七夜の宴

平田凡人

魔術師は月夜に集えり

1:樹冠の師弟

「…何を書いているんだ、レジク?」

 魔女領クライネシュヴァルツェ。領土の殆どに木々が鬱蒼と生い茂り昼間でも薄暗いため、普通の人間はほぼ近寄らない。マレバ大陸通商法にて、「交易を行いし場合は隊商用の交易路を整備せよ」と定められているが、魔女領クライネシュヴァルツェはどの国家・連盟・連邦・共同体とも公私を問わず交流がない。そのため、領内には獣道に毛が生えた程度の通行路か、最早道とは言えそうもない道しかなかった。

 普通の人間が歩けば五分で遭難しそうなそんな森の中を、迷いなく進む人間が二人。一人はシンプルな深緑の長衣ローブに身を包んだ少年、もう一人は身長より長い杖を携えた、黒の長衣ローブを身に纏った女性である。先ほど女性に声をかけられた少年は、立ち止まってその手に持った魔術板タブレットを見せた。

「あ、お師匠様。ここに来るまでの記録です」

 女性にレジクと呼ばれた少年が返答する。魔術板タブレットは使用者の魔力を消費して文章の記録・保存・閲覧・転送を行う魔具である。レジクの書きこんだ文章を読み、ふむと頷くと女性は歩みを再開した。

「あまり魔力を消費しすぎるなよ。いくらクライネシュヴァルツェが魔力濃度の高い土地であるといっても、使いすぎればこれから保たなくなる」

 歩き出した師匠からの注意に、レジクははぁいと少ししょげた声を上げ、先ほどまで書いていた文章を保存した。

「だが、まあ…なんだ、その、記録は文筆家にでもなれそうな文章だったぞ。お前なら術書作家や魔道文筆家としてもやっていけそうだな」

 しょげた声のレジクを元気づけようと思ってのことか、そんなことを言ってのける女性。

「お師匠様、本当ですか!?僕もアルノア・マレみたいな魔術書や冒険記を書くのが夢なんで、お師匠様にそう言ってもらえると嬉しいです!」

 師匠からの誉め言葉にすっかり気をよくしてまた魔術板タブレットを取り出そうとするレジクに、お前はさっきの注意をもう忘れたのか、と女性が一喝した。

「……しかし、お師匠様はよくこの森の中を迷わずに歩き続けられますね。僕は魔針盤マナパスがあるから道がわかりますが、お師匠様は魔針盤マナパスも探知術式も使っていないじゃないですか」

 レジクは左手首の腕時計型の方位磁針を見せる。その針は師匠と呼ばれる女性の進む方向と完全に一致していた。

「私は前の『夜宴』にも参加していたからな、それでこの森の道を覚えているというのもあるが…。そもそも私は『樹冠の魔術師』だ、この程度の森など歩くうえで何の支障もない」

 レジクの方を振り返ることなくそう言ってのけ、無造作に夜の闇より濃い森の中を進んでいく女性。

「成る程…。僕も次に『夜宴』が開催される頃には道具や術式に頼らずにこの森の中を歩けるようになっているでしょうか?まだ階梯は低いですが一応は『樹冠の魔術師』アルボア・リンデンバウムの弟子ですし…」

 自信なさげにそう言いながら少しでも風景を記憶しようとキョロキョロと周囲を見渡す弟子を見てアルボアはフフと笑いながら、

「そのためにはまず基本中の基本である薬草学と毒草学、叢本術式、時間帯別の木本魔術を完璧にこなせるようにならないとな」

 と弟子に言ってのけると、レジクはうげ、という顔をしながらも小さく頷いた。

 

 現在二人はマレバ大陸各地の魔女が一堂に会する「七夜の宴」に出席するためにこの魔女領クライネシュヴァルツェに訪れている。

 伝説の魔女:アリアが記した「魔女の掟」によると、魔女達の中でも特に優れた能力を持つ魔女を七人選び出し、「七夜の宴」を魔女領クライネシュヴァルツェで二十一年に一度開くことが定められている。最初にアリアが開催した「七夜の宴」においてアリア自らの手で七人の魔女が選び出されて以降、それらの魔女が自らの後継たり得る存在を選び続けることで、現在まで「七夜の宴」が途切れることなく開かれ続けているらしい。

 …と、ここまでがレジクの知りうる範囲での「七夜の宴」に関する情報である。この情報の大半は師匠であるアルボアから聞いた話であり、残りは魔道大図書館で調べた結果であるが、肝心の「何のために宴を開くのか」は何処にも記されておらず、またアルボアからも教えられていなかった。

「レジク。ぼさっとしていたら置いていくぞ。この川を越えたらクライネシュヴァルツェの中心部だ」

「あ、はい!」

 アルボアの言葉に返事をして、レジクはこっそり開いていた魔術板タブレットを仕舞い、彼女の後を追った。

 魔術板タブレットに新たに保存された文書の表題は、「『七夜の宴』の開催目的」であった。

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