第138話 ウイリアム・アーロンテリア
俺が帝都に行く腹積もりを決めたところで、扉がノックされた。
トン、トン、トン。
「なんだ?」
「お連れの方がおみえですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「ああ、通してくれ」
ノックをしたのは店員で、将軍に用件を伝え、指示を受けて戻っていった。
「他に誰か来るのか?」
「セイヤも会ったことがある奴だ」
俺が会ったことがある奴……誰だ?。
すぐに扉がノックされ、店員に連れられて、男が一人入ってきた。
「やあ、セイヤくん久しぶり。そうだ、セイヤ様と呼ばないとまずいかな?」
「いえ、好きに呼んでいただいて構いませんが、えーと、どちらでお会いしたのでしたっけ?」
確かに会ったことがあるように思うが、どこで会ったか思い出せない。
「覚えてないかな。航宙管理局で会ってるんだけど」
航宙管理局? ということは、初めてドックに行った時か……。あ、思い出した。男爵令嬢が練習船を壊した時に事情聴取していた人だ。
事情聴取された時は制服姿できちっとしていたが、今はラフな格好をしているのでわからなかった。
「ああ、事故調査の人ですね。名前は確か……」
「ウイリアム・アーロンテリアだよ。ウィリーとでも呼んでくれ」
「ウィリーさんですね。あの時はお世話になりました」
「いや、仕事だから気にしないでくれていいよ」
「それで、ウィリーさんは、なんでここにいるんですか?」
「それは僕の方が聞きたいぐらいなんだが、僕は裁判の証人として呼ばれてやって来たんだ」
「俺は、それを迎え入れるために、この星に来てたんだがな」
将軍は証人の護衛のためにここに来ていたのか。
「セイヤくんがいたなら、わざわざ来なくてもよかったかな」
「そんなことないでしょう。第三者の証言は重要でしょうから」
「そうかな。セイヤくんが力技で、エイ、ヤー、と、やっちゃえば済む話だと思うけど」
「俺にそんな力はありませんよ」
「また、またー」
この人は、以前の印象と違って、喋り方が随分とチャラいな。仕事を離れて、プライベートだからか?
「でも、まあ、ここで会えたのは幸運だったよ。前からセイヤくんに確かめたいことがあってね」
「確かめたいこと? なんについてでしょう」
「セイヤくんのハルクだけど、シリウスからどうやって戻ったんだい。ゲートを通った記録がないんだけど」
「えーと、それは……」
しまった。航宙管理局にはゲートの通行記録があるのか。言い訳を思いつかないぞ。
「それは個人情報、あなたが知っているのは越権行為」
おー。チハル、ナイスフォロー。
「おっと、これは痛い突っ込みを。でも、それだけじゃないんだな」
まだ、何かあるのか。
「現在、フルドで修理中の貨物船。難破船ということで、一応調査させてもらったんだけど。僕は事故調査班主任だからね。これは権限範囲内だよ。
昔の航行データは残ってなかったんだけど、最近のものからは面白いことがわかったんだ。
セクション4からセクション2に突然飛んでるよね。元々、セクション4にあること自体不思議なんだけど……。
それと、セクション4では、ある星の衛星軌道に留まっていたこともわかったよ」
オメガユニットで作ったゲートのことだけでなく、セレストの位置まで知られてしまったということか。
「職務上知り得た情報で、個人的利益を得ることは違法行為」
「別に個人的な利益を得ようとはしてないよ。公共の利益のため情報を公開するつもりはないか、確認したまでだからね」
さて、どうしたものだろう。ここまで知られていると、ある程度事実を話して、口止めしておく方がいいか。
「俺が考えるに、貨物船が遭難した原因は、超新星爆発による魔力線バーストにより、ゲートが一時的に開いたためです」
「それは、皇王の力であれば、ゲートを開けるということでいいのかな?」
「その辺は、想像にお任せします」
俺はそれについては明言を避ける。別に俺の力ではないのだが、オメガユニットについて触れたくない。
「ただ、桁違いの魔力を持ってすれば、ゲートを一時的に開くことはできます」
「そうなのか……。超新星爆発レベルで、一時的にしか開けないとなると、恒常的にゲートを開くのは難しそうだね」
「それと、セレストの位置ですが、公開するかは俺の一存では決められません。防衛にも関わってくるから、絶対に漏らされては困ります」
「わかったよ。ゲートの情報も含めて、秘密は厳守されているから、心配しなくていいよ」
何が、秘密は厳守だ。脅迫まがいの話をしたくせに。どこまで当てになるかわからないが、航宙管理局に伝手ができたので良しとしよう。
「話は済んだか。ならこれからの話をするが、ウィリーは俺とではなく、セイヤたちと帝都に向かってもらう」
「あれ? 将軍はウィリーさんの護衛のために来たんじゃないのか」
「そのつもりだったが、俺はマークされているからな。俺といる方が危険かもしれない。それに、セイヤたちも案内がいた方が都合がいいだろう」
「ウィリーさんは帝国に詳しいのですか?」
「僕は帝国の出身だからね」
「ウィリーは帝国の伯爵家の者なんだ」
「伯爵? 貴族なのですか!」
「皇王なのに、個人事業主をやってる人が驚くのかい」
まあ、確かに、貴族だろうと、働いている者も多いだろう。
俺が驚いたのは、貴族なのに働いているからではない。
将軍は帝王や貴族を潰そうとしているのに、ウィリーさんはそのことを知っているのだろうか。
「ああ、ウィリーは現在の帝国の体制に不満を持つ者の一人だ」
「伯爵家なのに不満があるのですか?」
「伯爵家であるかは関係ないよ。今の帝国は腐りきっている。貴族も平民も、自分のためなら平気で他の者を落とし入れる奴が多すぎる。
人はもっと公共の利益のために生きるべきなんだ。世界全体の幸福量が多いほど、人は次の高みに行けるのだから」
あれ、この話は聖女と一緒に回った教会で聞いた覚えがあるな。どこの教会だったか覚えてないが、つまり、ウィリーさんはそこの信者なんだな。
将軍の方を確認すると、ちょっと困った顔をしている。将軍は信者というわけではないようだ。
ウィリーさんの説教は長くなりそうなので、聞き流すことにした。
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