第6話 機体外活動開始
天野は開かれたハッチから、外に出る。
コーンに機体外部へ移動するためのハッチ自体は複数あるものの、今回は地面までの距離が最も近い場所を選んでいる。
解放前に地面と垂直方向に足が向かうように、体の向きを調整していたため、地面に向かって足を下に落下する。
事前の報告にあったように、機体から離れた途端に重力の制御を行えなくなるようだ。
10メートルほどを落下。
着地の衝撃は問題なく、機体外活動装備によって吸収される。
天野はすぐに、通信デバイスを起動。船内との連絡を試みる。
「レディ、通信機能のテスト。」
「中尉。電波、赤外線問題なく利用可能です。」
「了解。こちらで入手した全データを記録、解析を頼む。
また、先ほどの落下時の情報から、この惑星の重力加速度を計算。機体内も同じ値に調整。」
「了解しました、中尉。全データ記録、解析開始。
重力加速度は約1.2g。船内も同じ値に設定します。」
「装備に問題は?」
「問題ありません。」
天野は着地したその場でしゃがみ込み、生えている草や、地面そのものを観察する。
彼の見たところ、居住型の宇宙居留地や、ストレス低減を目的として流通している観葉植物と大きな差は見受けられない。
「機体に備えられている機器を利用して、どの程度まで解析ができる?」
「詳細な解析は不可能です。原子、分子構成の解析は可能ですが、既知の物質であるかについては断定できません。」
「なるほど。通信機能の不全によりデータベースを利用した照合は不可能との認識でかまわないか?」
「それも一因です、中尉。加えて当機は戦闘を主目的としているため、探索、調査用の装備が不足していることもあります。」
天野はそれを聞き、そういえばそうだったかと思い至る。
どれだけ技術的な躍進があったとして、したからこそ、専門的なことを行うには相応の設備が必要だ。
「現在の機能で、採取したものが食用に適するかは調べられそうか?」
「可能ですが、不明な原因による質量の増加がありますので、推奨しません。」
「流石に、一週間程度で帰還の目途は立たないだろう。
例えわけのわからない物であろうと、口にしないわけにはいかないだろうさ。」
「その選択肢があるのなら、隔離中の食品・薬剤を利用されては?」
言われて天野は考える。
「そうだな、食品に関しては、一部をサンプルとして補完残りは利用するとして、薬剤に関しては利用はやめておこう。」
「了解。そのように処理します。」
いくら非常時とは言え、薬品に関しては天野も気分のいいものではない。
コーンに積まれている食品類は、残り二週間分ほどだったか、天野は自分の記憶を探る。
「食品の残量はどの程度だったか?」
「全量は残り、一二日分です。」
「では、二日分はそのまま隔離、帰還時の解析サンプルに。残りは利用しよう。
どのみち、私自身不明な重量増加があるのだ、何もないと考えよう。」
天野は努めて楽観的なことを口にする。
良くないときに、よくない言葉を口にすれば悪循環にしかならない。
それが彼の信条でもあるからだ。
「中尉。重量の増加ですが、ばらつきが誤差というには大きすぎます。
あまり楽観するものではないかと。」
そう考えた矢先にAIから忠告が入る。
操縦者の補助用であるからこそ、現実的な発言を行う。
「ばらつき。そういえば、具体的にどの程度の重量が増加している?」
天野は今になって、重量が増加しているという状況だけを把握して、詳細に目を向けていなかったことに気が付く。
これは失態だなと、胸中でつぶやく。
今は一人だけなのだから、なるべくすべての事柄を詳細に把握しなければと思いなおす。
「薬剤に関しては、約1~3%
食品では、約0.01~0.1%
中尉は、22%の増加です。」
「測定ミスの可能性は?」
告げられた数値に、天野は大きくため息をつきながら、質問を返す。
「ありません。」
「最後に私の重量を測定してから、重量の増加を認識するまでに、私の重量がそれほどまで増加する原因は特定可能か?」
「不明です。」
「装備類に影響は?」
「体系の変化が見られないので、装備に問題はありません。
積載重量による各部の摩耗速度増加は見込まれますが、機内設備で対応可能です。」
「この状況が長期に及んだ場合は?」
「当然、機内備蓄が尽きれば、不可能となります。」
「そちらも、リスト化しておいてくれ。」
「了解です。」
後で、一度機内の資源を洗い出す必要がありそうだと天野は考える。
一応、基本装備として三ヶ月程度無補給で活動できるだけの資材を積載している。
あの宙域での活動において、最後に補給を受けたのは2ヶ月以上前だったはず。
そこまで考え、食料の残量から、判断すればいいと考え直す。
天野の小隊はあくまで観測拠点の設置作業に携わっていただけなので、燃料、資材などが過剰に消費されていることはない。
コーンの核融合炉の燃料はそれこそ水があれば問題はない。
そういった諸々を含めて、機体が健在である期間を一度算出しなければいけないと考え直す。
「仮に無補給で現在地で活動を続けるとしよう。その場合の機体の活動限界を計算しておいてくれ。」
「了解です。」
そこまで言って、天野は機体外に出たところでしゃがみこんだままであったことを思い出す。
そもそも調査のために機体からでたというのに、まだろくに行動をしていないではないか。
天野は、雑多な思考を一度打ち切り、周囲を改めて観察する。
周囲は、無作為に並び立つ木々。
広葉樹はその葉を、実に色鮮やかに方々に延ばしている。
大気の揺れに合わせて、ゆらゆらと枝葉が揺れる。
枝の間からは、光が差し込み、十分な視認性を確保している。
「現状で、通信可能範囲はどれくらいだ?」
「不明です。信号を常に送りますので、途絶えた時点の距離を記録します。」
「任せた。」
天野はそう告げ、とりあえず、最も近くにある木に向けて移動する。
その途中、惑星上での活動など、いつ以来だろうかと考える。
そもそも、不明な成分があるとは言え、機体から降り、居住ユニットの外を装備ありとはいえ歩き回った経験などあっただろうか。
安全が確保されてさいれば、装備すら用いずに活動できそうな様相ではないか。
そう、考えると、沈みがちであった心が浮き立ってくるのを天野は感じた。
彼は、そのまま近くに生えている木に触れてみる。
しっかりとした手ごたえがあり、それがホログラムなどで投影されているものではないのだと、改めて理解する。
未知の惑星を発見した際、探査を行うとして、その行動指針を天野は呼び出す。
そこにはなるべく多くのサンプルの採取と記載があった。
それに従い、天野は自身の装備に取り付けられているレーザーナイフを引き抜き、木の表面を削る。
削り取った木の破片は、彼にとっては初めて目にするものであるため、どのようなものなのか、判断がつかない。
後程機内に持ち帰り、構成分子だけでも解析してみるべきだろうかと考えながら、背部のコンテナに収納する。
「ひとまず、機体の周りから探索をするべきか、特定の方向に活動範囲を伸ばしてみるべきか。」
「中尉、通信機能の有効範囲を調べるため、ひとまず一方向へ移動されては如何でしょう?
大気の組成から、障害物の程度にもよりますが、300㎞程度は問題ないと思われますが。」
「そうだな、ひとまず100㎞程度は移動してみるか。
外部カメラの稼働可能な予備はあるか?」
「当機の状態を可能な限り修復するのであれば、三個余剰となります。」
「明日以降、設置を検討しよう。機内で確認できる情報が多いに越したことはない。」
「了解です。」
天野はAIと会話をしながら、決めた方向に向けて移動を開始する。
装備によるアシストがあるため、舗装されていない悪路であろうと、移動に問題はない。
移動しながらも、周囲の状況確認は怠らない。
未知の惑星ではあるものの、装備が十分であるため、過剰に緊張することもなく探索を続ける。
「中尉。不審な音源を感知。三時方向。警戒を。」
暫くの間、見た目に違うと感じるものを適宜採取していた天野に、AIから警告が送られる。
言われた方角を向き、ナイフをしまい、小型の陽電子銃を取り出す。
「機体のセンサーを利用して、音源の詳細を特定することは可能か?」
「不可能です。現在の装備はすべて宇宙空間用ですので、大気圏下での利用が想定されていません。
極低精度でも問題がなければ、実行しますが?」
「なら、大丈夫だ。
音源の方向へ誘導を頼む。」
「了解。そのまま直進してください。」
天野は、進行方向に銃口を向けつつ、外部探索装備に備え付けられている各種センサーから送られてくる情報を、注視する。
惑星探査用を目的とした、より特化した装備であれば、望遠装備もあるのだが、天野の現在の装備には含まれていない。
天野が意識をとがらせながらしばらく進むと、木々の合間に、突然灰色が混じる。
それは、毛皮を持ち、四つ足で活動する生き物であった。
彼の知識と照らし合わせるならば、一部で愛玩用の動物として飼われている動物、犬に似た見た目をしている。
どうやらその生き物も、接近してくる天野に気づいていたようで、牙をむき出し唸り声をあげている。
天野はさてどうしたものかと考えたその時に、目の前の生き物がとびかかってくるそぶりを見せた。
「敵対行動を確認。排除。」
彼は迷いなく、銃口を対象に向け引き金を引く。
特に反動を感じることもなく、銃口から一筋の光が漏れたかと思えば、対象に着弾する。
同時に、彼は犬らしき生き物がとびかかってくる動線から、身をかわす。
彼の横を通り過ぎて行った、生き物はそのまま落下し地面を少し滑ったかと思えば、木の根に引っかかり動きが止まる。
天野はそこにもう一度銃口を向け、引き金を引く。
「敵対対象の確認。生命活動は停止しているか?」
「不明です。」
行動指針通りに、声をかけ、天野はそういえばそうであったと思いなおす。
彼は警戒を解かずに、対象に徐々に近寄っていく。
そんな彼の目の前で、対象の生き物は突然姿を消す。
そしてその生き物が、いた場所には見覚えのある、ガラス状の結晶体が一つ転がっている。
天野は、乾いた笑いが出てくるのが止まらなかった。
そしてそのまま天を仰ぐ、そうでもしないとその場に頭を抱えてうずくまってしまいそうだったから。
一体俺は、どこに来てしまったのだろうか。
それだけが、彼の頭を占めていた。
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