第2話 サーフェス

「いつサーフェスに出るの?」

 同じクルーに入っている同期のキリコから

連絡が入った。

「明日の15時」

「わかった。わたしも同行するように通信が

入ってる。待機スペースで待ってるから」

「了解」

 キリコは、カゲルと同じく「シード」で組

成されたコントロール体であるが、生まれつ

き視力に障害があり、可視光線を弱くしか捉

えられない。地上では直接、光が眼に入るた

め、強めのコーティンググラスを掛けてサー

フェスに出る。

 サーフェスには、弱い気流の流れしかない。

専門的なことは分からないが、ここ何百年か

太陽の黒点周期の乱れで光線密度の構成が変

化し、赤外線による熱エネルギーはそれほど

低下していないものの、植物光合成に必要な

紫外光線の割合が減っている。光合成による

エネルギーをその源として成長する植物種の

生育に、中でも植物プランクトンの生育に甚

大な影響が出たらしい。おかげで地球史にあ

るような植物種の繁栄は現在は見られない。

植物プランクトンから連鎖する主要動物の体

系も消えてしまった。サーフェスは現在は全

く静かな世界なのだ。

 そんな静かな世界をキリコと二人で歩く。

 カゲルもキリコも同じコントロール体とし

て、放射性物質ヒカルゴミを廃棄する任務に

就いていた。

 太陽の軌跡、それは熱くも冷たくもなく直

接太陽を覗くような眩しさもない。サーフェ

スを歩く度にキリコのコーティンググラスに

映る太陽の軌跡、カゲルはその透徹とした軌

跡が好きだった。

「アドバンスに行ってきたんでしょ」

 キリコは言った。

「数値を測ってもらった。免疫機能に少し影

響が出ていて、このままいくと生命時間を修

正することも必要だって」

「そう。でもわたしよりは軽度だと思う。あ

まり心配しないことね。自覚症状はある?」

「睡眠不足とか食糧摂取障害とか」

「大丈夫よ。カゲルはわたしと違って心配性

だから。慎重だしね」

「性向までは「シード」でも設定できない」

「以前はね、自然交配で全てのホモ種が誕生

していた頃の話だけれど。最初に交配された

子は大事にされたとか、後で誕生した子は先

に誕生した子に揉まれて成長したとか。性向

もある程度類型化されていたみたい。でも、

今は「シード」生まれ」

「キリコと話していると救われる。同じコン

トロール体。同じ「シード」生まれの同期だ

し」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「さあフロントスペースで着替えましょう」

「今日はどんな地上なのかなあ。データでは

気流は安定しているとなっているけれど」

「大気はもう薄いんだから」

「そうだね」

 眼に障害はあるが反応が速いキリコと慎重

なカゲル。不測の事態に備えてペアを組ませ

るというのがセンターの方針だった。

 待機スペースからフロントスペースに行き

防護服に着替える。以前は防護服で完全に放

射線を遮断することはできなかったが、最近

になり、鉛をコーティングする技術が進化し

て、軽量で蒸れず比較的長い時間、強い放射

線に対応できる服が開発された。ただ、鉛色

なので見た目の恰好は良くなかった。

 強い放射線量は核使用施設や廃棄施設でそ

のコントロールが十分にできなかったことに

原因がある。植物種の衰退により酸素濃度が

低下し、地球のオゾン層バリアが破壊されて

複数の宇宙放射線が降り注ぐようになったこ

ともある。

「軽量化されたとはいえ、この防護服、まだ

動きにくいわね」

「サーフェスの放射線量を考えると仕方がな

い」

「結局放射線量って何万年もの半減期を経な

いと無くならないんでしょう?資本主義とか

の破綻で、マネーだっけ?クレジットとかい

うものも消えてしまい制御できなくなった。

制度が破綻して放射線量を放置した。400

年前だったかしら?これから半減期にかかる

何万年を考えると、気が遠くなる時間だわ」

「全く。だから免疫コントロール体を造って

ヒカルゴミの廃棄作業に当たらせている。自

分たちで何世代目だろう。しかもこれから何

十世代と引継いでいかなくちゃならない」

「あと百年くらい経てば、重力型ロボットが

わたしたちに取って変わるのかしら?」

「ロボットを動かすにはエネルギー問題があ

る。宇宙空間に存在する真空エネルギーを活

用する技術が確立されれば。無限大のエネル

ギーをね」

「話が長くなったわ。着替え終わったら、ド

アのクローズロックは完ぺきにね」

「了解」

 フロントスペースからリニアエレベーター

で地上のサーフェスまで10分ほど掛かる。

 エレベーターを出て、三重のエアロックド

アを経た地上は、晴れていたが、流れている

気流は薄かった。太陽の可視光線構成が変わ

ってしまったせいか、空は薄い青色で、湿度

は殆ど無いと言ってよかった。砂埃ばかりが

風に乗って流れてくる。遠くに見えるのは、

何百年もの間、風化に任せた巨大ビル群の残

骸。湿度が低いために、繁茂する植物も腐食

する微生物も無く、土に戻れないまま風によ

る風化と崩壊だけが進み、地平線はビル群の

残骸に縁どられてギザギザな曲線を描いてい

た。

「もう15時だから、太陽の角度もずいぶん

と低くなってしまったわ」

「いつもの景色なんだけど、今日は正面から

射す光がやけに眩しいや」

 カゲルはいきなり射し込んだ光に思わず手

をかざす。

「きょう廃棄するヒカルゴミはいつ頃のロッ

トなの?」

 キリコが振り向いて言う。

「かなり以前のものみたいだけど。約二百年

前かな。西暦で言うと2200年頃のものら

しい。自分たちコントロール体による廃棄シ

ステムが確立されてから凡そ百年後のロット

だ」

「放射線量が高くて、純正ホモ種は誰も近付

いて作業できなかったんでしょう?」

「後回し、放置だね」

「そのうち経済が破綻した」

「全て後回しだったから。今更言っても仕方

ないけど。自分たちが、ゴハサンデネガイマ

シテハ、で誕生した存在なんだから」

「いつの時代の言葉よ」

 キリコは呆れたようだった。

「この前辞書を見ていたら、玉をはじいて計

算に使った20世紀の道具の写真が出ていた。

ソロ算盤とか書いてあった」

「玉をはじいて?面白いわね。素朴な計算の

時代があったものね」

 キリコは続けた。

「今はとにかく、そのロットを共同排出場ま

で持っていって仕事を終えましょう。防護服

を着ているとはいっても、ヒカルゴミは近付

くほど危険なのだから」

 キリコはコーティンググラスを掛けていた

が、障害体の関係で作業時間はカゲルの3分

の2に制限されていた。


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