【コメディー】マッチョ売りの少女

 雪が降りしきる大みそかの夜。

 とある街の路上で、みすぼらしい格好をした一二歳くらいの小さな少女が、道行く人々に声をかけています。


「マッチョ、マッチョはいりませんか……?」


 しかし、誰も少女の言葉に耳を傾けず、目を逸らして早足で立ち去ります。関わらないほうがいい、と思ったからでしょうか?


「どうして、どうして……誰も買ってくれないんだろう?」


 少女は呟きました。

 少女の後ろには、三人のマッチョが威圧感を放っています。彼らは真冬だというのに、肉体美を強調するかのようなぴったりとした薄着姿で、しかし、誰もそのことに文句ひとつ言いません。

 マッチョを引き連れた少女。異様な光景です。


「マッチョ、マッチョはいりませんか?」


 少女は気弱そうな青年に声をかけます。


「え? マッチョ? マッチじゃなくって……?」

「マッチョです」

「どうして、マッチョなんか売っているんだい?」

「父に売って来いと言われたので……」


 少女は弱弱しく言いました。


「マッチョを売らないと、父に叱られちゃうの……」


 青年は少し悩んだ後、マッチョを買ってあげることにしました。仕事のアシスタントに使えるだろう、と考えたのです。


「一人、購入しようかな」


 青年がそう言うと、少女の顔が明るくなりました。


「ありがとうございます! どのマッチョがよろしいですか?」

「えーっと……」


 青年は少女の後ろに並んだ三人のマッチョを見ます。どのマッチョが一番使えそうか、と考えていると、少女がどこからかカタログを取り出しました。


「マッチョはこの三人以外にもたくさんいます。お好みのマッチョをどうぞ」

「お、おう……」


 カタログには一〇〇人近いマッチョが載っています。詳細なデータと、決めポーズで写った写真。値段は一人、マッチ一万本くらいです。


「あー……じゃあ、このマッチョを」


 青年がお金を支払うと、少女は背後のマッチョを小突きました。マッチョは黙って一礼する、どこかへ走り去って行きました。


「少々お待ちください」


 五分後。

 マッチョがマッチョを引き連れて戻ってきました。


「こちらのマッチョでお間違いないですか?」

「うん」

「お買い上げありがとうございます」


 青年は購入したマッチョを連れて去っていきました。


 ◇


「マッチョ、マッチョはいりませんか……?」


 その後、たくさんの人に声をかけるも、誰も足を止めてはくれません。


「仕方ない……」


 少女はマッチョに何やら囁きます。頷いたマッチョは、気弱そうな中年男性に狙いを定めて、突撃していきます。少女も後をついていきます。

 マッチョが中年を取り押さえました。


「マッチョ、マッチョはいりませんか?」

「は? マッチョ?」

「はい、マッチョです」

「い、いらないです」

「そんなことは言わずに」

「いらないですって」


 頑なに拒否する中年にしびれを切らした少女は、マッチョに命令して中年を路地裏に連れていきます。


「マッチョ、買いませんか?」

「か、買わないっ」

「そんなこと、言わずに。マッチョ、買いましょう?」

「買いません」

「マッチョを売らないと、父に叱られちゃうの……」


 少女は大粒の涙を流しながら泣き出しました。


「お願い、買って」

「泣き落としか?」


 中年の態度ががらりと変わりました。


「マッチョの販売は法律違反だぞ。それを知っていて、売っているのか?」

「そ、そんな……。私はただ、父に命令されて売っているだけで、法律に違反するなんて知りませんでした……」

「嘘をつくな」


 中年は懐から警察手帳を取り出しました。

 そう、彼は警察官だったのです。マッチョを売っている――あるいは売りつけている――少女を追っていたのです。


「け、警察……」

「調べはついている。お前は孤児で父親はいない。そして、お前がマッチョ売りの元締めだってこともわかっている」

「く、くっ……」


 少女は歯噛みしました。


「少女だからって、人身売買が許されると思うなよ」

「殺せっ! こいつを殺せっ!」


 少女は命令しました。路地裏には彼ら以外誰もいないのです。中年を殺して逃げればいい、と少女は考えたのです。

 しかし――。


「お前は既に包囲されている」


 前から後ろから、たくさんの警察官がやってきて、少女とマッチョを取り押さえました。少女はもがきながら叫びました。


「くそおおおおおおおっ!」


 こうして、少女は現行犯逮捕されました。

 しかし、彼女のカタログに載ったマッチョたちは見つかりませんでした。彼らはどこに行ったのでしょうか?


 ◇



 とある別の街の路上で、みすぼらしい格好をした一〇歳くらいの小さな少女が、道行く人々に声をかけています。


「マッチョ、マッチョはいりませんか……?」

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