第4話 負けヒロインは幼馴染②

 公人と脇谷を追うと、彼らは駅近くのファミレスに入った。その後に続いて亜希が入店したため、少し時間をおいてから、俺も入店した。




 入店時、周囲を見渡して公人たちと亜希がどこにいるかをすぐに確認する。


 公人と脇谷は、ドリンクバー近くの席に座り、楽しそうにメニューを眺めている。




 亜希はというと、二人の席から離れた、分煙席近くに座り、仲睦まじい様子をもの凄い形相で眺めていた。


 脇谷と亜希、どうして差がついたのか……慢心、環境の違いか。




ファミレスの客層は、俺たちと同じように、学校帰りの高校生がメインだった。


 周囲は皆、楽しそうに友人と盛り上がってるというのに、たった一人で深刻な表情をしている亜希が、なんだかこの上なく可哀想に見えてきた……。




 俺の入店を迎えた店員さんに、「向こうの席でも良いですか?」と亜希の席近くを指さしながら尋ねると、快諾してくれた。


 席へ向かい歩く。亜希にバレても構わないと堂々と歩くものの、一向に気づく様子はない。


 ……元々声を掛けるつもりはなかったが、いたたまれなくなった俺は亜希に声を掛ける。




「おつ、奇遇だな、亜希! 亜希もあの二人を尾行してるのか?」




 俺は偶然を装うように、白々しくそう問いかける。


 俺の声に顔を上げ、こちらを見た亜希は、一瞬慌てた様子だったが、すぐに不機嫌な表情を浮かべてから、答えた。




「はぁ? そんなわけないでしょ、公人と脇谷さんが一緒にいるなんて、今初めて知ったわ! あら、本当。あの二人、いつの間にいたんだろ?」




 俺以上に白々しく、亜希は早口で言った。




「……ていうか、あんたはあの二人を尾行してるの?」




 俺を一瞥してから、亜希は問いかけてきた。




「ああ。公人の奴、俺を差し置いて彼女なんて作りやがって! ……良い雰囲気になったら、絶対に邪魔してやる、裏切り者には制裁を、だ!」




 さりげなく亜希の対面に座りつつ、哀れなモテない友人キャラ代表として、俺は続けて言う。




「そうだ! 亜希、俺一人だけだと目立つかもしれないし、しばらく一緒に行動してくれないか!?」




 俺は、「頼む!」と手を合わせ、亜希に拝んだ。


 亜希は俺の言葉に、ニヤリとしてから答える。




「しょうがないわね、あたしは公人が誰と付き合おうとどうでも良いんだけど、あんたが脇谷さんに迷惑を掛けそうなら、クラスメイトとして止める義務があるし? 良いわ、少しの間一緒に行動してあげる」




 得意げに亜希は答えた。


 二人の尾行をしているとは認めたくない亜希が、俺の言葉を大義名分に同行を許可するのは簡単に予想が出来た。




「まじチョロいわ」




「は? なんか言った?」




 やべ、考えていたことが口から漏れた。




「まじサンキューな、助かったぜ亜希!」




「良いから、二人に見つからないように。目立たないようにしてなさい」




 俺が礼を言うと、亜希は静かにそう言った。


 亜希自身が見つかると困るからそんなことを言うのだろう。しかし、俺としても不用意に目立つつもりはないため、反論はない。




 とりあえず。


 俺と亜希は、店員を呼んで、フライドポテトを注文した。ドリンクバーに行くと、二人に見つかる可能性も高いため、それ以外の注文はなしだ。




 俺は背後を振り返りつつ、公人と脇谷の様子を伺う。


 二人は本当に楽しそうに会話をし、笑い合いながら昼飯を食べている。




 一方、コチラの雰囲気は最悪だった。


 ことあるごとに、亜希が物憂げに溜め息を吐くからだ。


 うっとうしい……ではなく、痛々しくて見ていられない。




「あっ……」




 と、唐突に亜希が呻いた。


 脇谷が公人に対し、「はい、あーん♡」とご飯を食べさせようとし、公人が大変嬉しそうに口を開いたからだろう。


 分かりやすくイチャイチャしてるな……と思ってみていると、




「なんで邪魔しないのよ……アーン?」




 と、亜希が小声で呟いた。


 俺は亜希を見る。彼女は不服そうにこちらを睨んでいた。絶対俺に向かって言っただろ、こいつ……。


 ……「あんたが脇谷さんに迷惑掛けるのを止める義務がある」と言うのは、どの口が言っていたっけ?


 せめて、脇谷のように可愛らしく「あーん♡」してくれていたら良かったのに、と。


 時間が経ってぱさぱさになったフライドポテトを、もしゃもしゃと咀嚼しながらそう思った。







 それから、ランチを終えてファミレスを出た二人が向かった先は、駅ビルだった。


 駅ビルに入っている店に入り、二人でウインドウショッピングを楽しんでいるようだ。


 二人は和やかな雰囲気で店を見て回り、時にイチャつき、時に恥ずかしがり、砂糖を吐きそうなほど甘い青春を送っているようだった。




 亜希はそんな二人を、空虚な眼差しで眺めている。


 ……そんなに見たくなければ、帰れば良いのに、と思いつつも口にはしない。




 それからいつの間にか時間も経ち、日も傾き始めるころ。


 雑貨店に入った二人が、お揃いのシャープペンシルを購入した。


 二人は買ったばかりのシャープペンシルを嬉しそうに眺めながら、「これで勉強も頑張れそう」なんて、相変わらず甘ったるいことを言っていた




 二人が店を出て行った後。


 亜希は二人が購入したシャープペンシルを手に取り、眺めた。


 それから、拳をギュッと握って、これまでより一層深いため息を吐いてから。




「馬鹿らし……」




 と、自嘲するように呟いた。


 亜希はシャープペンシルを棚に戻してから、早歩きで店を出た。もう、二人を追いかけるつもりはなさそうだった。




「お、おいおい亜希! 公人たちは放っておいて良いのかよ?」




「もうどうでも良い」




「はぁ、何だよそれ!?」




 単純に、もう見ていられなかったのだろうと察するものの、俺は哀れな友人キャラなのだ。


 何も分からない道化のふりをして、亜希に問いかけた。


 彼女は振り返り、俺を見てから言う。




「あんたがどうしようと、もう知らない。でも、……あたしにはついてくんなよ、変態ストーカー男」


 疲れたような表情で、亜希は言った。


 それから、脇目も降らずに歩いていった。




 その背を見て、俺は呟く。




「亜希……あンた、背中が煤けてるぜ」







 とはいえ、亜希を放置するわけにはいかない。


 彼女には、死亡フラグが立っている疑いがある。


 このまま放置し、彼女が死んでしまったら、俺は悔やんでも悔やみきれない。




 だから俺は、彼女の言葉を無視して、こっそりと後をつけることにした。


 駅ビルから出てしばらく歩き、亜希はとある場所に辿り着いた。




 そこは、こじんまりとした、人気のない公園だった。


 ベンチが2脚、ブランコと鉄棒と、とある遊具・・・・・だけの、静かな場所だ。


 ここに来たのは、まさか……そう思い、公園の入り口でひっそりと彼女を見守っていると――。




 衝撃の光景が、俺の目に映った。




「これは、そんな……っ!」




 思わず、感嘆の声を漏らす。


 亜希はゆっくりと滑り台に上り、そして三角座りで俯きながらすすり泣き始めたのだ。


 彼女のお披露目した、お手本のような滑り台送り。




 これまでのループでも見たことのないその大技に、俺はなんだかいてもたってもいられなくなり。


 様子見をしようと思っていたことなど忘れ、彼女の下へ駆け出すのだった……っ!

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