世界に嫌われた勇者はそれでも世界を救う

佐武ろく

【中1】嫌われ勇者

リュックに羽織っていたフード付きのマントと腰に差した黒を基調とした鞘に納められた剣は歩きづらい森の中を1歩また1歩と歩く度に揺れていた。それと共に口からは少し荒れた息がいつもより早いテンポで出てくる。どれくらい歩いたのかはもう分からない。それに口の中は砂漠のように渇いていた。もう飲み込める唾もない程に乾ききった口を潤そうと僕は足を止め近くの木にもたれた。そして剣とは反対側に下げていた水筒に手を伸ばす。蓋を開けカラッカラに渇いた時に飲む水の美味しさを想像し、それを期待しながら水筒を手向けた。だけど中から出てきたのはたった1滴。どれだけ傾けてもどれだけ振ってもそれ以上の水分は無かった。どうやらオアシスは枯れてしまっていた。


「うそぉー」


思わず落胆の声が零れる。だけどないものは仕方ない。そしていつまでもこの場所に居たところで水が手に入る訳じゃないし、ここは我慢して歩こう。そう決めると足を動かし始めた。今の僕を動かしているのは目的達成への意志。ではなく喉を潤す水を求める欲望だった。それから疲れと水不足のせいで少し覚束ない足取りのまま進んでいくと森の終りが見えてきた。


「やったぁ。村だ」


限界まで乾いた口からは希望に潤った声が姿を見せ、フードに隠れた目で小さな村を真っすぐ見つめる。その光景だけで思わず唾を呑んだ。正確には唾が出せるほどの水分は残されておらずその動作だけだったが。そして水分を欲する体に急かされるように早足で村に向かった。村の前まで来ると一度深呼吸をする。大きく吸って大きく吐いた後に意を決すると中へ足を踏み入れた。村に入ってすぐ中央の井戸でふくよかな女性が背を向けしゃがみながら何かをしているのが目に入った。僕はそのまま視線を逸らさずにその女性へ近づく。


「あの、すみません」


内気な性格ということもあり声は少し怯えていた。


「ん?聞き覚えのない声だね?旅のお方かい?」


女性は手が離せない状況なのか背をむけたまま返事をした。


「はい。あの、少しでいいので水を分けてもらえませんか?」

「あぁ、もちろん構わないよ」


女性はそう言うと腰に巻いたエプロンで手を拭きながら立ち上がり振り返った。だけど僕の顔を見た途端、先ほどまでの気さくな雰囲気が一変する。その表情には誰が見ても明らかな嫌悪感が浮かんでいた。


「いや、アンタにやる水はないよ!さっさとこの村から出て行きな!」

「ほんの少しだけでいいので...」

「ふざけるんじゃないよ!誰か!誰か!」


女性の叫び声に村の男達が集まり出だした。


「どうした?どうした?」


そして女性同様に男達も僕を見るや否や顔をこわばらせる。その目はまるで害虫を見るようなそんな目付きだった。


「何だお前!勝手におらたちの村に入って来るな!出てけ!」

「そうだ!出てけ!」

「出てけ!出てけ!」


男達のうち何人かはピッチフォークやバチヅルなどの農作業用具を持っており、それを突きつけてきた。


「早く出て行け!」

「お願いします。水を...」


ほんの一口だけでも水を飲みたい。その一心でその場に正座し頭を地に着くまで下げる。だけど一刻でも早く村から追い出したかったのだろう村人は慈悲などなく罵声を浴びせてきた。それと同時に石ころが隕石のように飛んでくる。そして丁度頭を上げた時にその石ころの1つが額に直撃。鈍痛が走ると共に温かいモノが流れ始めるのを感じた。


「さっさと出て行きな!二度とこの村に来るんじゃないよ!」


このままだと殺されてしまう。そう感じた。だからこれ以上頼み込むのは止めて逃げるように村から出て行った。僕が外に出ても村から離れるまで戻ってくるなと言わんばかりに睨みをきかせ罵声を浴びせ続ける村人達。そんな彼らの嫌悪感を通り越した敵視が背にグサグサと刺さりながらも再び森に戻ると更に奥まで走り続ける。とにかく無我夢中で走り続けたけど元々限界だった体はそう長く走り続けられなかった。段々足がもつれ始めついには木の根に躓き豪快に転んでしまう。


「ハァ...ハァ...。水..を...」


額や体中の痛みもあったがそのどれより喉の渇きが優先されていた。地面に這いつくばり視界が霞む中、砂漠で遭難した人のように水を求め手を伸ばす。


「もう...無理..なのか...な」


諦めの心が顔を出し始めたその時、川のせせらぎが聞こえた。ような気がした。だけど今の僕にとってその音が幻聴かどうかを考える余裕はない。地を這いながらその音の方へ向かった。ゆっくりと。だが着実にしばらく地を這って進んだ僕の目に映ったのは、希望・奇跡・神のご加護。木々の向こう側には太陽を浴び光り輝く川が見えたのだ。それはどんな宝石よりも、天に流れる天の川よりも輝いて見えた。その美しきお姿を目の当たりにした僕は体中に残された力をかき集めて振り絞り1秒でも早く辿り着こうと這う。そしてついに飲んでも飲みきれないほどの水に辿り着いた。もう水のことしか頭にない僕は顔を川に突っ込み無我夢中で水を飲んだ。もし誰かがこの光景をみたら溺れていると勘違いしてしまうだろう。それでも止めることはできず水中で口を大きく開け酸素よりも優先してゴクゴクと飲む。その勢いは止まらない。このまま川を干上がらせられるのではと思う程に飲み続けたが限界は意外と呆気なく訪れた。結局飲めたのは川にとって誤差にすらならない量だろう。そして水を腹一杯に補給すると川から顔を上げ、逆に不足した酸素を大きく何度も吸う。少しの間、吸って吐いてを繰り返して息を整えると生きてるという実感が体を満たした。生き返った。そう表現するのがパズルのピースのようにピッタリと嵌まる。そんな感覚を味わいながら背負ったリュックなど気にせず川沿いに寝転がり休憩を取った。


###



         青年の名は、フィリブ・アルナート。


          これは世界中に嫌われた勇者が

         それでもなお世界を救うお話のほんの序章

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