたため、黙り込んでいた俺に、亜希はどこか怯えたように言う。


 自分勝手なことを言った俺に、不信感を抱いたのかもしれない。




「信じてほしい……絶対に、どんな手を使っても。亜希のこと、幸せにしてみせるからっ!」




 俺は真直ぐに亜希を見つめ、そう宣言した。


 ……俺は、なんだかんだで公人を主人公として認めている。


 あいつは優柔不断だけど、その優しさに嘘はない。


 ハーレムになっても、ヒロイン達を傷つけたりせず、一人残らず幸せにしてくれるに違いない。




「は、はぁ!? な、ななな……何を言ってんのよ、あんたはっ! ……本気、なの?」




 俺の言うことが信じられないのだろう。


 亜希は視線を俯かせて、小さな声で俺に問いかける。




 俺は真剣な表情を浮かべて「ああ」と答えた。


 彼女は俺の視線から逃げるように体をよじって、「うぅ……」と呻いてから、




「……少し、考える時間をちょうだい」




 と、小さく呟いた。




「ああ、今はそれでいい」




 俺が答えると、




「普段は馬鹿でスケベなくせに……こんな時だけカッコつけんなよ」




 と、不満を隠そうともせずに、彼女は言った。


 確かに、カッコつけすぎたかもしれないな、と苦笑する。




 とりあえず、俺の気持ちは伝わったようだ。


 少しだけ安心をして、俺は彼女の肩を掴んでいた手を離す。




 それから、公人たちはどうしたのだろうかと思い、公園を一瞥した。


 ――周辺は既に暗くなっていたため、良くは見えなかったが、相変わらず二人とも公園にいるようだった。


 二人きりの世界に浸っているようで、こちらには全く気付いていない様子だ




 あちらの様子を亜希が見る前に、急いで帰ろう。


 そう思って、俺は亜希の手を引き、歩き始める。




「ちょ、ちょっと!?」




 亜希の腕を掴むと、彼女はピクリと身体を震わせた




「この腕は、また亜希が事故に遭いそうになったら、すぐに引っ張れるようにしてんだよ」




 調子よく俺は言う。


 普段なら強気に「馬鹿にしないでよねっ」くらいは言っただろう。




「強引なのよ、バカ……。調子、狂うじゃない」




 亜希は口ではそういうものの、殊勝な態度で俺の後を歩いている。


 ……調子が狂うのは俺なんだけど、と言えるような雰囲気ではなかった。









 翌朝。


 俺は亜希がちゃんと学校に来るのか心配で、普段よりも早い時間に登校をした。


 教室に着くと、既に数人のクラスメイトがいた。


 その中には、亜希もいた。




 俺は、彼女の顔を見てホッとする。


 それから自席にカバンを置き、




「……おはよ」




「おう、おはよう」




 亜希と挨拶を交わす。


 それから自席に座ろうとした俺の袖を、亜希は引っ張る。




「どうした?」




「……昨日の話のこと。朝早いから屋上には人いないだろうし、あっちで話すわよ」




 どこか恥ずかしそうに、亜希はそう言った。


 俺は頷いて、彼女と一緒に教室を出て、屋上へと向かった。







「あんたの話、あたしなりに真剣に考えたわ。……あんたのこと、信じるわ」




 屋上に移動してから、周囲に誰もいないことを確認した亜希は、俺に向かってそう言った。




「ありがとう、亜希! それじゃあ早速、これからのことを話しておきたいんだけどな」




 亜希が協力してくれるなら、当初の予定よりも公人攻略が楽に楽になるはずだ。


 公人攻略とハーレムエンドに向けて、早速今日から行動を開始してもらおう。




「その前に、あんたにはちゃんと言っときたいことがあるの!」




 普段ガサツな亜希にしては珍しく、もじもじと照れくさそうな様子で、亜希が言う。




「……何の話だ?」




 俺は少し警戒をして亜希に聞いた。




「昨日は、当たってごめん。……みっともないところ見せたよね?」




 頬を紅潮させて、亜希は俺に問いかける。




「……? 俺は気にしてないから、亜希も気にするなよ」




「あと……助けてくれて、ありがとう。あんたが……友馬・・がいなかったら、少なくとも今こうして、ここにはいられなかっただろうし」




「おう、それも気にするな……ん?」




 俺は、亜希の言葉に違和感を覚えた。


 いつも、亜希は俺のことを「あんた」だとか「変態」としか呼んでおらず、名前を呼んだことなんてほとんどなかったはずなのに、どうしてこのタイミングで……?




「友馬に助けてもらった命だから、友馬が望んでいる間は、死にたいなんてもう絶対に言わないから。――だから絶対に、あたしのことを幸せにしてよね?」




 亜希はそう言って、俺に笑いかけた。


 公人に向けて浮かべていた笑顔のような、可愛くて、綺麗で、いつまでも見ていたくなるような、そんな笑顔で。




 ――なんだろう、この違和感は?




「……何冴えない顔してんのよ?」




 俺の様子を見た亜希は、可愛らしく頬を膨らませてから、ビシっと伸ばした指先で俺の胸に手をつきながら、




「このあたしがお望み通り、友馬の恋人になるって言ってるのよ!? もっと喜んでくれないと、面白くないじゃないっ」




 上目遣いに、恥ずかしそうな――だけどどこか嬉しそうな表情を浮かべて。




 ヒロインの亜希は、モブにすぎない俺に向かって、そう言ったのだ。


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