第29話 魔法の実践授業

 一抹の不安を感じながらも王立学園一年生が始まった。正直なところ、一年生のころは特に目立ったイベントはないのだ。

 あるとすれば、入学式での「フィル王子へたれイベント」とイザベラがフィル王子にまとわりついて、王子が嫌な思いをしていたくらいである。


 気の弱い王子はイザベラの推しにされるがままだった。そのため、一年目は王子もイザベラも特に友達はおらず、どのような一年を過ごしたのかは全くの不明であった。

 ちなみにユリウスとローレンツはAクラスではなく、別のクラスだったはず。

 その点でもゲームとは違う状況になっていた。


 そして相変わらず、ソフィアはチョロチョロとAクラス付近をうろついているようであった。一体何がしたいのかは不明である。攻略対象のほとんどがAクラスに集まっているから、情報収集をしに来ているのかな?


 いやでも、一年目でヒロインのソフィアとレオナール以外の攻略対象が接触するイベントはなかったはずだ。何やらヒロインはヒロインで、何か別の思惑があって動いているようである。

 

 私も色々とやらかしてしまっていたが、どうやらやらかしているのは私だけではないようだ。ヒロインのソフィアもやらかしているみたいである。

 しかも、レオナールの話によると、私よりも悪役っぽい行動をとっているみたい。ヒロインの生まれ故郷での評価もかなり悪いみたいで、ゲームの中のヒロイン像とはかけ離れてしまっている。これから一体どうなってしまうのか。


 しかし、私がいくら悩んだところで仕方がない問題である。やらかしてしまったことについては、今さらなかったことにはできないのだから。

 今の私にできることはただ一つ。王立学園一年目を満喫することである。



 学園に入学してから一ヶ月ほどが経過した。今日は学校が始まってから初めての魔法の実践授業である。これまではひたすら座学座学で、ハッキリ言って面白くなかった。それがこうして魔法の実践授業が始まったことで、ようやく魔法の授業が楽しくなりそうだ。


 魔法の授業が行われる訓練場には三人の先生がいた。さすがにケガをする恐れがある魔法を使うだけあって、しっかりとした体勢をとる必要があるのだろう。


 先生の中の一人、Aクラスの担任であるルークが、口を開いた。


「今日から魔法の実践授業を行うが、これだけは絶対に守るように。我々が指示した魔法以外は一切使わないこと。一度でもこの指示を破ったものは、今後、魔法の実践授業は受けられないものとする」


 いきなり厳しい注文がつけられた。そう思ったのは私だけではなかったらしく、クラスメートたちもざわついている。それを見かねたのかルークが理由を付け加えた。


「別のクラスの話ではあるが、魔法の実践授業で強力な魔法を使って負傷者が出ている。この指示は、それを防ぐためのものである」


 魔法の授業で負傷者が出た!? そんな話、聞いたことがないんだけど。一体どんな魔法を使ったのかは分からなかったが、そのような強力な魔法を今の段階で使える可能性がありそうなのはソフィアである。魔法で街の人を脅していたってレオナールが言ってたしね。

 一応みんなは納得したのか、ほどなく騒ぎは収まり魔法の授業が始まった。


「ケガ人が出るなんて、穏やかではないですわね」

「そうですわね。一体何があったのかしら?」


 クラスメートとそんな話をしながら自分の順番が来るのを待った。私もソフィアと同じく強力な魔法を使うことができるが、私にはフランツ特製の初級魔法しか使えなくなる杖がある。これさえあれば、魔法が暴走する可能性はゼロなのだ。


「次、イザベラ嬢」

「はい!」


 私は元気良く挨拶をし、標的のかかしに向かって杖を構えた。


「ファイアーボール!」


 小さな火の玉が見事にかかしに命中し炎をあげた。成功である。火の玉がいくつも出ることもなく、大きな火の玉が出るわけでもなく、炎の色が青色でもなかった。普通のファイアーボールである。


「よし、合格だ、イザベラ嬢」


 ルークが安堵した表情で私の合格を伝えた。試しに杖なしでファイアーボールを使ったときは大変だったもんね。


「さすがはイザベラ様ですわ! あんなに安定したファイアーボールを見たのは初めてですわ」

「本当に美しいファイアーボールでしたわ」


 クラスメートたちの私に対する評価もうなぎのぼりである。派手な魔法を見せて、黄色い声援を受けることはできなかったが、これはこれでいい感じだぞ。

 ……もしかしてソフィアは、良いところを見せようとして、派手な魔法を使ったのではなかろうか? 今度レオナールに聞いてみるとしよう。


「あれほどの魔力量を持っていて、ファイアーボールのような少ししか魔力を使わない初級魔法を問題なく使えるなんて、さすがはイザベラだ。繊細な魔力コントロールも完璧みたいだね」


 フィル王子がにこやかに話しかけてきた。

 うーん、黙っておくのも忍びないし、秘密にしているわけでもないので言っておくか。


「実はこの杖に秘密がありますのよ。この杖を使うと、初級魔法しか使えなくなりますの」


 フィル王子の目が大きく見開かれた。


「それって、力を制限されているってことだよね?」

「そうなりますわね。でもそのお陰で暴走する心配がなくて、伸び伸びと魔法を使うことができますわ」


 私の得意気な表情に、フィル王子は何とも言えない表情をしていた。

 この杖がなければ自由に魔法を使うことができなかったかも知れない。これは後生大事に持っておくべきだな。今度フランツに何かおいしいものを買っていってあげよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る