未来ノート ~幼馴染の甘くて痛い、不明瞭な感情~

餅月兎

序章

プロローグ・上

 きっかけ次第で人間関係はガラッと変化する。そう、面倒くさい。

 だから大して友人関係を築いてこなかった。と言えば、それはただの言い訳で自分に発言する勇気がなかっただけだ。だがそうは思いたくなかった。


 望んでいたとおりに変化したり、望んでいなかったのに変化してしまったり。知っていて変化させたり、知らずに変化させてしまったり。


 すべてはきっかけ次第。彼はそう思っている。だが彼女は違う。


 彼女は大切な友人が苦しむことになることを知っていた。

 彼は人の温かみを知らなかった。


 一度変化してしまえば戻すことのできないこの世界で、彼女はとあることをきっかけに、戦うことを放棄する。そして彼はそのとあることをきっかけに、幼馴染とキスをした。


――――


『投与から一時間経過。バイタルに異常はありません』

『待て……。体温と血圧、ともに急激に上昇……!』

『きゃー!! ……あ、あぁぁ……が……が……』


 男性二人の声ののち、少女の叫び声と嗚咽のようなものが聞こえた。ぼやけた視界に映るのは白い肌。視界の端には、へそのようなものが確認できる。下腹部だろうか。そこに紫色の蝶のような模様が徐々に浮かんでいく。

 少女の叫び声は今もまだ続いていた。


 全身を包み込む、曖昧な感覚。

 そのとき、浜北はまきた熱海あつみはこれが夢だとわかった。

 気味が悪い。「早く目を覚ませ」と自身に呼びかける。その瞬間、視界に光が飛び込んできた。


「うぅん……」


 眠たいままの重たい瞼を開けると、そこにはよく見るいつもの天井。

 体を起こし、伸びをする。朝の伸びは気持ちがいい。


 一軒家の二階にある、熱海の部屋。ベッドにパソコンの置かれた勉強机、テレビ、本棚、朝日が差し込む一つの窓。なんの変哲もない、ただの普通の部屋だ。


「学校、だるい」


 そんなことを言いながらまだ寝ていたいという気持ちを噛み殺し、ベッドから抜け出して立ち上がる。

 浜北家は、妹、母親、父親の四人家族だが、三人とも二日前から海外へ旅行中でゴールデンウィーク終わりには帰ってくるらしい。


 父親の仕事の休みが普段は中々取れないのだが、今回はなんとか取れたということで、妹は学校を休んでまで行っている。

 アウトドアではない熱海は行くことを拒んだ。


 学校に行かなくて済むいい口実にはなるが、何か新しいことをはじめることが苦手な熱海は、行ったとこのない初めての地へ足を踏み入れることを嫌い、だるい学校を選んだ。


 勉強が嫌いで、友達もそこまで多くない熱海が学校を選んだ理由は、一つだけ学校で楽しめる場所があるからだ。それはラノベのたくさんある、熱海の通っている私立北浜高等学校の図書室。


 休み時間のほとんどはラノベを読んでいる。ラノベが好きなのだ。

 熱海の部屋にある、四つのうちの一つのラノベがたくさん並んでいる家具がその証拠。


 最近は交友関係が狭いことを悩むようになっていた。だがきっかけがなければ熱海には何もできない。勇気がないのだ。


 今日も図書室に行こうかな、なんてことを考えながら、ぼーっと立っていると、ふと勉強机の上にある二つのモノが目に入る。見開きに文が書かれたノートとレーベル面に何も書かれていない真っ白なディスクが置いてあった。


 起きたときにあったのかはわからないが、昨晩にはなかったことに熱海は気づいている。


「なんだよ、これ……。気持ち悪い」


 そうは言いながらも熱海はノートを手に取る。

 見開きには、


藤宮ふじみやつぐみは清水しみず伶香れいかを殺す』


 と、とても綺麗な字で書かれていた。

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