【コメディー】意識の高い客と意識の低いラーメン屋

 そのラーメン屋は、大多数のラーメン通からは不評であり、ネットでの評判も決して芳しいものとは言えない。しかし、なかなかに繁盛していた。

 その店に並ぶ客たちは、自分は凡人とは全く違った視点で物事を見られるのだ、という特別感あるいは優越感――ある種の誇りを持っている。


 店の暖簾には、『らうめんや』とだけ書かれている。店は小さく、外観も内装も質素というか地味だ。飾り気がない。無駄なものがない、と褒めることもできるかもしれない。


 店を切り盛りするのは、五〇代の頑固そうな親父と、二〇前後のバイトが一人。メニューはたった一つしかなく、その名も『らうめん』。なぜ『らうめん』なのかはわからない。『ラーメン』でいいではないか、と憤慨する者もいるが、常連客は『らうめん』表記に親父のこだわりがあるのだ、と言う。


 らうめんは濁り気のない透き通ったスープに、麺が入っただけの一品だ。具は一つもない。チャーシューも味玉もキクラゲも、何も載っていない。シンプルを極めたようなラーメンだ。値段は二〇〇〇円と、ラーメンの中ではかなり高い。強気な値段設定だ。

 親父は見た目通り口数が少なく、愛想も決していいとは言えない。バイトは親父ほど愛想が悪いわけではなく、客が食べ終わると、「またいらしてください!」と元気に言う。親父は客の「ごちそうさまでした」にも、ただ黙って頷くだけだ。


 店の経営は順調なようで、親父はその見た目に似合わず、ポルシェやベンツやBMWに乗っていて、高級住宅地に三階建ての一軒家を持っている。

 店が開くのは一〇時前後が多く、閉まるのは一六時から二二時と日によって大きく異なる。休店日は気まぐれだ。


 今日も店は繁盛し、昼時と夕飯時には列ができていた。二一時に閉店すると、親父とバイトは話しながら店の掃除をする。


「いやあ、それにしてもぼろい商売っすね」バイトが言った。

「こんなのに二〇〇〇円を出す客がわんさかいるんだから、笑いが止まらんな」


 親父が手に取ったのは、市販の袋麺である。一食一〇〇円もしない。

 彼らは袋麺を大きな器に入れて、さもこだわりの一品のように提供しているだけである。二〇〇〇円というラーメンにしては高い価格設定も、一級品の素材のみを使用していると思わせるためだ。客は高いラーメンなら、きっといい素材を使って手間暇かけて作っているに違いない、というある種の先入観を抱く。

 それを抱かなかった客は二度と来ないし、ネットに悪評をかきこむ。悪評というよりも、単なる事実か。


「まさに錬金術ですね」


 五食で三〇〇円もしない袋麺が、一食二〇〇〇円に化ける。これを錬金術と言わずして、なんと言うか。


「ですが、客もよく騙されますね」


 バイトは茹でた袋麺をズルズルとすすった。普通にうまい。しかし、これに二〇〇〇円の価値があるかというと、絶対にないと断言することができる。


「騙すための工夫をしているから、客は騙されるんだ」

「工夫?」バイトは尋ねた。

「まず、店の外観も内装もあえて地味にした。そして、店を経営するのは、頑固そうな親父と、人のよさそうな青年の二人だけ」


 頑固『そう』、人のよさ『そう』――どう見えるかが重要なのだ。


「ああ……親父さんのあの態度、演技だったんですねえ」

「俺だってその気になれば愛想よくすることだってできるんだ。だが、頑固親父の演出のためにあえてしないんだ。あえて、ね」

「なるほど」


 バイトは食べ終えた器を洗いながら、続きを聞く。


「営業時間に関しても、あえて日によってバラバラにすることで、こだわりの強さを演出する一助になっている――と俺は思っている」

「キャバクラに行きたいから、早く閉めたりしてるんだと思ってましたよ」


 バイトの感想を、親父は黙殺して続ける。


「それと、ラーメンの具、なにものってないだろう?」

「あー、確かに。言われてみれば、そうですね。どうしてです? 利幅を増やすためですか?」

「違う」親父は首を振った。「意識の高い客はシンプルさを追求するんだ。一般的な客にとっては具はあったほうがいいが、うちに来るような客は具ののった『普通のラーメン』を拒絶する。珍しさやシンプルさ、他の店は見られないオリジナリティーを求めるんだ」

「そういうものなんですかね?」

「そういうものさ。だからこそ、うちは繁盛しているんじゃないか」


 店の掃除を終えた二人は、店の鍵を閉めると夜道を歩きだす。親父の歩く方向は駅とは反対だった。


「なあ、まだ腹減ってるか?」

「ええ」

「じゃあ、ラーメン食いに行こうぜ」

「一杯二〇〇〇円の?」


 バイトはにやりと笑った。親父もにやりと笑って首を振る。


「いや、なんと、うちとは違って一杯二〇〇円のラーメン屋だ」

「安すぎると、逆に不安になってきますね。ひっどい素材使ってるんじゃないかって」

「安心しろ。そこのラーメン屋はうちよりもまともだ。それにとてもうまい。だけど、お前のように思うやつばかりだから、まったく繁盛してない」

「なるほど。価格設定って大切なんですね」。

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