白水仙は頭を垂れて。

 新学期の諸行事を終え、用務員さんが手入れした水仙が最後の輝きを魅せる頃、僕は日直の仕事終わりとして、日誌を出しに職員室へと向かう。

 授業の始まった学校はまだどこか浮ついた空気を纏っていて――そんな空気がどうしても苦手で――さっさと帰ってしまおうと思ったが、担任の思い付きで始まった日誌の自己紹介がどうしても埋まらず遅くなってしまった。

 重くなったランドセルを背負い、少し重い日誌を抱きかかえて階段を降りる。

 時たますれ違う生徒たちは学友と忙しなく何かを笑い合い、クスクスと小声で囁きあっている。一人それを交わしながら階段を下りて職員室をノックしようと手を掲げるが、目前でガラガラと扉が開き――

「――あら、ごめんなさい。入るところだったかしら」

 ――僕は眼を奪われた。

 暗い朱漆あかうるしを垂らしたようなあでやかで透き通った朱茶あかちゃ色の髪をつらつらとたなびかせ、真っ白く大きな襟にしな垂れる。どこまでも愛らしい笑みをはべらせて薄氷の様な視線が僕を射抜く。

 あっあと小さく吃音を漏らす僕の中に、彼女の視線が滑り込んでいく。

「――どうしたの? 大丈夫?」

 どこまでも見透かされたような笑みで心配そうに僕の頬を撫でる。何かわからない感覚が僕を侵し満たしていく。

「……あッ、あのっ、僕は――」

 辛うじて絞り出た声はそれ以上続かず、クスクスと小さく笑う彼女の声がジンジンとお腹の下へと落ちていった。


 彼女に絡め捕られその場で惚けていたが、彼女の視線が僕から外れたことで現実に戻る。

(そういえば日誌を渡しに来たんだった)

 職員室に来た理由を思い出し視線を彼女から外す。と、彼女が見つめる先に担任の姿があった。どうやら彼女も担任に用があったらしい。

 担任は彼女と二言三言交わすと僕に気付いたらしく、僕から日誌を受け取ってニカッと笑い、僕の頭をくしゃくしゃと撫でる。ゴツゴツとした手で撫でられるのが少し怖くて、目を閉じてやり過ごす。

 それから担任に挨拶をしてそそくさとその場を後にする。

「――また明日ね」

 後ろで、誰かがそんなことを言っていた気がした。

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