第187話 宇宙の荒野
「宇宙の荒野を一人さまよう♪俺は孤高な個人事業主キャプテンセイヤ♪♪」
俺はデルタのブリッジでキャプテンシートに座り、魔力の充填をしながら調子外れの歌を歌っている。
それというのもプロキオンを目指してベテルギウス星系を進むこと一月余り、ベテルギウスの超新星爆発により放棄されたこの星域には、人の住む星も補給用のステーションも修理用のドックもない。新たな刺激がなく、引き篭りの俺でも暇を持て余してしまう。
もちろん、高速ワープ航路も保守されることはなく、ただ荒野のように荒れ果てた星の間を時間をかけながら進んでいくだけだ。高速ワープなら一週間とかからない距離なのにあと何日かかることやら。
それでも普段は好きなことをして過ごせばいいのだが、魔力の充填時はそうもいかない。シートに座りっきりで、手もレバーを握ったまま離すことができない。最初に比べれば随分と効率的に充填できるようになったものの。それでも時間単位で拘束されるのだ。下手な歌も歌いたくなるというものだろう。
「キャプテン」
「ウォ! なんだ、チハル」
一人のつもりで歌っていたが、チハルもいたんだった。もちろん俺の歌は聞こえていたよな。ちょっと恥ずかしい。
「ちゃんと目的地のプロキオンに向けて航行している」
「? ああ、そのようだな」
スクリーンに映し出されている航行データ見れば、デルタが順調に目的地に向かって航行していることは明らかだ。なのになぜチハルは今それを報告した?
「さまよっていないし、キャプテン一人ではなく私もいる」
「そ、そうだな。すまなかった」
チハルは歌詞に反応したのか。余計に恥ずかしいのだが。
「キャプテン」
「なんだまだあるのか」
これ以上どんな辱めを受けるのだ。手加減してくださいチハルさん。
「前方の惑星地表に宇宙船だと思われる魔力反応」
「え?! それって遭難者か」
「ここからでは人がいるかまではわからない。ただ船が機能しているのは間違いない」
「よし、確かめに行ってみよう」
普段ならそんなことはしないだろうが、いかんせん、暇を持て余しているのだ。新しい刺激を求めて即決する。
「了解、惑星の衛星軌道に入る」
チハルも退屈だったのだろう。俺の命令に異論を挟むことなく針路を変更した。
惑星の周回軌道に入り、上空から様子をうかがうと、放棄され廃墟となった街の外れに、半分砂に埋まった状態の宇宙船が見つかった。
「あれは地中の魔力溜まりから魔力を掘削するための作業船」
そう言われて見れば海底油田の掘削リグを思わせる構造をしている。
「長い間放置されているように見えるが、本当にまだ機能しているのか」
「魔力の反応はある。ただ、人がいるかはここからではわからない」
無人で稼働している可能性もあるのか。人がいるにしろ、いないにしろ、掘削船は間近で見てみたい。
「とにかく一度降りてみよう」
俺たちはシャトルポッドで降下して作業船の前に着陸した。
危険はなさそうなのでシャトルポッドから降りて近づいてみたが、こりゃあ砂漠にたたずむ廃墟といった感じだな。
まだ、動いているならどこか入れる所はないかと見回すと、壊れて開いたままの扉がある。そこから入れるだろうと一歩踏み出したところで俺は動きを止めた。なぜなら、今入ろうとした扉からショットガンを持った老人が現れたからである。
「お前ら何者だ」
「えー。俺たちは通りすがりの個人事業主です」
「通りすがり? 新しい入殖者じゃないのか」
「ベテルギウスは放棄されたと聞きましたが、再開発する計画があるのですか?」
「そんなのは知らん」
なら、何で新たな入殖者だと思ったのだろう。大体、この爺さんは何でここにいるのだろう。
「わしはな、ここが放棄される前からこの施設のメンテナンス担当でな。いつか入殖者が戻ってくる時に備えてこの施設を守っているんじゃ」
「え? でも放棄されたのは200年以上前じゃないんですか」
「わしは350歳だ」
爺さんだと思っていたが、そこまで歳だったとは。しかし、何でそんなに長生きなんだ。
「キャプテン、彼はドワーフ。平均寿命は500歳」
チハルが俺の表情を読み取り、適切なアドバイスをくれた。なるほど、背格好がドワーフみたいだと思っていたが、本当にドワーフだとは。平均寿命が500歳だとすると350歳は俺の感覚では60歳くらいになるだろうか。爺さんと呼ぶにはまだ早いようだ。
「それにしたって、そんなに長い間一人でここを守っているのですか」
「そうだが、それがどうした」
魔力の採掘施設なら魔力が切れる心配は必要ないだろう。魔力さえあれば水や食料に困ることはない。生活必需品も同様だ。だから、問題はそこではない。引き篭りのプロを自称していた俺でさえ、宇宙船で一人にされた時は孤独に耐えきれず、十日で限界を迎えていた。それが、この爺さんは200年以上一人きりだったのだ。いや、爺さんなんて呼ぶのは失礼だ。これからは師匠と呼ぼう。そ、引き篭り人生の師匠と。
「師匠、どうか俺を弟子にしてください」
「あ? お前さん整備士なのか」
「いえ、俺なんか何も取り柄もないただの引き篭りです」
「引き篭り? 宇宙船で旅しているのにか」
「いえ、引き篭りだったのは宇宙船を手に入れる前の話なんです」
「そうかい、引き篭りをやめられたんじゃよかったじゃねえか。それで整備士になりたいってことでいいのか」
「違うんです。俺は別に引き篭りをやめたかったわけじゃないんです。もちろん整備士になりたいわけでもなくてですね、むしろ、目指しているのは引き篭りのプロ。いや、師匠に師事すれば引き篭りの神となること夢ではないかと」
「あのな。わしが一人でいたのは引き篭りだからじゃねえ。失礼な奴だな。整備士になる気もねえし、入殖者でもねえなら用はねえ。さっさと失せやがれ」
「師匠、そんなこと言わずに」
バン! バン!
師匠はショットガンを俺の足元に向けるとその引き金を引いた。
「失せろ!」
「キャプテン、リリスはいいのか」
「リリス……。そうだ。こんな所で油を売っている暇はない。師匠、それではご達者で。チハル、行くぞ」
俺は踵を返してシャトルポッドに乗り込んだ。
「なんだったんだあれは」
師匠の呟きを背中で聞きながら俺はシャトルポッドを発進させた。
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