第147話 頑張る乙女とおっさん
「皆、来るよ!」
水面から飛び出したワームがギチギチと音を鳴らしながら迫ってくる。
それに対して、最初に動いたのはソラであった。
「聖雷光」
ソラは杖を掲げるとそこに魔力を集め、一気にワームへと放出した。
紫電を走らせ輝く聖なる光がワームに直撃すると瞬く間に頭を吹き飛ばし、本体は水に沈んでいく。
しかし、ワームは一体だけではない。四方から島を囲むように現れている。
それを対処するのはエンディ、キリア、ヴァネッサの三人であった。
「破竜拳風」
エンディは拳を強く握ると同時に腕に魔力を高めていく。
その瞬間、その腕には僅かに竜鱗が纏っていった。
それは竜人族が本来の竜の姿の時の力を引き出せた時に現れる現象で、その力は通常時の何十倍にも跳ね上がる。
エンディの腕に激しい風が乱流し、その状態の腕を襲い来るワームに向かって放った。
すると、その風はエンディの拳の維持しながらワームに直撃し、直後乱流した風が頭をバラバラに引き裂いた。
「お嬢様......その腕は?」
その姿を見ていたヴァネッサは当然のように驚いた。
なぜなら、エンディが見せたその腕の鱗は彼女が竜化できる可能性を示唆していたからだ。
そして、ヴァネッサに次第に込み上げてくるは嬉し涙。
彼女は知っている。ずっとエンディが皆と同じように空を飛ぶことを憧れていたことを。
しかし、エンディは病弱で本来だったら幼少期に練習するはずだった竜化の練習も全く行わずに、挙句の果てには住んでいた国すらも無くなってしまった。
そんな彼女に沸いた希望の光をずっと陰ながら知っていて応援していたヴァネッサにとってその出来事は涙を流すに十分すぎる理由であった。
そんなヴァネッサの様子に気付いたエンディはそっと彼女に告げる。
「ヴァネッサ、待たせたわね。次は竜化してみせるわ。だけど、今は目の前のことに集中して」
「はい、お嬢様。不肖ヴァネッサ、誠意一杯務めさせていただきます!」
そう言うとヴァネッサはより竜化に近い全身に竜鱗を纏わせ、目を爬虫類のように縦に補足したような形になり、その口から高温を炎を吐き出した。
「
火炎放射というよりは直線状に伸びた光線に近いその炎はワームの胴体を貫通した。
すると、ワームの直撃した個所は徐々に熱で膨張し始め、やがて内部から爆発を起こして体をバラバラにしていった。
「わぁ、思ったよりエグい技ですね。それじゃ、あたしも頑張らないとですね―――
キリアは弓に風の矢を番えると大きく弦を引いていく。
そして、放ったその矢は初手から五本に分裂し、少し湾曲した軌道を描くとワームに向かっていった。
その矢はワームに近づくや直撃、貫通し、さらに軌道を一気に曲げて再び直撃し、貫通していくというのを数回繰り返した。それが掛ける五本である。
やがてワームの体は穴だらけになり、そこから青い血を噴き出しながら水面下に沈んでいった。
エグさで言えばキリアの方が軍配が上がるだろう。
「さてと、これで全部終わった......ってことはなさそうだよね、これ」
「そうね。そんな簡単に終わるわけがない。敵がどんな相手か知っているから余計に」
そんなソラとエンディの言葉に反応するように四方からまたワームが飛び出した。
その数は先ほどの倍以上。加えて、明らかに敵意マシマシ。
「なんか旅を続けてきて嫌な予感だけは正確に捉えるようになりましたね」
「どうやら過酷な旅を続けてきたようですね」
キリアの言葉を聞き、ヴァネッサがそう答えるとその言葉に三人とも口を揃えて返答した。
「「「過酷? 全然」」」
確かに彼女達にとって様々な辛い場面があっただろう。
しかし、それを本人達が過酷と感じるかどうかまた別の話だ。
彼女達にとってこの旅が過酷なことははなから理解していた。それでも前に進めるのは一重にカイという存在があったからこそ。
彼女達にとって辛く苦しい旅路もその存在がいるだけで楽しいものに変わるのだ。どんな苦行も乗り越えていけると。
故に、彼女達に辛さなど苦しさなどほとんどない。
それ以上に心を突き動かすものがあるから。元気を貰える要因があるから。
そんな彼女達の様子を見てヴァネッサはそっと目を閉じ「お強いですね」と答えた。
そして、そんな彼女達に慕われるカイという存在がさらに気になった。
「さてと、カイちゃんが帰ってくるまで頑張れるよね?」
「もちろん、帰るべき家は守らないとね」
「好きにはさせませんよ! あたし達が相手です!」
「これはまた楽しみが増えましたね。竜人族の狩猟本能を存分に味合わせてあげましょう!」
そして、再び彼女達の防衛戦は始まる。
****
「なぁ、これって一体いつまで続くんだ?」
「なんだ? もう音を上げたのか? これだから若者は......」
「いや、さすがに一時間は走り続けてればそう思うって」
テュポーンの隣を走りながらカイは思わず愚痴をこぼした。
というのも、先ほどからずっと景色が変わらないのだ。
定期的に消化液のトラップが来るだけでそれ以外はずっと直線の道を走っている。
そして、ある時から時間を測り始めてみれば一時間も経っているのだ。
そんなカイの言葉にテュポーンは端的に返していく。
「お主が測ったとされるその時計は本当に合っているか?」
「合ってるかって......まぁ、俺の時計が壊れてなければだけど」
「そうか。なら、それがお主が今感じている時間間隔というわけじゃな。じゃが、言っておくがその時間は間違っておるぞ。
なぜなら、妾達は先ほどから時間は進んでないからな。なんなら、一歩も進んでない」
「は?」
その言葉にカイは思わず立ち止まってテュポーンの言葉に疑問を浮かべた。
カイの反応は最もなもので、だとすれば先ほどまでの進んでいた感覚は一体なんだったのか。そして、この時間の進んだ懐中時計は。
カイは思わず時計を見てみるが変わらず時を刻み続けている。そこになんの疑問も浮かばない。
「本当に何も疑問に思わんのか?」
まるでカイの思考を読み取ったようにテュポーンが声をかけてきた。その言葉にカイは小首を傾げる。
しかし、カイはここで「仮にテュポーンの言葉が正しかったら?」と考えた。
だとすれば、間違ってるのはカイ自身の認識の方で、本当はテュポーンの言葉の通り何も動いてなく何も時間は進んでいない。
「!?」
その瞬間、カイの持っていた時計が一気に逆回転し始めたのだ。
それはまるでこれまで進んでいたと思っていた時間を無かったことにするように。
そして、その回転した針がやがてカイが最初に認識した時間まで戻ってくると夢から覚めるような感覚にハッとする。
「おかえり。お主の顔は存外にもカッコ良かったぞ?」
「それはどうも......ってそうじゃなくて。俺は今何をされてた?」
「簡単に言えば精神を犯されていた」
「精神を? 消化液か?」
そう言いながらカイは近くの消化液を噴出する突起に目を向けた。
今いる場所は先ほど何もない道に定期的に消化液トラップが来ていた場所などではなく、足元にも消化液が僅かに浸っていて、さらには頭上からもスプリンクラーから水を散布するように消化液がばら撒かれてる場所である。
もはや避ける場所もないそこで被弾しながら無理やり進んでいた最中の出来事だったらしい。
そして、カイの言葉にテュポーンは頷き答えていく。
「そうじゃ。妾達はしばらく前からどうしても被弾する場所に来ておった。
そして、お主はその消化液に少しずつ侵食されながら精神侵食の第一段階を迎えたのじゃ」
「第一段階......先ほど俺はずっと一本道を走ってるだけだった。だが、そのことに何にも疑問に思わなかった」
「まぁ、いつ突然精神が犯されてるかなんぞわからぬものじゃから仕方ない。
とはいえ、お主は一時間も走り続けて全く疲れがないことに疑問に思わなかったのか?」
「確かに、さすがの俺も一時間も走り続けられる体力はしてないな。
ん? そういえば、俺がテュポーンに話しかけるようになったのも一時間ぐらい経ってからだったな。
あんなに長い時間でテュポーンが話しかけてこないなんてありえないのに」
「なんじゃ、妾をおしゃべりが大好きなやつみたいに言いおって......まぁ、あながち間違ってはおらんが。
それはお主の精神レベルが勝手に現実側に戻ってきたからじゃ。
もっと簡単に言うと精神を犯そうとする消化液をお主が強い精神で打ち返した」
「俺が? 自分で?」
そう言われて振り返ってみるが特にそう思う点はない。
むしろ、ここに戻って来れたのはテュポーンに助けられたからと言える。
「妾がしたのはあくまでゴールまでの手助けじゃ。
そもそも妾の声が聞こえるまで精神を戻すのは本人の精神強度次第。
お主はどうやらよほど強い精神を持っておるようじゃの。決意とも言うべきものが」
「......まあね」
カイにとってこの世界で自分の大切な人を全員見つけるという決意ほど強い物はないだろう。
その意志が無ければそもそも自らの意思でこの世界に来るなんてことはしていない。
そんな決意が弱いはずがない。弱かったら今もこうして動いてなんていられない。
カイにとってそれが全てと言っても過言ではないのだから。
「とりあえず、助けてくれてありがとう。テュポーンのおかげでここまで戻って来れた」
「ふふっ、素直に感謝できるのは良いことじゃ。どうやらお主は妾に気に入られてしまったらしい。
さて、お主に妾と契りを結ぶことを許してやっても良いぞ?」
「いや、俺は既婚者なんで遠慮しておきます」
「ノリは悪いのぉ」
「そのノリに乗ったら後が怖いんで」
カイは何となくその先に待つテュポーンがソラ達三人をその手のネタでからかう光景を想像し、そしてソラに問い詰められる所まで思い浮かんだ。
彼女達を敵に回すのはもしかしたら今敵対している神影隊よりも厄介かもしれない。
なぜなら、どう足掻いたって口論だけで言えば彼女達の方が強いのだから。
「テュポーン、いえテュポーン様。なにとぞそのからかいは三人の前ではやらないでください」
「ふむ、つまりやれとな?」
「フリじゃないから」
そして、カイ達は再び走り始めた。
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