第35話 ハリネズミ
その日から引っ越し作業は始まった。勉強会となるはずの土曜日は、結果的に先輩の思惑通りに全く勉強しない一日になったのである。
僕の家には現在5人を収容している。
「みんなは帰って良いんだよ・・・・」
遠回しに帰ってくださいと言うと
「いや、面白そうだから手伝うよ!!!!」
「・・・・うん」
「由芽は幼馴染だからね!?」
っていうように由芽に至っては常人では理解できないような答えで引っ越し作業に参戦してくる。
「皆さん、ありがとうございます!!」
那々は全く迷惑と思っていないようだ。
・・・・まぁ、実際助かっている。この人数だからこそ、必要最低限とはいえ、全ての荷物を持ってこれた。
「これ、洗濯してる?」
姫花が僕のジャージを雑巾をつまむようにして掲げる。
「してるよ!!!」
実際は部屋着として使っているから一週間くらい洗濯してない。でも、ほら、ね・・・・? 同級生の女子にあんな風に言われてしまうと思わず答えちゃうよね・・・・。
「・・・・そう? 佐の匂いがするけど」
クンクンと匂いを嗅ぐ姫花。その服を取り上げようと僕が動く前に、その服は姫花のもとを離れていた。
「駄目!!! 姫花ちゃんでもダメ!!!!」
必死に僕のジャージを抱きしめるのは由芽。
「何で?」
首を傾げて、姫花は顔を真っ赤にしている由芽に問う。
「何でも!!!」
抱きしめたまま洗面所に走る由芽。えーと、僕の、僕のなんだけど・・・・!?
既に周りは暗くなっている。どうせ、この流れはみんなご飯をうちで食べていくのだろう。
「何か食べたいものある?」
「パエリア」
即答するのは姫花。作り方分からないのでパス。
「何でもいいよー!」
那々はそう答えるが、その答えが一番困ると知ってほしい。
「私も何でもいいかな」
先輩も適当そうに答える。だが、由芽は違った。
「鍋が良い!!!」
流石、幼馴染だ。
「よし、鍋にしよう。買いに行ってくるね」
「由芽も行くー!!!」
鍋。この季節に合っていないように思えるが、実は丁度良い。窓を開けながら食べる鍋は最高なんだ。あと、僕が作れる数少ない料理でもある。
夜道を2人で歩く。最近は一緒に帰ってるとはいえ、まだ隣に由芽がいると落ち着かない。鼓動がやけに強調されているように感じる。体全体に音が響き、音が聞こえる度に由芽を意識してしまう。
「本当にビックリしたねー!」
背伸びをしながら、僕に話しかける。
「・・・・うん」
出会うとは思いもしなかった。もう、二度と会えないと思っていた。
「でもなぁ~。嬉しいけどなぁー」
唇を尖らして、様々な感情が入り混じっている声を出す。
「どうしたの?」
「いやぁ~・・・・。難敵だなって!」
敵・・・・? あぁ、そういうことか。
「実の妹だよ。僕がそれ以上の感情を抱くことはない」
自分で言っていながら、恥ずかしくなる。全く、この幼馴染は僕に何を言わせているんだ。
「ほんとぉ? だって那々ちゃん、凄い美人になってるよ? さらにスタイルもいいよ!?」
確かに、僕の記憶の中にある妹とは風貌がかなり変わっている。
「それでもだ。そもそも、妹のスタイルなんて気にしないだろ・・・・」
「・・・・由芽も頑張らないとね!!!」
勝手にやる気を出している由芽。その横顔を見ると・・・・鼓動が早くなる。
何で、僕は由芽に応えることが出来ないのだろう。何で、僕だけこんな運命を背負っているのだろう。何で、僕だけこんな思いをしなくちゃいけないのだろう。
まるでハリネズミだ。近づきたいのに近づけない。
だけど・・・・そんなハリネズミだけど。僕は今、僕の人生の中で一番幸せなのかもしれない。
由芽の横顔は僕に思わせてくれる。
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