第186話 その頃ヤット長官は、辺境のドッグ
ダフネ一味を捕まえたあと、俺は街の復旧に追われていた。
街にあったすべての魔道具が壊れるという異常事態。タイミングからしてやったのはセイヤだろうが、それを示す証拠がない。一体何をどうすればそんなことができるのだろう。セイヤは度重なる出頭要請にも応じる様子もなく、今はベテルギウス方面に向け航行しているようだ。
「大体、街の復旧は俺の仕事じゃないだろ」
「長官が変なことに首を突っ込むからですよ」
「変なことはないだろう。シリウスからの脱出者を守るために、彼らを食い物にしていた悪漢たちを捕まえたのだから、ちゃんとした仕事だろう」
「そんなことはリゲルの警察機構に任せればいいんですよ」
「そんなこと言っても、今回だって警察もグルだったんだぞ」
「だからといって長官自ら現場で捜査をする必要はないでしょう。毎回毎回そんなことをして無茶をするから、今回の魔道具故障の原因がこちらにあると疑われるんですよ」
「俺がやったわけじゃないんだが」
「ですが、長官が巻き込んだ者の仕業かもしれないのでしょ。自業自得です。というか街の人たちはイイ迷惑です。これからは自重してくださいね」
確かに今回どこの誰ともわからないセイヤを囮に使ったのは失敗だった。
シリウス亡命政府の官房長官という立場上、シリウスからの脱出者を囮に使うのは憚られたが、セイヤは都合がいいことに、シリウスからの脱出者ではないと本人は言っていた。他人が見ればそうとしか見えないのにだ。渡りに船とばかりにうまく使ってやるつもりだったのだが、とんだ食わせ者だった。
「それで、セイヤたちについて何かわかったか」
「全くわかりません。大体、セイヤという名前自体本名かどうかあてになりませんし、アンドロイドからも当然辿れません」
アンドロイドの反乱があった前なら登録情報が得られただろうが、今の時代そんなことは不可能だ。
「船についてはどうなんだ。旧型を改造したものとはいえ、ハルク型がベースだろ。それならシリウスから持ってきたデータにあるんじゃないか」
「ありましたけど、明らかに偽装されてますね」
「なぜそう言い切れる」
「二台のハルク型ですが、どちらも大昔に行方不明になったものでした」
「行方不明?」
「どちらもプロトタイプで、1000年以上前に一台は実験中に装置が暴走して、もう一台は、当時の皇女が拐われた時に犯人が使用してそのまま皇女と一緒に行方不明に」
「ちょっと待て、それって、皇王だけが使える幻のゲートの話に出てくるやつじゃないか」
「ハルク1000Dですが、そうなのですか?」
「デルタは300年前の皇王も使っていたんだ」
「あれ、データには1000年前に行方不明になって、それ以降何も記録されていませんが」
「それにはちょっと訳があってな。1000年前の皇女は拐われたのではなく駆け落ちしたんだ。その子孫が300年前の皇王で、皇女が駆け落ちに使用したデルタを使っていたんだが、皇女の駆け落ちを認めたくないシリウスの王族は、皇王が行方不明になると皇王がデルタを使っていたことを隠蔽したんだ」
「それって、隠蔽する意味があるんですかね」
「面子が大事な王族にはあるあるなんだよ」
「そうなのですか。王族ってめんどくさいですね。長官を見ているととてもそうは思えませんが」
「それは、暗に俺が王族には見えないといってるのか」
これでも俺はシリウスの前王弟だ。つまり、現在の王は俺の甥にあたる。とはいえ、シリウスはアンドロイドに占領されて、リゲルで亡命政府を立ち上げている状態であるが。
「長官を見て王族だとは誰も思わないでしょう」
「失礼な奴だな。まあ、そんなことより話を戻すが、皇王がデルタを使っていたことは王族でも限られた者しか知らん。なのに、偽装かもしれんが皇王の名セイヤを名乗りデルタに乗って現れた。ただの偶然だと思うか」
「それは、彼がシリウスの元王族だったということですか」
「俺の知る限り該当する奴はいないがな」
「じゃあなんだというのです」
「そうだな。皇王の関係者とか」
「ですが、皇王の星セレストはセクション4にあるのではないのですか」
「そうだ。セクション4からトラペジウムには、皇王だけが使える幻のゲートがある」
「それは都市伝説ですよね」
「そうだ……と思っていたが、もし本当にあるのだとしたらセイヤの言動の大半を納得できる」
「もしゲートがあるのなら一大事ですよ。ですが、なぜ今になって現れたんですかね。ゲート2が消失してから300年も経ってますよ」
「それはわからん。今回たまたま皇王の残した記録を見つけただけかもしれないし、実は前から何度もこちらにきていたのかもしれない」
トラペジウムは他のリゲルとシリウスの国境に比べれば警備が手薄だ。難破する危険を冒してでもトラペジウム経由のルートをとる者は多い。そんなわけで俺は定期的にトラペジウムを超えてシリウスから脱出してくる者がいないか巡回している。とはいえ、常に監視しているわけではない。セイヤが度々こちらに来ていたとしても出くわすことはまずないだろう。
むしろ頻繁に何度もきているからこそ出くわしたとも考えられる。
だが、それだとこちらの情報をほとんどす知らなかったことと矛盾してくるか。
「隠れて何か良からぬことをしてるんですかね」
「良からぬこと?」
「たとえば、密輸とか」
「密輸ね……」
「そういえばアンドロイドを連れていましたよね。アンドロイドの反乱を影で支援しているとかどうです」
現在シリウスはアンドロイドが支配しているというものの、一般市民の生活は至って平穏だ。ただ、支配階級は全てアンドロイドになったことと、ヒトは宇宙に出れなくなったことだけが変わったことだ。
つまり、ヒトは生まれた星に閉じ込められて、一生その星で暮らすことになる。
そういった生活に疑問も持たずに暮らしている者も多くなってきた。だが、未だに旧支配階層や冒険を夢見る若者からは不満の声が聞かれる。
アンドロイドの反乱の原因がなんだったのか、未だもって明確な答えは出ていない。
待遇への不満。
一般市民の解放。
ウイルス。
もし、裏で皇王が反乱を指示していたとしたらどうだろう。
当時の王族はお世辞にも良い統治者だったとはいえない。支配階層には良い国だったろうが、一般の国民や特にスラムに暮らす人々にとっては、毎日の糧を得るのも大変だったようだ。
そんなこともあり、アンドロイドの反乱があった時、大半の国民がアンドロイドを敵だと思っていなかった。むしろ圧政から自分達を解放してくれる英雄扱いだった。
結局は王族はリゲルに亡命し、支配階層のほとんどがその身分を剥奪された。
これが皇王の計画だったとしたら…。考えすぎか。
「とにかく、セイヤに聞いてみないことには始まらん。セイヤの行く先は予想がついたか」
「それが、ベテルギウス方面に向かったまま針路を変える様子はないようです」
「ベテルギウスに行っても何もないのに、セイヤは何を考えているんだ」
「ベテルギウスを抜けて、プロキオンを目指してるんじゃないでしょうか」
「プロキオン? 補給なしには無理だろう」
「何らかの補給の手立てがあるかも知れませんよ」
「補給の手立てか……」
そういえば皇王は宇宙船を動かせるほどの魔力を持っていた言われているが、誇張だと思っていたが、まさかな。
「補給船を用意してセイヤを追わせろ。いや、俺が行って直接話を聞いてくる」
「本気ですか?!」
「本気だ」
セイヤは歴史を動かす重要人物な気がする。これは歴史の転換点だ。
俺はセイヤを追うことに決めた。
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