異世界料理奇譚

常闇の霊夜

誰でも腹は減る。


これはとある異世界の話である。昔も昔、恐らく文化という物が発展していなかった時まで遡って話すことにしよう。誰が始めたのか分からないが、この世界には料理という物が生まれ、そしてそこから文化が発展していった。そして時代は進む。狩り人と呼ばれる者達が増え、食材は高値で取引されることになった世界。


そんな世界で、一人の少年が森の中を歩いていた。少年の名前は『カバネ・ラ・ショク』。彼はは一本の剣だけを持ち、食材を狩りに行くと言った狩り人であったが、その剣というのが中々に奇妙なものであった。というのも、見た目からすれば黒い剣という事が出来るのだが、ハッキリ言って鉄の塊の方がまだマシなのでは?と言えるほどの物であり、しかも無骨どころの騒ぎではない程の物なのだ。名前も『てつ』という名前、もはや武器とは言えないような物である。


しかもこの森は危険な森である。既に何人もの狩り人がこの森に入って死んでいっている。死体も確認できない程、強烈な場所。そこにまともな防具もつけることなく、クッソダサい文字パーカーに割と普通なジーンズ、そして何より目を引くのは彼が引きずっている豚であろう。


この豚の名前は『アイアンポーク』。名前の通りデカくて硬い豚である。幼体でも平気で二メートルを超える大きさで、成体となると平気で五メートルを超える大きさなのである。硬さは皮膚がえげつない程に硬く、内部は逆に柔らかい。なので内部への攻撃がよく効く……のであるが、それをすると肉の質が落ちる。そんな面倒くさい事この上ない食材なのである。そんな豚の死体は胴体だけで引きずられていると言った様子であった。ズルズルと引きずっていた彼は、ふと足跡を見つける。


「……足跡……?」


その足跡は子供の物であった。それも大の大人ですら普通に死ねるほどの場所にある物であったから、流石に奇妙に思っているようであった。間隔を保っていることから、追われているわけでは無く、普通にこちらに来ているのだという事が分かる。だとするとなおさら気になるのである。一体なぜここに来たのだろうかという事である。


「……先にいるか。なぜここにいるんだ?」


とは言え、発見したところでどうすることも出来ないので先に進んでいく。この先にある食材は体を治す物として重宝されている物であり、傷口に付ければ速やかに回復するという物である。原理は分からないが細胞の活性化を促し、傷を回復してくれるのだ。当然だがそんな場所には強い野生の奴らが平気で存在している。


「まぁいい。俺がやるのは依頼だけだ」


カバネは早速前に進む。たとえ何がこようが知った事かと言うように、悠々と進んでいくのであった。そんな彼の先に、普通に考えれば無駄な武装を付けて進んでいく少年がいた。絶対に見つからないように、誰とも戦わずに進んでいた。辺りを見渡しながら何とか息を殺し先に進んでいく。


「僕が皆を救うんだ……!」


少年の故郷は今、危機に瀕していた。とある獣に襲われ、甚大ではない被害をもたらした。ある者は腕を千切られ、ある物はほぼ内臓が飛び出している者もいた。そんな最悪とも言える状況、当然だが回復薬も不足する。そんな皆を救うために、少年は死地へと赴いていた。両親から獣を避ける術は教わっていたので何とか避けながら進んでいたという訳である。


「……見つけた。アレが『大地の一滴』……!」


見た目としてはまるで大地に首を垂れるかのように枝垂れている花である。大地へ一滴たらすように咲いているからこういう名前になっている。遠くからでも分かるほどの大きさである。あの花の蜜がかなり高値で取引されているのだ。日本円に換算すれば一滴十万円程の値が付くほどである。当然買える訳も無いので採取しに来たのである。


だがここで少年はしくじった。目の前にあるその花に目を奪われ、一瞬だけ気が緩んだ。獣はそれを見逃さない。獲物が隙を見せたら狩る。それだけの事。少年もそれに気が付いたが、それを避けるくらいしかできない。ギリギリで牙から逃れるものの、その衝撃で足を挫いてしまった。もう動くこともままならない。当然だが、獣にはいたぶるとか、そう言った思考は無い。ただ目の前にいる獲物を殺すことである。


「しまっ」


死を覚悟した少年であるが、その前にカバネが現れる。当然だがカバネも狙っている物は同じであるので来るに決まっているのだ。当然警告する少年。しかしカバネは相手を見つけると剣を回すように一振りした。剣が鞘に仕舞われた瞬間、その獣の首は切り落とされ、体もズシンと落ちる。


「……あ……え?」


「どうしたよお前」


後ろで引きずっている豚もそうやって倒したのだろう。そう分かるくらいの切れ味であった。そして話を聞くために二人は一旦食事にすることにした。枝はあったが火打石などは無い。どうやって火をつけるんだと困惑する少年であったが、カバネは迷わず剣を折りそれで火をつけようとした。


「ちょ、ちょっと待ってください!?何やってるんですか!?」


「え?いや何って……火をだな」


「いや武器を壊してまでやる事じゃないです……って生えてる!?」


折ったはずの剣が平然と復活しており、何事だと再度困惑する少年であったが、カバネはどういうことなのかを簡単に教える。この剣は世界でも珍しい妖刀の一つで、名を『くろがねはがね』と呼ぶ。硬いという性質と切れ味が凄いと言う相反する性質を持っており、折った物は自由に伸ばすことが出来ると言う物なのだ。それがコレ。焼く時の串に使っても良いし、罠のように突き刺すこともできるという万能剣であるが……多少問題があり、それが妖刀と呼ばれる所以。というのも……重量が凄まじいのである。鋼と呼ばれるだけの重さがあり、鉄骨一本分の重さとなっている。


「お前も食うか?」


「あっどうも……」


先程首を斬った方は特殊な処理が必要な食材なので持ち帰って食うことにして、今は焼いて食える豚の方を選んだ。適当に串に刺して焼くだけでも旨いのである。常に持ち歩いている塩をふりかけ焼いていく。クルクル回しながら焼いていくと、皮が次第に茶色くなっていき、肉汁が肉から流れ出てくる。辺りにいい匂いが充満していき、朝から何も食べていない少年の腹は音を立てる。


「こいつの肉は色々な調理に合うが、結局焼くのが一番旨い。俺は少なくともそう思っている」


「へー……」


「……一応念の為中まで火を通すからな?」


よだれが口から出ている少年をやんわりと止め、じわじわと焼いていく。その間に他の野獣などに襲われないのか?と思うだろうが、この辺にいる奴らは大体草食系の獣なのである。なので焼いても大丈夫だろうと判断したわけなのだ。実際気になって見に来る奴はいても襲おうとする奴はいない。そしてしばらく焼いた後、火が完全に通った事を確認してから切って食う事にした。


「おぉ……脂が凄い……」


「あいつらは硬い皮膚の中に脂が乗った肉を蓄えてるんだよ、だからこいつの油で作ったラードは重宝される。そしてこいつの皮は焼くとパリパリになるんだ。割と硬いから気を付けて食えよ?」


勢いよく肉に齧りつく少年。噛んだ端から肉汁が溢れ出て、口の中に広がって行く。外側からは想像もつかない程柔らかい肉は、噛めば噛むほど旨味が飛び出し止まる事を知らない。カバネは皮を食いながら肉も食していく。そして物の数分で一塊の肉が二人の腹の中に消えていった。


「あー……美味しかった……」


「そうか。……で、何でここに来てたんだ?」


「うっ……実はさぁ……いや兄ちゃんに言う事じゃ無いと思うんだけどな?……俺の村が変な奴に襲われてなぁ……それで皆怪我して、あの薬が必要なんだ……」


「そうか。……そりゃ大変だな」


「兄ちゃんはどうしてアレを取りに行くんだ?」


「……金だ。俺には金が要る。俺は旅に行くと決め、そしてその為には金が要ると知った。俺は食を求める為に旅に行くのさ。……悪いか?」


少年はその答えを聞くと悲しそうな表情になる。やはり誰かに取ってきてもらうなど無理だったかと思ったし、この足ではどうしようもないと分かっていた。これからどうしようかという少年だがここでカバネが口を開く。


「今から俺はアレを取りに行く。それの使い方は俺の勝手だ。……ちなみにだが何人くらいいるんだ?」


「え……え?」


「怪我人は何人いるんだと聞いてるんだ」


「……数十人くらいだよ……それだけの回復薬はどうやっても足りないんだ……!買う事もままならない……!」


それを聞いたカバネはあのデカさの花から、幾らくらいの蜜が取れるかと考え、そして少なくとも瓶一本溜まるくらいの量になると判断した。それだけあれば旅の資金には事欠かないくらいの金になるだろう。そして一瓶ともなれば三十人くらいで使っても足りるだろうと考えていた。


「……取引だ。俺は今からアレを取りに行く。お前はアレに何を出せる?何を代償に出来る?」


「……僕の命なら……幾らでも捧げる!」


「上等!」


それを聞いたカバネは思いきり走り出した。急いで行くと言う事と、大地の一滴の周りにいる奴らを振り切るためでもある。奴らはテリトリーを忠実に守っている。入らなければ襲うことは無いし、あちらから攻撃することも無い。しかし入ってきた奴には一切の容赦がなく、徹底的に抹殺しようとしてくるのである。


(あいつがここでリタイアしたのは正解だったな。……何せここからはひたすら平地だ、走って逃げられる奴は……少なくとも俺が知る範囲内ではいない!)


そしてこの場所は平地になっているので、身を隠すことも逃げる事も出来ないという場所、奴らにとってはホームグラウンドと言ったところであろう。多少山なり谷なりがあれば避ける事も出来るだろう、しかしここは本当に何もない平野なのである。こんな場所で草食動物に追いかけられ逃げられる生き物は鳥くらいである。


まず最初にカバネを発見したのは『シー・ホース』と言う馬であった。常に四体で行動しており、それぞれが『監視・食事・交尾・睡眠』というルーティンを持っており、それを行っている。一体だけであればさほど強くは無いのであるが、一体が襲われれば残りの三体が襲い掛かってくる。なので面倒くさいのである。当然カバネの姿を見た馬は入ってきたのを確認すると走って追いかけてくる。


「悪いがお前らに興味は無い……!」


剣を破壊しながら走り、破片の上に来たところで剣を一斉に伸ばす。それは馬の足を貫きその機動力を奪う。そして一体がやられたので他三体も襲い掛かってくる。そいつらに関しては足を狙うように剣を投げつける。膝に当たった剣は馬から機動力を奪い、四体とも地面に倒れ伏せる。


「こいつらはどうでもいい……!もう一体いるんだよ面倒極まりないのが……!」


最初からこいつらに関しては気にしない事にしていた。何せもっと面倒くさい奴が目の前にいるのだから。それは大地の一滴に一番近い場所に生息している草食動物であり、この場所で最強であると言う事でもある。それは『牛』である。一見すればまるで大地のように見えるその姿は、その牛がとんでもない大きさである事を示しており、また子供が一人もいないという事も恐ろしい事に拍車をかけていた。まるでここにいるのは自分一人で良いと言ったような態度、そして何よりも、一人でいるのである。


「……『大地牛カウ・プレート』……!」


ちなみに、背中に小動物が潜んでいる事もある。というか普通にいる。図体がデカいから。共生関係に無いので普通に潰されることもある。まぁそんなもんである。そしてこちらに近寄ってきている敵がいると分かるや否や、即座に突進する構えに移る。全長何と二十メートル。大地を名乗るだけある大きさだ。そんな巨体が突進しようとしているのである。


「いや待ってデカいんだが!?」


話で聞いていたのと大分違うぞとイラつきそうになるが、そんなことでイラついていてはお話にならない。一旦どうにかしてその突進を避ける事を考える。上に飛ぶ?二十メートルも飛べる奴などいない。却下。地面に潜る?上に乗られたら死ぬ。却下。であればやる事は一つしかない。


「こうなったらもう……アレ切るかぁ?!切っちゃうかぁ!?」


避けるのは不可能に近い、であればこの巨体に対して一撃食らわせてやると判断し、折った剣を牛の目に向けて思いきり投げつける。届かなかった分は伸ばすことでカバー。思いきり目に突き刺さった剣にびっくりしたのか、牛は突進した直後に思いき体制を崩し倒れる。倒れる巨体に圧し潰されないように逃げながら、大分の一滴へと走る。牛さえどうにかすれば後はどうにでもなるのだ。


「あと少し……!」


しかし、ここで本当に厄介なのは牛ではなく、『』その物であった事を理解する。考えていた以上にデカいのである。全長は花であるにも関わらず、十メートルくらいは平気で越しているだろう。これでは蜜を取るにも一苦労。その間に牛が起き上がるかもしれないという可能性がある以上、うだうだしてはいられない。


「いやデッカ……デカくない?」


思わず面食らってしまうがとにかく採取するだけなら時間はかかるまい、そう踏んだカバネは剣を垂れさがった花に突き刺すことでストローのように蜜を流させる。粘度が濃い液体であり、中々落ちてこないのがもどかしいが、とにかく一瓶分だけは何とか回収できた。しかし時間をかけすぎたのか、牛以外にも様々な草食動物達がこちらにやってきている。


「……さて。これからどう帰るか……!」


一方の少年はと言うと、安全だと言われた木の上からカバネの帰りを待っていた。遠くで何やら凄いことが起きているというのは分かるが何が起こっているのかはよく分からない。ただ地面が動いているような、そんな感覚に襲われていた。と、その時。少年は凄まじい足音を確認する。何事だと思いよく目を凝らしてみると、その先頭には大地の一滴を頭に葉を括りつけられた小さい馬と、その背に乗っているカバネの姿があった。


「何やってるんだぁ?!」


「やぁ少年!……悪いがヒモとか無いだろうか!?」


草食動物に対抗する走り……それを探した時、背中にいたチビ馬を使う事にした。普通に走るよりも早いことは明白、適当に葉っぱを括り付け走らさせていた。カバネは流石に森の中にまでは入って行かないだろうと思いこうしていたのだ。ヒモが無いか聞かれた少年は何かないか慌てて探すがバッグの中には瓶と適当な食料(腐っている)しか入っていなかった。


「駄目です!」


「そうか!……いやほんとどうしようかねぇ?!」


背を蹴って飛ぼうかとも考えたがそんな物で届くこと無いのは明白、誰であろうと簡単に理解できるだろう。こうなればもう木に剣を突き刺してそこに留まるしか無いだろう。思いきり馬の背を蹴りながら飛び、剣を力技で突き刺すと必死にそこに掴まる。下ではカバネを見失ったせいかは知らないが殺し合いに発展していた。


「うわぁ……凄いことになってますね……」


「そうだな。……とりあえずこの機に逃げるとしよう」


という訳で下の奴らがわちゃわちゃしている間に村まで逃げ帰る事にしたのであった。そして村はと言うとかなり危機的状況に陥っていた。本格的な治療が出来ない以上、救えないケガ人を切り捨てる判断をせざるを得ない状況にあった。もちろんしたくなかったし、やりたくも無かったがせざるを得ないのである。


「こうなればもう重病人を見捨てるしか……!」


「しかし長老……!」


「皆ぁ!大地の一滴!持って帰ってきたぞーッ!」


そんな村人たちの前に、少年とカバネがやってくる。その手に大地の一滴が入った瓶を持ちながら。それを見た皆は村の皆は声をあげその帰還を喜んだ。急いで村人に緊急治療を始める村人たち。


「ルー!お主一体どうやって……!」


「この兄ちゃんが助けてくれたんだ!これを皆にって!」


「そうですか……お、お主はあのカバネ殿では?!」


「俺知ってるのか?」


カバネという名前を聞いた瞬間、長老は目を見開きカバネに話しかけてくる。カバネはこの界隈ではそこそこ有名なのである。と言ってもまだ駆け出しと言った感じであるが。とは言え名前は知られている以上、こういう反応もあり得る話である。


「えぇ、聞いたことがあります……しかしなぜここに……?」


「まぁ……最初はその蜜を採取しに来たんだ。……ま、たまには無償で何かをするのも悪くないな」


そしてカバネはあの騒動の中ちゃっかり持ってきていたようで、それを食おうとしているようであった。とは言ってもこれはかなり調理が面倒くさい事この上ないのだ。先程言ったかもしれないが。


「それで兄ちゃん、これどう調理するの?……と言うかこれ名前何?」


「こいつは『ラビットウ』。歯の部分が刃になってる兎。そんだけ」


こいつの調理の仕方であるが、まず煮込んで皮を引っぺがし、その後血を抜き更に煮込む必要がある。これはこの兎についているノミが問題なのだ。このノミは食うと体にとても悪い。なのでしっかり除去する必要があるのだ。


「ま、こいつ自身の味は問題ないから食うと良い」


とりあえず兎に関しては一旦倉庫に置いて処理するとして、今は残りの蜜が幾らくらい余るかを考えていた。正直な話、恐らく残って瓶の底に少しってくらいだと考えており、瓶一本あれば一体いくらになったのだろうと考えてやめることにした。どうせ金に関してはいつでも稼ぐことが出来る、であれば多少人の為になることをしても罰が当たることは無いだろうと考えていたわけである。


「……ま。これでいいか」


そしてカバネは早々に宴を後にして村を出ることにした。これ以上いても特にやることは無いだろうし、それにある理由から金を手に入れる手段が見つかったためであるから。

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