第19話 チハル
護身用の武器も揃えたし、時間的にも昼過ぎだ。腹も減ったし、食事にすることにした。
「チハル、何か食べたい物はあるか?」
「何でもいい」
「何を食べたいか聞いておいて今更だが、アンドロイドって食事をするのか?」
「活動自体は魔力があれば可能。ただ、生体部品の維持には食事も必要」
「そうなのか、さすがに宇宙は進んでいるな」
前世にはロボットがあったし、セレストにはゴーレムがあったが、どちらもここまで人間にそっくりにはできていなかった。
生体部品と聞くとギョッとするが、ここまで人間にそっくりなのは、そのおかげなのだろう。
「何でもいいなら焼肉でいいか? 十日間まともなものを食べてないから、がっつり食べたいんだ!」
「普通、初対面の女性を焼肉に誘わない」
「あ、そうだな……」
アンドロイドだからと気にしていなかったが、女性扱いしないと不味かったのか。
「じゃあ、どこかレストランに……」
「いい。焼肉で構わない」
「いいのか? 悪いな」
「焼肉も好き」
何でもいい、と言っていた割には、好き嫌いもあるらしい。
「行くならジョジョの店がおすすめ」
「おお、おすすめの店があるのか、なら、そこに行こう」
「こっち」
チハルは嬉しそうに俺を案内していく。
チハルのおすすめのジョジョの店で、焼き肉をたらふく食べる。
そこはかとなく、お高いお店ではないかと感じたのは間違いではなかったのだろう。
ランチで一万Gは、高いか、安いか、わからないが、十日間ぶりのまともな食事だということを差し引いても、肉は美味かった!
ギャラクティ貨の貨幣価値が、まだ、よくわからないのには困ったものである。
しかし、チハルは俺に買われる前は、どう過ごしていたのだろう?
普通に人のように生活していたのか。それとも、箱詰めされていたのか。
アンドロイドの人権についても含めて、気になるところである。
「おすすめの店というだけあって、美味かったな」
「ご馳走になった」
「ところで、この店には何度か来たことがあるのか?」
「来るのは初めて。話はよく聞いた。来るのが夢だった」
「そうか、それは来れてよかったな」
アンドロイドが焼肉を食べに来るのが夢って、それが普通なのか?
「キャプテンのおかげ」
「まあ、それ程のことでもないさ。それより、次に行くぞ」
「ライセンス講習の申し込み。航宙管理局」
「ギルドではないのか?」
「ギルドはライセンスを取ってからの方がいい」
「それもそうか。じゃあ、航宙管理局に案内を頼む」
「こっち」
航宙管理局は街とは別のフロアーにあった。
エレベーターに乗って向かうと、エレベーターを降りた所が、航宙管理局の受け付けだった。
案内板を見て、宇宙船免許講習受付、に向かう。
「すみません。ライセンス講習を受けたいのですが」
「はい。どのクラスですか?」
「どのクラス?」
「Cクラス」
俺が困っていると、チハルが教えてくれた。
「だそうです」
「Cクラスですね。でしたら、料金は八十万G、講習期間は一週間で、明日からでも受けられますが、どうしますか?」
「明日からお願いします」
「明日からですね。それではカードをお願いします」
俺はカードを出して、機械にタッチする。
「はい、大丈夫です。講習の開始時間と場所はカードで確認して、遅れないようにしてくださいね」
「わかりました」
これで受付は完了のようだ。
このカード、スケジュール管理にも使われるようだ。
前世のスマホでも似たようなことはできたが、完全にシームレスで社会に浸透しているのだな。
「さて、ライセンス講習の申し込みもできたし、次は……」
「宿を探す」
「そうだな、泊まるところを確保しないと。チハル。おすすめはあるか?」
「ある。付いてきて」
俺たちは、また、エレベーターに乗って移動する。
このエレベーター、上下だけでなく、横にも動いているぞ。
これは、エレベーターといってもいいのか?
チハルが選んだ場所で降りると、そこはホテルのロビーだった。
ロビーといっても無人で、正面に各部屋を紹介するパネルがある。
部屋ごとにかなり凝った作りになっている。
そこから自分で選ぶようだ。
「この部屋がおすすめ」
「あ、そう……」
チハルが選んだのは、パステル調で、ぬいぐるみなども置いてある、キャピキャピした部屋だ。
明かりのついた部屋のパネルをカードでタッチすれば、部屋の鍵が出てくる。
案内に従って、廊下を歩いて行き、部屋の鍵を開けて中に入る。
うーむ。実に乙女チックな部屋だ。
チハルはこういうのが趣味なのか。
俺はもう少し、シックな部屋がよかったな。というか。ここ、ダブルベッドが一つしかないけど。やっぱり、そういうホテルなんじゃないのか?
「あの、チハルさん。ここ、ダブルベッドが一つしかないですが……」
「問題ない」
「問題大ありだよ。俺には一応リリスという婚約者がいるのだよ」
「それがどうかしたか」
「婚約者がいるのに、他の女性とベッドに入ったら駄目だろ」
「私はアンドロイドだから問題ない」
「宇宙ではそうでも、俺的には駄目なの!」
「それに、アンドロイドは寝なくても大丈夫」
「いやいやいや、ひとが寝ているところで、傍に立たれていたら、落ち着いて寝られないから」
「キャプテンは神経質」
「俺がそのソファーで寝るから、チハルはベッド寝ていいよ」
「ベッドで寝る必要はない」
「ベッドで寝てください。お願いします」
「……了解した」
ふー。危なかった。
だけど、アンドロイドって、あれができるのか? ――まずいまずい。それを考えるのは止めよう。
とりあえず、ソファーに座って、備え付けのお茶をチハルに出してもらって、少し落ち着くことにした。
俺が買う前のチハルのことを聞いてみようか。
「チハルも座ってくれ」
「失礼します」
チハルが対面のソファーに座る。
「チハルは俺に買われる前はどうしていたんだ?」
「あそこで、事務処理のバイトをしてた」
「あそこっておっさんがいたピットか?」
「そう」
「何で、バイトなんか?」
「私と同じ、生体部品があるアンドロイドは、置いておくだけで維持費がかかる。それの埋め合わせ」
「何とも世知辛いな」
「仕方がない」
「いつからバイトしていたんだ?」
「培養槽を出てからすぐ。今から三ヶ月前」
えっ! これって生後三ヶ月っていうこと?
「培養槽というのは?」
「私と同じタイプは、まず、骨格を組み立て、次に培養槽に入れて生体部品を養成していく」
何かその話を聞いた途端、本当にアンドロイドなのだなと思う。
「アンドロイドには人権はないのか?」
「アンドロイドは人ではない。人ではないものに人権はない」
「聞き方が悪かったな。アンドロイドには保障された権利はあるのか?」
「権利とは違うが、アンドロイドはそれぞれの『仕様』に則って自由に行動している。私の『仕様』は『良心的な娘』だ」
「自由に行動しているって、つまり、買った人の命令に従う義務はないということなのか?」
「その通り。命令に従うかどうかは、『仕様』に鑑み判断される。命令によっては拒否することもあり得る」
チハルの『仕様』は『良心的な娘』だから、普通の女の子がOKするような命令には従うが、OKを出さないような命令には従わないということか。
『仕様』というのが『心』のようなものなのだろう。
「無理矢理にでも従わせようとすると、最終的にはフリーズする」
『仕様』が『心』なら、人間と変わらない。そんなことにはならないように注意しよう。
「チハルがフリーズすることがないように気をつけるよ」
チハルは微笑み返してくれた。
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