第6話 私がやってしまったことはアウト。でもまだワンアウトよ

 どこかすごみがあるお母様の笑顔。それを察したであろう、私の兄であるルークは、顔を引きつらせながらも、それでも果敢に私の方へと近づいてきた。

 それに気がついたお母様はルークが見やすいように私を抱き上げた。


「お母様、可愛いですね、イザベラ」

「そうね。ほらルーク、イザベラがあなたのことを見てるわよ~」


 ウフフと笑いながらお母様が私をルークの方へと向けた。


「ほらほらイザベラ~。お兄ちゃんでちゅよ~」


 おっほ! あのルークが赤ちゃん語を使うとは信じられない!

 あー、これがあのルークの小さいころか~。ゲームの中では「翼をもぎ取られた漆黒の堕天使」のように、心の中と右腕に闇をまとっていた。

 そのルークの小さいころがこれか~。こんなに純粋むくなお子様時代があったとは思わなかったわ~。


 確かルークは極度のマザコン設定だったのよね。ヒロインを意識するきっかけになるのも、ヒロインに母性を感じたのがきっかけだったしね。

 小さいころに母親を失ったルークは母親からの愛に飢えているのよね。そしてそのきっかけを作ったイザベラのことを、処刑台に送るくらいに憎んでいるんだったわ。

 

 私が生まれると同時に死んでしまったお母様のことを、ルークは「イザベラがお母様を殺した」と思いこんでいるのよね。どう考えても完全な逆恨みなんだけど、当時五歳のルークにとっては、ちょっと荷が重すぎたみたいね。


 今はこうして、お母様に抱かれた私のことを可愛いと思っているみたいだけど、きっとすぐにお母様を殺した犯人として、憎らしく思ってくるはずだわ。


 …………ふと今気がついたんだけど、何だかすごく悪い予感がするわ。

 私を今抱いているのはだれ?

 私を自慢げにルークに見せているのはだれ?

 それはもちろんお母様。

 

 確かゲームでは、お母様は私が生まれると同時に亡くなっていたはず。

 

 私はとりあえずお母様に笑いかけてみた。

 にへら。

 だってさっきまで笑う般若のような顔をしていたのだ。その顔をこちらに向けられると怖い。またオシッコを漏らすことだけは全力で回避しなければならない。


 お母様は私に素晴らしくイイ笑顔を返してきた。


 ……何でお母様が生きてるの!? しかもなんか、お肌もツヤツヤでピカピカだし。とても二児の母親に見えないんですけど!?

 もしかして、化けて出た?


 ……


 ……


 しまったあぁぁあ! 私がお母様に完全回復魔法を使ったんだったわ! 病弱なクリスティアナ・オズワート公爵夫人にパーフェクト・ヒールを使ったんだったわ。あああ、どうしましょう、どうしましょう。

 ゲームの法則が乱れるかも知れない。神様ごめんなさい。


 でもまあ、やってしまったことは今さら仕方がないわ。人生ときにはあきらめも肝心よ。

 私がやってしまったことはアウト。でもまだワンアウトよ。


 これからバリバリの悪役令嬢路線にぶっ込んでいけば、まだまだ大丈夫よ。

 今ならまだ、ルークを「右腕がうずく漆黒の堕天使」にさせることなんてお茶の子さいさいのはずよ。さえてるわ、私。


「ほらほらイザベラ~。お兄ちゃんにも笑ってよ~」


 やらかしてしまったことに、内心で頭を抱えているとも知らずに、ルークは実に優しい言葉で私に話しかけてきた。

 ……チッ、仕方ねぇな。私はルークに笑いかけた。


「わあ! お母様、イザベラがこっちを向いて笑ってくれましたよ!」


 ものすごい喜びようである。笑顔一つでこれだけ喜ばれるとは驚きだ。

 これはもしかして、ルークはマザコンだけでなく、シスコンもこじらせてしまったのでは? でも、そんな裏設定はなかったような……。


 それもそうか。すぐに妹のイザベラとは敵対関係になっていたもんね。シスコンをこじらせるよりも先に、憎さ百倍になったのだろう。

 

 どうしよう。メインがマザコンでサブがシスコンだったら……。

 うわ、もしかして、私がルークを堕天使にするのはもう無理なんじゃないかしら? そう考えると、今から頭が痛い。



 そんな頭が痛い問題を抱えながらも、私はすくすくと育っていった。

 いくら頭を抱えたところで、赤子の身でできることなど限られているのだ。できることを増やすためにも、活動範囲を広げるためにも、今は大きくなるしかなかった。


 そしてついに、私は床をハイハイするまでに成長することができた。

 もう少し、もう少しだ。あとちょっとで二本足で歩くことができるようになるぞ! そうすれば、あんなことや、こんなこともできるように……。今から夢が広がるわ。


「あら、イザベラ。今日もずいぶんと機嫌が良いわね」


 私がフカフカのじゅうたんの上をはいずり回って足腰を鍛えていると、お母様が私をヒョイと抱えた。お母様の隣にはルークの姿も見える。手には何やら本を持っているようである。これはまさか。

 

 お母様の胸は相変わらずのすごいボリュームと柔らかさだった。それに、いつも良い匂いがするのよね。高価な香水でもつけているのかしら?


「お母様、今日は僕がイザベラに絵本を読み聞かせてあげます」

「あらあら。イザベラにはまだ早いのではなくて? でもいいわ。そうしてあげなさい。でも、イザベラが眠そうにしたら、すぐにお母様を呼ぶのよ?」

「分かりました!」


 ルークが元気良く答えた。

 良くやったぞ、ルーク。ほめてやろう。私はこの世界の本を読んでみたかったのだ。


 残念なことにこの部屋には本は一冊もおいていなかった。そのため、この世界の文字を読むことができるのか、それとも、会話の内容だけを聞き取ることができるのか、どちらなのか分からなかったのだ。


 だが、ルークの読み聞かせのお陰で、全てが明らかになることだろう。私の持っている能力がどこまでのチート性能を持っているのか。私、とっても気になります!

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