第50話 王宮の寝室

 和やかな夕食も済み、食後の歓談も終わると、俺は一人自分の部屋に戻った。

 長いこと引き篭っていた自室は、やはり落ち着く。

 一月ぶりのベッドを堪能していると、ノックの音がした。


「セイヤ様、起きていらっしゃいますか。少しお話をしたいことがあるのですが……」


 こんな夜中に誰だろう。


 俺が、扉を開けるとそこには聖女が立っていた。

 いや、今はベールで顔を隠していないからララサと呼ぶべきか。


「ララサ、どうしたんだ。今は夜だぞ」

 暗に、明日にしろと言ったつもりだったが、ララサは気に留めた様子はなかった。


「あら。一目でお姉さまでないとバレてしまいましたか」

「それでリリスに化けたつもりなのか?」


「あら、すれ違った人はみんなお姉さまだと思っていましたし、警備の人も黙って通してくださいましたよ」

「警備のやつ! 全く、どこに目を付けているんだ」


「だけど、こんなにすぐにバレてしまっては、お姉さまに化けて、セイヤ様を誘惑する計画は使えませんね」

「そんな計画はしなくていい」


 俺が強めに言い放つと、ララサは急に身体を寄せてきた。

「セイヤ様、お姉さまに代わってとは言いません。少しでいいですから、私のことも愛してくださいませんか?」

「ララサ、俺は君が信仰する神でも何でもない、ただの人間なんだぞ」


「それはわかっています。わかったからこそ、私は心の拠り所が欲しいのです……」

「おい、ララサ」

 ララサは泣きながら俺に抱きついてきた。


「私が神だと信じていたのには、私と同じただの人間だったなんて。そんなことを急に言われても、私はどうすればいいのですか? 心の拠り所となるものがなくなってしまったのです。不安で、不安で、何かに縋らずには生きていけません!」


 信仰の対象を失って、ララサは精神状態がかなり不安定になっているようだ。

 聖女とまで呼ばれているのだ、俺などと比べ物にならない程の信仰心を持っているのだろう。それがいきなり、神は普通の人でした、といわれれば、動揺しても仕方がないだろう。


「だからといって、それが俺である必要はないだろう」

「それはそうなのですが、私の中の何かがセイヤ様がいいと訴えかけるのです」


「何だそれは?」

「聖女のカンでしょうか……」


「俺にはリリスがいるから、それには応えられない」


「セイヤ様はデブ専なのですか?」

 なぜ、急にそんな話題になる。おれが、ララサになびかないのは、デブ専の所為だといいたいのだろうか?


「デブ専のつもりはないが!」

「ならなぜ、お姉さまが太っていても見放そうとはしなかったのです」


「太っているとか、関係ないんだ。そうだな、あえていうなら、リリス専かな。リリスの全てが愛おしいんだ」

「お姉さまの全てが愛おしいのなら、私も愛してください! 私はお姉さまの一部なのですから」


「何を言っている。ララサはリリスの一部ではないだろう?」

「ご存知でしょ。私とお姉さまは双子です。元は一つでした。私はお姉さまの一部なのですよ」


 勿論、リリスとララサが双子なのは知っている。

 教会に一緒に行ったこともあるからな。


「お姉さまの全てを愛するなら、お姉さまの左手も愛しているのでしょ」

 ララサは自分がリリスの左手と同じだといいたいようだ。


「確かに、一卵性の双子なら、元は一つといえるかもしれない。だが、一部ではないはずだ。ララサはリリスと対等な別々の個人だろ!」

「生まれてすぐに教会に預けられてしまった私と、お姉さまが対等といえるのでしょうか?」


 なぜ、双子を一緒に育ててはいけないのか、俺にとってはこの慣習は凄く疑問だ。

 ララサの抱えている問題は、結構、根が深いのかもしれない。


「兎に角、俺にとっては、ララサはリリスと対等な別々の個人だ。ララサをリリスの一部だとは見られない」

「なら、私はどうしたらいいのですか?」


 どうしたらいいと聞かれても、どうしたらいいだろうな……。

「宇宙は広いし、宇宙以外の世界があるかもしれない。どこかに、ララサが、神として信仰するべき何かがいるかもしれないじゃないか」

「そうでしょうか?」


 ここは強引に押し切るしかないか。

 そういえば、俺をこの世界に転生させてくれたのは神だったな。

 おまけのチートの所為で、とんでもないことになっているから、全然崇拝してこなかったけど、神だったことは間違いないはずだ。

「いるいる、きっといるから!」

「わかりました。全く何だかわかりませんが、それを拠り所に生きてみます……」


「ああ、そうしてくれ」

 なんとか押し切れたようだ。

 これで少しでもララサが落ち着いてくれるといいのだが。


「ところで、最後にお聞きしておきたいのですが、よろしいですか?」

「何だい?」

「本当に、セイヤ様はデブ専ではないのですか?」


「いや、何でそこを念を押して確認する! 違うといったはずだが」

「そうですか、わかりました」

 言葉では、わかりましたと言ったが、納得したようにはみえなかった。

 そんなに俺はデブ専にみえるのか?


「もう、遅いので、私は部屋に戻りますね。おやすみなさいませ、セイヤ様」

「ああ、おやすみ、ララサ」


 ララサは部屋に戻って行った。

 ん? ララサはリリスと同じ部屋にしたのではなかったか?

 ララサがこちらに来ている間、リリスは何をしている? もう、寝たのかな。

 ララサが上手く誤魔化したのかもしれない。


 気にしても仕方ないので、俺はそのまま寝ることにした。


 翌日、使用人と警備兵の間に、調理場でリリスの幽霊を見たと噂が広がっていた。


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