第3話 起動

 俺が父上に命令されて宝物庫の整理をしていると、婚約者のリリスがいつもの様に侍女を連れてやって来た。


「セイヤ様がお部屋の外に出られるなんて珍しいですね。どうかされたのですか?」

 リリスは、痩せれば可愛らしいであろう顔を、心配そうにさせて尋ねてきた。


「なに、父上から宝物庫の整理を頼まれてやっていただけだ」

「そうですか。国王陛下の勅命を熟しているところなのですね。素晴らしいです」

 リリスは嬉しそうに俺を褒め称える。


「それ程のことでもないさ」

 褒められて、気分を良くした俺は胸を張る。


 そんな俺に、リリスの侍女アリアの冷たい視線が突き刺さる。

「そんな仕事は下働きのすることなんだよ。リリス様に褒められたからといって、いい気になってんじゃねえ」と、言いたげなのが、その表情からはっきり読み取れる。


 アリアは、リリスの専属の侍女で、護衛もこなす。

 ショートヘアーの栗色の髪で、キリリとした美人である。

 スタイルも、ボン、キュ、ボン、と抜群で、ボン、タプ、ボン、のリリスとは大違いだ。


「ところで、これは何ですか?」

 リリスが謎の球体を見て尋ねてきた。


「それが何かわからないんだ。宝物庫に入っていたから大事な物ではあるのだろうけど……」

「そうですか。でもこれだと、どっちが上だか下だかもわかりませんね」

「うーん、そう言われれば、これが正しい向きだかわからないな」


 俺は球の周りを改めて見て回る。

 継ぎ目の様子は、開きそうな部分が下になっている。


「もしかしたら、この部分が開くかもしれない。転がしてみよう」

 俺は兵士に言って、一緒に球を転がした。

 見た感じは運動会の大玉転がしだ。


 継ぎ目部分が見えるように転がして、継ぎ目部分を丹念に調べる。


「ん? このスイッチみたいなのは何だ」

 俺はそれを押してみた。


 ガチャ!


「ひぃー」

 球体から音がして、警備の兵士が距離を取って身構える。

 本当なら「だから、お前の仕事には王族の警護も含まれているはずだろう」と、言いたいところだが今はそれより球体の方が気にかかる。


「リリス様」

 アリアが透かさずリリスを背中に庇う。

 そうそう、これが本来あるべき対応だぞ。兵士君アリアを見習いなさい。


 ガチャン! ガチャガチャガチャ。


 余計なことを考えているうちに、球体の下の方から金属の脚が四本出てきて、球体を固定した。


 プシュー。ウィーン。


 球体の継ぎ目部分が、跳ね上げ扉のように、上方に開いた。

 驚いたが、爆発する危険はないようだ。

 俺は好奇心丸出しで、開いた口から中を覗き込む。


「殿下、危険ですよ!」

「セイヤ様、危険な真似はおやめください」

「大丈夫、大丈夫」

 兵士とリリスが止めるように言うが好奇心には勝てず、俺は二人の声に構わず入り口部分に手を添え、頭を突っ込んで中を確認した。


「リリス様は近付いてはなりません!」

 アリアはリリスが近付かないように、身を挺してリリスを押さえこんでいる。リリスは、力はないだろうが重さがあるので、押さえるは大変だろうが、護衛も兼ねているアリアであれば何とかするはずだ。どのような事態になっても、アリアがいればリリスに危険が及ぶことはないだろう。


 覗き込むと、中には座席が三席、前に一つ、後に二つ並んでいた。

「定員三名だな」

 誰に聞かせるわけでもないが、声に出して確認する。


 正面にはハンドルやレバーがあり、まるで飛行機のコックピットのようである。

「これは飛行艇か?」

 だが、魔法がある世界とはいえ、魔法で空を飛べるとは聞いたことがない。それよりもこの気密性を考慮すれば、潜水艇の可能性の方が高いか……。

 どちらにせよ、動かしてみなければわからないか。


 俺はそのまま中に入って座席に座った。

「さて、メインスイッチはどれかな?」


 俺は好奇心に負けて、躊躇いもなく、それっぽいスイッチを押したのだった。


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