【ハイファンタジー】ステータスオープン、としきりに叫んでる男がいるんだが。

「ステータスオープン! ステータスオープン! ステータスオープン! ステータスオープン! ステータスオープン!」


 俺が屋台で飯を食べていると、「ステータスオープン!」と謎の言葉をしきりに叫んでいる男を発見した。


 30前後、中肉中背の男だった。

 顔は地味で、彼から目を逸らすと、さてどんな顔をしていたっけな、と思い出すのに苦労するような凡庸さがあった。

 特徴的なのは、真っ黒な髪の毛と、ここいらでは見かけないような変わった服装くらいだ。くらい――といったが、俺なんて特徴的なところが何一つとしてないのだから、この男のほうが目立つという点においては、はるかに上を行く。


 目立っているが、それはいい意味ではなく、いわゆる悪目立ちというやつだった。

 頭のおかしい奴が何か叫んでるぞ、と道行く人々は彼のことをちらちらと見ている。話しかけはしないが、そのうちやばそうなやつが絡みに行くこと間違いなしだろう。

 しかし、当の本人は余裕がないのか、自分が悪目立ちしていることに気付いていない。必死の形相で「ステータスオープン!」と叫んでいる。


 はて、ステータスオープンなる魔法は、聞いたことがない。俺が知らないだけかもしれないが、もしかしたら魔法ではないのかもしれない。

 その男が気になって仕方がないので、俺は飯をかきこむと話しかけてみた。


「よお、旦那。さっきから必死な形相でどうしたんだい?」

「ここはどこなんだ? 日本じゃないようだが……」

「ニホン? 知らない名前だな」

「こ、言葉が通じる……。でも、ここは日本じゃないようだな」

「ニホンがどこかは知らないが、ここはアインツの街っていうんだぜ」

「アインツ……」


 男がぶつぶつと呟いた。


「この世界の名前は? 地球じゃない、よな……?」


 おずおずと、しかし期待のような感情がそこには混ざっていた。

 なんだかよくわからん奴だな。まあ、狂人って感じには見えないが……。


「ワルドガだ。チキュウって名前も俺は知らんな」

「やっぱり、ここは異世界なんだ……」

「異世界? 何言ってんだ、お前……」


 そう馬鹿にしたっぽく言ってみたが、この男が何者なのか俺はかなり気になっていた。このわけのわからん喋りからして、もしかしたらこいつは異世界から来たのかもしれない。


 異世界人。

 噂で聞いたことがある。

 この世界にはいくつも次元があって、その次元ごとに異なる世界があり、異なる文明が築かれている、と。

 ごくまれに、二つの次元の世界が繋がってしまい、その次元同士を繋ぐ穴に落っこちてしまう人間がいるとか。


「よしっ! 立ち話も何だし、一杯奢っちゃる。冒険者ギルドの酒場にでも行こうぜ」

「いいのか?」

「おうよ」

「助かる」


 握手された。


「でも、できればおっさんじゃなくて、美少女がよかったな……」


 呟く声が聞こえる。

 悪かったなおっさんで。


 ◇


「なるほどな」


 俺はぐびぐびとエールを飲んだ。


「スズキは地球って世界の日本って国の人間なのね」

「そうそう。いやー、びっくりしたわ。コンビニにでも行こうって夜道を歩いてたら、なんかよくわからん穴に落っこちたのよ」

「そりゃ次元の裂け目だな」

「こんなことってリアルにあるんだな。夢みたいだわ」

「聞いた感じじゃ、こっちよりもお前のいた世界のほうがよさそうだけどな」

「いや、俺のいた世界もマジで大変だよ。安い給料でこき使われてさ。遊ぶ暇も金もありゃしない」

「こっちでも、似たようなもんさ。実力がなきゃ、やっすい仕事をたくさんして暮らしてくしかないのさ」


 そう言うと、スズキはげんなりとした顔になった。


「そういや、お前が叫んでたステータスオープンってのはなんだ? 地球でのおまじないかなんかなのか?」

「いや……それはだな……」


 スズキはステータスオープンという言葉について話し始めた。

 スズキの住んでいた世界には『ネット』なる現実とは異なる第二の世界があるらしい。どういうものか説明されてもよくわからないが、どうやらそれはいろいろな情報が得られる便利な世界らしい。

 そこでスズキは『ネット小説』なるものをよく読んでいた。その小説では、主人公がよく異世界に飛ばされたりするらしい。『ステータスオープン』とは、その小説によく登場する用語で、自分の能力値や魔法といったものを、宙に表示する能力(?)とのこと。


「だから、『ステータスオープン!』って叫べば、ステータスが表示されると思ったんだ」

「ここは現実だぞ。小説の世界じゃないんだぜ」


 俺は呆れて言った。

 ネット小説の主人公は大抵、『チート』とかいうぶっとんだ能力を持っているとか。それが自分にもあるのではないか、とスズキは確かめたかったのだ。


「はっきり言うぞ。お前にそんなものはない」

「いや、あるかもしれないだろ」

「それじゃ、冒険者登録してみるか?」

「ああ」


 力強く頷いた後、スズキは「あっ!」と何かに気付いたように声を出した。


「なんだよ?」

「冒険者登録って金とかかかるのか?」

「当たり前だろ」

「俺、金持ってない」

「貸してやるよ。冒険者になって頑張って働いて返せ」

「ありがとう」


 というわけで、受付にて。

 美少女エルフ(500歳)に、スズキの冒険者登録を頼んだ。


「はい、冒険者登録ですね」


 紙を差し出されたが、スズキはこの世界の文字が書けないので(その割には言語はペラペラだ。一体、どんなからくりだ?)、代わりに俺が記入してやった。


「では最後に、こちらのクリスタルに手を触れてください」


 能力診断クリスタル。

 まんまるの大きな水晶玉だ。これに手を当てると、その人の能力値が明らかになる。クリスタルの色の変化で、自分のランクを知ることができる。


「来たっ! ステータス測定だっ!」


 スズキは興奮した声を出した。

 どうもこいつは、まだ自分に特別な力があるとでも思ってるようだ。俺も30年くらい前にそんな時期があったな。すぐに現実を知ることになったが……。

 スズキがクリスタルに手を当てた。

 さあ、どうなる?


「こ、これは……」


 受付エルフが驚愕の声を出した。

 俺も同じくらいに驚いた。

 な、なにっ……!?


「すごいのか? 珍しいのか?」

「……ああ。めちゃくちゃ珍しい。初めて見たぜ……」

「ええ。私も長い間冒険者ギルドで働いてきましたが、こんなの初めてです……」


 クリスタルはなんと――。



 無色透明のままだった。



「どんまい」


 ぽん、と俺はスズキの肩に手を置いた。


「……え?」


 スズキは首をかしげている。

 俺の表情を見て、なんとなく察したらしい。しかし、現実を直視したくないのか、まだ淡い期待を持っているようである。

 なので、俺はスズキに現実を突きつけた。


「能力の最低ランクは白だ。で、お前は無色。つまり、最低以下ってことだ」

「嘘、だろ……?」

「残念ながら、現実だ」

「嘘だ嘘だ嘘だああああああああっ!」


 スズキは叫びながら、冒険者ギルドの出入り口へとダッシュした。そして、やってきた荒くれ冒険者とぶつかった。


「あん、なんだてめえ?」

「うるせえ! かませ犬がっ!」

「ひゃははっ! ぼこぼこにしてやるぜ」


 どう考えても勝てるはずがない。

 俺は助けようか悩んだものの、ここいらで現実ってやつを知るのも悪くないな、と思い静観することにした。


「俺の隠されたスキルが、ギフトが覚醒するんだっ!」

「なあーに、わけのわからんことを言ってるんだ。糞野郎!」


 ばこっ。


「ぐえっ!」


 どごっ! めきゃっ!


「ぐはあっ……」


 ばきっ、どんっ、ばこ~~~ん……


「ううっ……」


 地面をなめるように倒れて、めそめそと泣き出すスズキ。


「なあ、この辺で勘弁してくれないか?」

「ああん? 俺はまだ殴り足んねえんだよ」

「俺に免じて、な?」


 ちっ、と舌打ち一つ。


「しょうがねえな」


 荒くれ冒険者は去っていった。

 俺はスズキをベンチに座らせた。


「これが現実だ」

「ああ……」

「ま、こうして出会ったのも何かの縁だ。ちょっとくらいはサポートしてやるよ。小さなことからこつこつと。冒険者として頑張ってくれ」

「ああ」


 前に魔王を倒して世界を救った英雄は異世界人だったという。黒い髪といい、着ている服からして、もしかしたら彼もスズキと同じ世界の人間なのかもしれない。

 だが、同じ異世界人でも『持つ者』と『持たざる者』がいるようだ。スズキは後者っぽいが、腐らずに頑張って生きてほしいものだ。

 そんなことを思いながら、俺はクエストを受けるのだった。


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