第4話 異世界で娘が出来ました

「俺が君の主ね......本当かい?」


 カイの質問に「ええ、本当です」と魔剣シルベルクは答えると続けた。


「まず私を扱えるかは私の声が聞こえるという条件が必要になります。

 次に私が下した試練を乗り越えること。

 私も使われることが本望なのでわざわざ殺すような真似はしません。

 結果的に殺してしまう場合もありましたが」


「確か、ギリギリ乗り越えられるか否かの試練だったっけ?」


「はい。ですが、マスターが魔法を使い始めて急激に強くなったので基準を上げざるを得ませんでした。

 それでもマスターは試練を乗り越えた。

 もはや私にマスターであることを否定する道理はありません」


 シルベルクの言葉にカイは「あれはもとの世界で気功術を齧ってただけなんだけどね」と頬をかきながら呟くも、シルベルクにとっては結果が全てらしく「それでもです」と言葉を返された。


「ちなみにですね。まだ契約の儀を行っていませんので、正確にはマスターはまだ私のマスターではありません」


「そうなの?」


「ですので、私の剣を祭壇から引き抜き、刃を自分に向けるように構えてください」


「自分にね......」


 カイはシルベルクに言われた通りに魔剣を引き抜く。

 その剣は寺院の年代から考えて何百年も経っているのに、刃が艶やかに光っていた。


 どこまでも禍々しく見える剣だが、よく見ればこれはこれで美しい。

 なかなかに中二病をくすぐるデザインだ。


「(もう少し年が若ければ、もう少し反応が違ったんだろうな......)」


 カイの心はもう年波に怯える年齢である。

 日々体の衰えを感じて仕方がない。

 その割にはこの世界に来てからはかなり自由に体を動かせるらしいが。


「それで......これでいいんだっけ?」


「はい、問題ありません」


 カイは言われた通りに剣の刃先を自分に向けて構えていた。

 それを確認したシルベルクはハッキリと告げる。


「では、あなたの魂を契約の証として頂戴します。その刃を心臓に突き刺してください」


「わかった」


 そう脅すようにも似た雰囲気で告げたシルベルクに対し、カイは何の迷いもなく心臓へと刃を突き刺し、その刃は背中から飛び出る。


 そのあまりの生者としての躊躇いのなさに逆に驚かされたシルベルクは思わず尋ねた。


「どうしてそんなにすぐに実行できるのですか?

 頼んだ身としては言いにくいんですが......ハッキリ言って狂っています」


「あれ、言いにくいとは......?

 でも、おっさんも何の確証もなくやったわけじゃないよ?」


 カイは穏やかな顔で言葉を続けていく。


「君はさっき『使われることが本望』って言った。

 つまりは契約のために俺が使い物にならなくなったら本末転倒になってしまう。

 だから、君は俺を殺すようなことはしない。

 それを信じただけさ。ほら、血も出てないし」


「確かに、そのような解釈もできます。

 しかし、マスターはそれでいてもあまりにも躊躇いがなさすぎるのです。

 それこそ、突き刺すその瞬間もその後も恐怖がまるで見られない。感じられない」


 シルベルクの声からは僅かに動揺が表れている。


「私をかつて使ってきた狂人でさえも、心の奥底に水たまり程度の生への渇望が見られました。

 ですが、あなたの心は......何もない。

 死への恐怖も生への渇望も――――復讐の闇でさえ」


「.......」


「本当の意味で空っぽなのです。

 これではまるで生きた屍とそう変わりありません。

 魂の宿った人形の方がよほど人間らしいです」


「酷い言われよう」


 シルビアの容赦のない言い様にカイは思わず苦笑い。

 そんなカイにシルビアはふと浮かび上がる疑問を呟いた。


「しかし、不思議なのがこれだけ空っぽなのに、どうして私との条件が満たされたのかということですね」


「それはどういう意味?」


「私の存在は本来負の思念を持つ者に条件を満たします。

 つまりは今やってる契約の儀も使用者の負の思念を吸収して、それで契約をなそうというものです」


 そう続ける言葉はやはり困惑と言った感じであった。


「ですが、あなたの心は空っぽで私が吸収できるものはありません。

 マスターの肉体にコネクトしてからマスターの記憶を読み取りましたが、ここまでの執念があれば復讐の思念を持っていてもおかしくないはず」


「なら、存外間違ってないじゃないか」


「どういう意味です?」


 カイの返答に今度はシルベルクが思わず小首を傾げて尋ねるように聞き返した。

 それに対し、カイは不敵な笑みを浮かべて返す。


「俺自身がその思念の塊だとすれば?」


「......っ!?」


 その言葉に何かを悟ったようにシルベルクは急激な寒気に襲われた。

 カイが持つ剣が僅かに震える。

 不気味な恐怖感が身を包むままにシルベルクは慌てたように言葉を重ねていく。


「ま、まさか、私は読み違いをしていました!?

 マスターの心は空っぽだと思っていましたが、それはあくまで一部に過ぎず、本当は私が感知しきれないほどに大きい?

 まるですぐそこが海であると知らずに、私は磯瀬に溜まった水が全てだと思い込んでいたのですか!?」


「え、そうなの?」


「自覚があって言ったんじゃないんですか!?」


「ははっ、場の空気的にカッコつけただけだよ」


「.......はったおしますよ、マスター」


 シルベルクは思わず殴りたい気分に駆られた。

 というか、言葉に漏れている。


 しかし、たとえそう言う風に軽い気持ちで言ったとしても、やはりシルベルクにはカイという人間は異常であると感じる。


「仮にそうだとしても、いや恐らく十中八九そうですが、そうであるならばもう現時点で復讐の闇に囚われててもおかしくないです。

 しかし、マスターが今でもこういう風に理性を持って行動していることはやはりおかしい。気違いです」


「そんなおっさんを狂人だとか異常だとか気違いとか言ってイジメないで。

 心はか弱い乙女と一緒なんだから」


「先ほどの慌てさせた仕返しです。

 しかし、あなたの心がか弱い乙女と一緒とは乙女が可哀そうですね。

 マスターの心はもうとっくに“壊れてる”じゃないですか」


 その言葉にカイは苦笑いしながら同じように「壊れてる、ね」と言葉を呟く。

 それに対し、シルベルクは続けざまに言葉を告げる。


「もし仮に私がマスターだとすれば、それだけの辛い記憶と目的意識があればやるべきことは自分の大切なものを奪った“復讐”に限ります。

 しかし、マスターにはその意志がまるで感じられない。

 強い恨みはあるのに、それを実行には移さない。なぜですか?」


「なぜってそりゃ......復讐って疲れるじゃん」


「......は?」


 カイの言葉にシルベルクは思わず素っ頓狂な言葉が漏れる。

 しかし、カイはそんなシルベルクを気にすることなく話を続けた。


「確かに、復讐って気持ちはなくはない。

 でも、それをすぐに実行できるのは恐らくあと十年若かったらだろうね。

 今じゃ三十五のおっさんだ。

 こんな年齢じゃ先に体がくたばっちまいそうだ」


「それは私の能力で維持することも出来ますが......」


「そうじゃないんだよ。

 大人ってのは年齢を重ねるごとに自分の両手に持てる数の少なさを知っていくんだ」


 そう言葉を重ねるカイの目はどこか遠かった。


「子供の頃は無限に持てると思っていたものも、今や数える程度しか持つことが出来ない。

 しかし、その代わりに大人としての生き方を身に着けていくんだ。

 良い所も悪い所も全部ひっくるめて」


「よくわかりませんね。

 ただ確固たる動機を前にしてないだけかと思いますが」


「いいさ、わからなくても。

 所詮一人の人間の戯言さ。

 だから、俺は自分の小さな手でも守れるものはしっかりと守ろうと思ってるだけ。

 大人のせめてもの意地ってやつ」


「それと復讐をしないというのとどこが違うんですか?」


「しないとは言ってないよ。疲れるだけって言っただけ。

 だから、基本的にはしないけど......俺の大切なもののためだったら、俺は躊躇わずにバケモノと呼ばれる存在にでもなる」


「......っ!」


 シルベルクは再びゾクッとする寒気に襲われた。

 カイの精神とコネクトしているからわかる。

 この言葉が虚勢でも、見栄でもなく紛れもない本心から言ってる言葉であると。


 だからこそ、シルベルクは興味を惹かれたのかもしれない。

 この全くタイプの違う狂人がこの世界をどう引っ掻き回してくれるのか、と。


 シルベルクは「まあ、契約は別の形にしましょう」と形を変えながら、カイの肉体から離れていく。


 カイの目の前で構造変形メタモルフォーゼをすると小学生ほどの少女の姿になった。


 長い銀髪をお嬢様風のハーフアップにし、血を表すように紅い瞳を宿し、雪のような白い肌の上には紫と白で組み合わされた見事なゴスロリ衣装。


 その明らかに外国人風美少女の爆誕にカイも思わず目をパチクリ。

 自分の目を疑うように尋ねてみる。


「え、えーっと、君がシルベルク?」


「はい、そうですが。何か問題でも、マスター?」


 シルベルクは眠たげな瞳でじっとカイを見る。

 どうやらあの目の開き具合が標準らしい。


 とそうではなく、カイにとって一番の問題は明らかにおっさんが年端のいかなそうなシルベルクと一緒にいるということ。


 明らかな犯罪臭。

 警察官として保護してるといえば聞こえがいいが、「マスター」という主従関係を臭わせるようなセリフだけは言い逃れはできない。


「シルベルク......若干長いな、シルビアにしよう。

 で、シルビアちゃん? その『マスター』って言い方なんとかならない?」


「なんとかとは......実際わたしを扱うのはマスターでありますし」


「いや、ほらさ? こういう姿だと年齢的なことで変な誤解を受けそうじゃん?」


「私は人間年齢で言えばマスターより確実に長く生きていますが......もしかしてロリコン認定受けそうということですか?」


「そう! そうなの! 君がいくら年長者っぽく振舞っても見た目がそれじゃ絶対誤解を受けるでしょ?

 その姿とかなんとかならない?」


 カイは自分の保身のために必死に説得を試みる。

 それに対し、シルベルク改めシルビアはあごに手を感じながら少し考えると返答した。


「できないこともないですが、無駄に魔力を使うので却下で」


「あれ? 俺、君のマスターなんだよね?」


「もし気になるのであれば、私が『マスター』という呼び名を変えればよろしいんですね?」


「まあ、そういうことになるかな?」


「では、『パパ』なんてどうでしょう?」


 その言葉にカイは思わず悩ませる。

 確かに、日本では一人娘を持っていて、パパと呼ばれることに抵抗はないが、明らかに容姿が違い過ぎる。

 そこを突かれたら確実に(社会的に)終わりだ。


「ちなみに、それが却下されたら後は『主様』『旦那様』『我が主』『ご主人』とかになりますが、恐らく、ほぼ、確実にそのどれかになりますが?」


「......はい、もうそれでいいです」


 デフォルメジト目攻撃をするようにズズッと顔を近づけてきたシルビアにカイは根負けして呼び名は「パパ」となった。


 そして、カイの記憶から娘を経験してみたかったシルビアは静かにガッツポーズするのであった。

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