1章

第5話 現在位置の完全喪失

天野は突然頭を殴られたような衝撃を覚えて覚醒する。

操縦席を兼ねたカプセルに備え付けの、意識覚醒機構によるものだろうかと考え、それを否定する。

天野はその機構にこれまでお世話になったことはないが、聞いている話と覚えた感覚があまりにも違うからだ。

開いた目には薄暗い操縦席が映る。

どうやら主電源が落ちているようだ。機体の損傷がそれほど大きいのだろうか。

戦闘時用の各種サポートツールも機能していない。


天野は薄明りの中、手動で操縦席に満たされた溶液を排出し、カプセルから外に出る。

接続されたままの背中のケーブルが、途端に重量を感じさせる。

直前の作戦行動で、かなり体に負荷がかかっていたようだ。少し動くたびに鈍い痛みが彼を苛む。

コーンの再起動を行うため、手動操作のコンソールを動かす。

一先ず電源系の破損確認を行う。致命的な破損が発生していないことを確認し、再起動を実行する。

天野は表示された、致命的ではない問題点を細かく確認する。


その中で一つ、彼はどうしても気になる項目があった。

コーンに搭載されている核融合炉が、停止した時間がコンソールの表示時間とほぼ差がなく記録されている。

まるで、自分が意識を取り戻す直前に、停止したようではないか。

ここにきて、彼は改めて気が付く。そもそも自分は何故意識を失っていたのか。


天野は直前の記憶をさかのぼる。

ベノワの機体に、体当たりをして、あのわけのわからない歪みに自分の機体が引き寄せられ、それから先を何一つ思い出せない。

恐らくそこで自分が気を失うような何かがあったのだろう。

その何かに一切心当たりはないが、それは電源系が再起動してから、すべてのログを確認すればいいだけだ。

いや、それよりも先に通信機器が回復すれば、客観的な確度の高い情報が手に入るか。

そこまで彼が考えを進めるたところで、主電源が回復する。


彼にとっては、すでに手癖で行える機体制御システムの起動作業を行う。

グループごとに分けられた、各種システムに電源の供給を指示。最低限の電力供給で、まず自己診断を実行させる。

問題がなければ起動。問題があるものを保留として次々と振り分けていく。


「再起動完了。おはようございます。天野中尉。」


操縦室へと電力が供給され、コンソールによって周囲が照らされる中、操縦者補助用AIも再起動する。

一度電源が切れたため、AIの状態もリセットされ、通常状態となっている。


「レディ、通信周りの再起動を補助。同時に、先ほどの珪素生命体との直前までの行動記録をすべてまとめて表示してくれ。」

「了解です。直前情報と現在の機内タイムスタンプ誤差、220秒。それまでの行動ログをすべて作成。

 特記事項を抽出しました。どうぞ。

 通信システム再起動迄、残り作業時間およそ90秒。」

「ありがとうレディ。通信機器の復帰作業完了次第、戦闘隊の他機体と相互通信を確立。行動記録の補完を。

 また、稼働可能になった外部センサーを起動、周辺状況の確認。」

「了解しました。」


対話型のAIとしての本領とでもいおうか。

ほとんど人間との会話と変わらない調子で、天野とレディは会話をしながら各々作業を行う。

天野はまとめられた行動記録に目を通す。

そこに書かれていたことは、自分が直前までの記憶として認識していたものと、差異がない。

あえて気にするとすれば、コーンの全ての機能が一斉に停止していることだろうか。

主電源が落ちたからと考えれば、納得できないことではないが、違和感はある。

予備電源で動いている生命維持装置の記録に天野は違和感しかない。

記録では、連続して問題なく動いている。

問題なく動いているなら、なぜ自身は意識を失っていたのか。

そして、意識を失っていたにもかかわらず、何故覚醒処置が行われていないのか。


「レディ、生命維持装置に関してだが、何故覚醒処置が行われていない?」

「生命維持装置、並びに関連装置の確認。

 各種薬剤に、不明な重量増加を確認したため破棄されています。」

「重量増加?」

「原因は不明。成分に変化は一切なく、体積にも変化は見られません。」


天野の頭を疑問が埋める。


「あり得るのか?」

「計器のエラーの可能性もあります。順次確認を行いますので、しばらくお時間をいただきます。」


人類が重力を克服して久しい。

重力子の存在は完全に解明され、人は重力を好きな場所に発生させ、望むがままに重力が働かない場所を作り出せる。


「重力管理システムは、予備電源で稼働するシステムだったな?」

「はい。稼働記録も連続性を持っています。」

「これは、一度保留にしよう。廃棄とは、すでに機体外への投機が行われたということか?」

「いいえ。投機までは行っておりません。

 廃棄物密閉処理などが完了していないので、一時的に隔離層に移されているだけです。」

「ならば、そのまま機体外への投機を行わず保持。

 本日突然始まった状況の原因特定を行うための材料になるかもしれない。

 密閉処理を行ったうえで、隔離層に別途区画を生成、そこで保管しよう。」

「了解です。通信機器の再起動完了。戦闘隊との双方向通信確立に失敗しました。

 通信可能な範囲に、対象が存在しません。遠距離通信システム、接続試行。失敗。」


天野は頭痛を覚える。

直前まで同じ宙域にいた相手と、連絡が取れないというのはどういうことだと。

遠距離通信システムはまだわかる。システムがダウンしている間に移動を行えば、相対位置座標を喪失してしまい、そもそもワープ自体が不可能になるからだ。


「周辺状況を確認するため、外部カメラを最優先で復旧してくれ。

 破損は無視。すぐに稼働できるものだけでかまわない。」

「了解です。作業優先度を変更。稼働可能なカメラの画像、モニターにでます。」


空間に投影されたモニターには、天野の全く予想していない光景が広がっている。

周囲には木々が生い茂り、鮮やかな緑と幹の茶が目に優しい。

木々の先には、青空が広がり、まばらに白い雲が浮かんでいる。

下には草が深く生い茂り、赤茶けた土がところどころでその色をのぞかせている。


「なんだ、これは。」


天野はそれ以外の言葉が出ない。


「レディ、周辺モニターの情報は取得できているか?」

「はい。記録に残っている、直前状態との一致率は0。

 観測される構造物からは、人類の生存可能性が非常に高い惑星上に存在すると判断できます。」

「そんな惑星が、作戦域に存在していたか?」

「いいえ、記録が存在しない時間で、移動できる範囲にも存在しません。」


では、ここは一体何処なのだ。

自分は、いったい何に巻き込まれたのか。

天野の思考が空回りを始めだす。


そもそも惑星に不時着したとして、周囲の状況はあまりに異質だ。

コーンほどのサイズの物体が、周囲に映る景観の一切に損害を与えず着陸できるはずもない。

変わらずモニターに映る映像は、のびのびと枝葉を伸ばした樹木を映しているし、地面を覆う草花にも荒れた形跡がない。


「ここは、一体何処なんだ。」

「不明です。既知の人類居住可能惑星で、投機が通信機能を利用できなくなることはあり得ません。

 逆説的に、この場は人類未踏宙域に存在する惑星と考えられます。」

「射手座方面から、マゼラン銀河まで移動したとでも?

 それとも、さらに遠い他の銀河系、銀河団に所属する惑星だとでも?」

「現状得られた情報からは、そのように推察するほかありません。」

「この機体ほどの体積が出現したにしては、周辺の状況に一切損害がないことに関しては?」

「不明です。」


そう、結局のところ何もわかっていない。

確認しているのは、わからないことが分かっているということだけだ。


「レディ、コーンの航行機能は起動可能か?」

「いいえ。一部機体の機能が不全を起こしています。自己走査、修復機能では問題が発見されません。」


天野は痛みを増す頭痛に、頭を抱える。


「中尉。大丈夫ですか?

 申し訳ございませんが、現状のバイタルを回復させるための薬剤が利用できません。」

「大丈夫。大丈夫だ。」


天野は応えながら頭を振り、数度深呼吸を繰り返す。


「レディ、当機の機能をすべて詳細に確認。

 利用可能なもの、不可能なものをそれぞれリスト化。

 優先順位は、損傷がないものから。損傷のあるものは、修復が終わり次第。」

「了解しました。現状のリストを作成。ご確認ください。」


天野は表示されたリストの項目を一つ一つ確認していく。

機内の機能は概ね利用可能、ベノワの機体とのあたり方がまずかったため、推進系が破損。

航行時に利用する重力作用系のシステムは、原因不明のエラー。

ただし、機体内の重力調整は問題なく働いている。

ベノワ機とのあたり方がまずかったため、武装の数割が破損。加えて実弾兵器は残弾0。

薬剤だけではなく、備蓄の食料も一部重量に異常がみられ、隔離中。


天野にとって、特に問題になるのが最後の項目だろう。

一部は機械に置き換えるとはいえ、生体を維持するために食料は必要不可欠。

このままでは2週間ほどで食料はつき、あとは餓死を待つだけとなるだろう。


「レディ、2週間以内に帰還、または救援が来る可能性は。」

「現状で得られている情報では0です。」

「だろうな。推進システムの修復の見込みは?」

「原因が特定できないため、不明です。」


天野はため息をつく。

つまり、生存のために必要な行動は一つということだ。


「レディ、外部の大気組成、気温が活動可能なものか確認。機外活動ユニットの準備。」

「了解です。機外活動ユニットの状態確認。問題なし。機体外活動ユニットを装備してください。

 外部センサーによる、組成評価、気温の評価を実行。

 不明な物質の存在を検知。検査ユニットを使用。テスト合格。

 装備を用いず人類が活動可能ですが、大気に未知の成分が含まれています。」


天野は思う、ここまで来たらもう、想定外の事態が発生することこそが想定内だと。


「不明な成分は、薬品の重量が増えた原因となりうるものか?」

「不明です。現状の成分分析能力では、重量増加の原因となるものは発見できません。」

「生体に害がないことは、確認できているんだな?」

「はい。検査ユニットのテスト結果に問題はありません。」

「長期的な影響が発生する可能性は?」

「断言はできませんが、外部の大気成分が既存の物質のまま、変質をしていない以上可能性は非常に低いと考えられます。より詳細な検査が必要であれば、外部の植物などを採取してください。」

「それを解析して、より詳細にということだな。」


どのみち天野に選択肢はないのだ。

これまでAIとの会話を続けながら、操縦席との接続ケーブルを外し、機体外活動ユニットを装備するため、保管場所に移動し、装着する。


「中尉。不明な重量増加を検知。中尉からです。」

「だろうな。薬剤、食品の重量が増えていたんだ、想定内だ。

 重量増加による、装備の問題の有無は?」

「装備に問題はありません。中尉の健康状態も直前まで取得されていた情報から、過剰な精神的負荷を除けば見受けられません。」

「ならば、活動に支障はないということだな。」


装備を終えた天野は、機体外への脱出口に向けて移動を始める。

機体外での活動は、あくまで宇宙空間、極環境の惑星での活動を想定しているため、全身を覆うスーツとなっている。

加えて、行動をアシストするための増力機能、通信装備、呼吸可能な気体を生成するための装置等、相応の重量となっている。


「ハッチ開放。船外活動を開始する。」

「了解です。」


天野が考えることは一つだけ。

帰るのだ。

こんなわけのわからない場所で、ただただ朽ちていってたまるものか。

何としても、あの気のいい連中がいる場所に。

まだ数時間もたっていないのに、なぜか無性に郷愁を感じた。

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