真実の歪み
★☆★☆★
──まるでそれ自体が地を揺るがしているかのような、凄まじい轟音が響く。
話というやり取りが高じて、先程からずっと戦い続けていたらしい煌牙と稔は、それでも息を全く乱しもせずに、ひたすら拮抗という状態を維持していた。
双方の体は、まだかすり傷のひとつすらも負ってはいない。
しかしそれでも、双方が双方共に、相当に力のある能力者であることは確かだ。
ということは、それだけ両者共に攻守に秀で、優れた力を持っているということなのだろう。
…その力の種類の違いこそあれ。
確実に二人とも、上位に位置する超能力を持っている。
すると、煌牙の様子を油断なく窺っていた稔が、不意にその力を引き上げた。
「…これ以上、このような場で足止めを食っていられるか。
組織の長である…煌牙、お前の動きを多少なりとも止めさえすれば、この組織を直に動かせる者は確実にひとりは減る。
…つまり」
稔はその右手に、それ自体で全てを炭に変えそうな、緋の美しい炎を作り出す。
「お前を潰せば、後は紫苑だけだ」
「ほう… 己が息子を殺すというのか?
実の父親であるはずのお前が」
煌牙はまるで動じることもなく、嘲笑う。
「稔、お前になら解るだろう…
紫苑を構成しているほとんどが、誰の遺伝子であるのか」
「そうして俺の感情に揺さぶりをかけるつもりか?
だとしたら生憎だな。紫苑は確かに俺の息子なんだろう…
だが、俺が今、気にかけているのは、実の息子の方じゃない」
稔は、はっきりとそう告げると、手にしていた力を躊躇いもせずに煌牙に向けて放った。
それに煌牙は、自らもその雷の力を引き上げると、その左手に雷によるひとつの弾を作り出し、間髪入れずに稔の力へとぶつける。
──規模を縮小させて核爆発が起こったような、そんな爆撃と眩い光が、その周囲に居た者全てを襲う。
それをそれぞれ、力によって己の周囲に膜を張ることで凌いだ二人は、一瞬遅れでやってきた地響きに体のバランスを取りながらも、その目はしっかりと相手を捉えていた。
「俺の息子を、そうまで気にかけるか…」
「お前の息子の名は氷藤梁牙。あいつは緋藤梁だ。
お前の息子などではない」
「…、ふん、お前がそうまで梁牙に気を許すとはな」
堪えきれなくなったのか、煌牙は喉を鳴らしてほくそ笑む。
…あの、孤高な緋藤の後継が。
これ程までに、他人に執着し、拘りを見せるとは。
他人事に興味を示さず、身内や気を許した者以外の人間を全て拒む稔。
それが、こと、彩花や梁牙に関することとなると、ここまで執着を露わにするとは。
…狂気混じりの自分のように。
「…稔、お前には全ての事象が読めているか?」
「…、お前の企みの全容まではさすがに分からないが…
紫苑の目論見程度はな」
言いながら、稔は両腕を己の前で交差させ、その両の手のひらを軽く開くことによって、対局の位置に炎の力を集中させる。
「紫苑が彩花を盾に、梁に何を言い出して来るか… その予測はつく。だが…」
稔はそこまでで言を止めると、交差されたままの両腕を少し、自らの方に引いた。
そうすることで、超能力の込められた両の手のひらは自然、わずかながら前方にその向きを変える。
作り出された双炎の、凄まじいまでのその威力に──
稔の銀髪に、眩いばかりの緋色が宿る。
稔がそれに更に力を注ぎ込み、今まさにそれを放とうとした、その時。
「──やめてくれ」
梁の、制止の声が周囲に響き渡った。
「…?」
稔は、それまで蓄積した力を、いったんは己の中に還元させると、上げていた両腕を引き、訝しげに声の主の方を見る。
そこには稔の予想通り、梁がいた。
紫苑に伴われた梁は、緊迫感こそ纏っているものの、どこか虚ろで…
憔悴し、それでいて張り詰めた、いわば対局の感を、周囲にいた者全ての脳内に植え付けた。
そんな梁を見て、稔は梁が戻ったというその事実よりも、むしろ、そんな梁自身に対して警戒を固めていた。
梁は躊躇うこともなく、真っ直ぐに稔を見つめて告げる。
「…俺の父親に…
煌牙に手を出さないでくれ」
「…、“等価交換”…か?」
稔は驚くこともなく、まるで始めからこうなることを知っていたかのように笑う。
…その端正な口元に浮かぶのは、それ自体が氷にも近い、蔑みの冷笑。
「紫苑に丸め込まれたな」
「……」
これを聞いた梁の目は、あまりのいたたまれなさから、伏せてしまいそうになる。
それをようやく抑えた梁は、毅然とした態度で稔に臨んだ。
…ああ。
さすがに父親は分かっている。
自分の全てを見通して。
その弱さ、脆さ… そしてその不甲斐なさに、“呆れている”…!
…でも。
自分の存在が、父親の枷になるのは耐えられない。
これ以上、重荷になるのも、足を引っ張るのも、迷惑になるのも…
“耐えられない”。
…見通しているなら、
この聡明な父親なら…
自分の言わんとしていることの意味程度、すぐに見抜くはずだ。
だが。
それを塵ほどにも疑心に思わせてはならない。
自分はあくまで、酷い息子を演じ、父親の方から縁を切るように仕向けなければ。
…例え永劫、他人となろうと、
両親さえ無事に生きていてくれれば、それでいい。
だから自分は…“裏切った息子”という下卑た存在で構わない。
例え両親の心に、一生ものとなるかも知れない、深い傷を負わせてしまおうと。
全ては…両親を生かしておくために。
「…丸め込まれてなんかいない。これは自分の意志だ」
梁は、軋み、悲鳴をあげる心に鞭打ちながら呟く。
「だってそうだろう?
煌牙や紫苑の言っていることは本当なんだから。
…炎の能力よりも、雷の能力の方が強いことから考えても、俺は…」
朽ちかけ、剥がれ溜まる心の欠片。
「俺は貴方の息子の、緋藤梁なんかじゃなく…
ここにいる煌牙の息子・氷藤梁牙なんだから…!」
…砕けてゆく心。
修復が叶わない程に絶望に染まる。
嘘を吐き続ける自分が、とても汚い者に思えてならない。
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