第2話「ミステリアスな彼女には秘密がいっぱい」

1-1.水もしたたるなんとやら~その1~

「おはよう、誠一。昨日のデートどうだった?」



 そう声を掛けてきたのは、鵜来陽人――オレが信頼する唯一無二の友人だ。

 高身長のさわやか系イケメンで嫉妬するぐらいモテやがる。

 にもかかわらず、本人は自覚なし。別にいけ好かないヤツと言いたいわけじゃなくて、むしろ今回のデートの相談に乗ってくれた立役者。

 だから、オレも陽人には頭が上がらない。

 陽人が声を掛けてきたのは、そういう面倒見の良さだからなんだと思う。



「……んまあ。なんとかデートできた……かな?」

「なんだよ。歯切れ悪い答えだな」

「いや、一応に成功したと思うけどさ。でも、上手にリードできなかったというか、もうちょっとしっかりしてればよかったというか……」

「ずいぶん見栄っ張りなことしてたんだな。もっと誠一らしい方向でいいんじゃないか」

「そうかもしれないけどさ。なんというか、男しては格好良くありたいって思うじゃん?」

「じゃあ、なにか? オマエは春森さんの前で臭い台詞とか平気で言えるのか?」

「……そ、そんなの……い……言えるワケ……」

「だったら、普通でいいだろ。最初から片意地を張らずにデートすればよかったと思うぞ」

「う、う~ん……」



 こうも言い切られちゃあ、さすがのオレも返答しようがない。



「そんなに春森さんのことが大事なら、もっと積極的に自分なりのプランを練ってみろよ」

「それができたら、苦労しないよ」

「まったく困った友人だ」

「は、初めてなんだからしょうがないだろっ!」

「とはいえ、何もリード出来ないってのも男としてどうなんだよ。一応聞くが、今後とも春森さんとはやっていきそうか?」

「まあなんとか……。春森には、『また今度デートに誘って』って言われたし」

「なら、よかったじゃないか。様子から察するに、春森さんも喜んでくれたみたいだし」

「そうなのかなあ? 社交辞令じゃないの?」

「じゃなかったら、また誘ってくださいなんて言わないぜ。そもそも付き合ってるんだし、そのぐらいのこと察したらどうだ?」

「う~ん、そんなものか?」



 どうも実感がわかない。

 陽人はすでに付き合っている女の子がいて、しかもその女の子とは何回もデートを重ねている。

 そんなんだから、いろんなことがわかるんだろうけど。

 ぶっちゃけ、オレ自身はまったくわかっとらん。



「なに話してるの?」



 そんなところへ話の腰を折るように介入してきた人物が現れる。

 後ろを振り返ると、ふたりの女の子が立っていた――オレに声をかけてきたのは、そのうちのひとり。

 真ん丸い顔がまるで馬のしっぽのように長いポニーテイルを揺らす小柄な女の子。

 キャピキャピとした口調からもわかる通り、とにかく明るい。そのうえ真面目で冗談も言えるカワイイ女の子はなにを隠そう陽人の彼女。

 名前は、坂下優実――。

 オレはフツーに坂下さんって呼んでる。ちょっとお転婆で強気な面もあって、いっつも口ではかなわない。

 文句の1つでも言ってみい?

 ぐうの音も出ないほど言い換えされちゃうんだぜ。

 なにより、坂下さんは春森の親友でもある。長いものには巻かれろならぬ、恋人の親友には巻かれろだ。



「おはよう、坂下さん。陽人と昨日のデートの話をしてたんだ」

「それっ、それっ! いっちゃんから聞いたわよ? アンタ、もうちょっとしっかりリードしてあげなさいよ」

「ちゃんとリードしたって」

「でも、うまく出来たっていう自信がないんでしょ?」

「うっ……」

「本当、どうしようもないんだから――いい? 次はもっといっちゃんのこと楽しませてあげられるよう勉強しておくこと」

「き、き、肝に銘じておきます」



 さすがに坂下さん。

 話を聞いただけで、見抜かれちまってる。



「おはよ、三田村君」



 そして、話題の中心人物が遅れて声を掛けてきた。

 言わずもがな春森だ。

 照れているのか、冷静なのかよくわからない表情でじっとオレを見ている……って、むしろオレの方が緊張してる感じ?

 ぶっちゃけて言うと、昨日の今日で何を話したらいいのかわかんねえんだ。



「お、お、おはよう! は、春森……」



 あ~もう! 動揺がモロバレじゃん。

 こんなんじゃ余計に春森を緊張させちまうだけだよ。でもなぁ~何を話したらいいのか、全然わかんねえし。



「おやおや、おふたりさん。初デートの翌日なんだから、なんか話しなさいよ」



 そんな重苦しいムードの中、坂下さんが煽ってくる。

 しかも、春森の背中を押して、オレの真っ正面に立たせやがった。坂下さんめ、あとで覚えておけよ。



「き、き、昨日は楽しかったね」

「……うん。私も三田村君と一緒で楽しかった」

「そ、そうか……」

「三田村君スゴいんだもの。私の知らないあんなことやこんなことをいっぱいやろうとか言い出して、それで結局全部はできなかったけど……」



 ちょっと待って、春森っ! なんてこと言い出すんだよ!?

 オレ、そんなヘンなこと言ってないし、やろうともしてないのに。にもかかわらず、坂下さんには即座に反応されてしまう。

 どうすんだよ、これ。



「あっ! い、いや今のは違うよ?」

「……三田村君。いまのお話さ、お姉さんにちょっと詳しく聞かせてもらえないかしら?」

「誠一、まさかオマエ……初回デートで押し倒したのか?」

「待って、ふたりとも! オレにそんな度胸あると思う!?」

「「いや、ないと思う」」

「なら、なんで疑われてるの!?」



 マ、マズい……。

 これは何か弁解しないと、いらぬ説教をくらってしまう。というか、春森もなんでそんなこと言い出すんだか――と思った直後。



「フフフッ、ふたりとも冗談だから」



 突然、春森から種明かしがなされた。

 そのことで陽人も坂下さんも脱力したのか、急に「なんだ、冗談か」とオレの立場など微塵も感じず手の平を返しやがった。



「ちょっとふたりとも! オレの扱いヒドすぎない?」

「まあ、そういう星の下に生まれたと思ってあきらめろ」

「陽人君の言う通りね。三田村君はいじられキャラだからしょうがないのよ」

「なんでそうなるのぉ!?」



 な、納得がいかない。

 このままじゃオレってば、一生うだつの上がらないキャラだよ。それもこれも春森のヒドいからかいのせいなのに。



「春森、その冗談はキツいよお」

「フフフッ。あまりにも面白そうな状況だったから、つい」

「いや、『つい』じゃなくて……」

「それとも、三田村君はもっとイジって欲しかった?」

「そんなワケないからね? もっとヒドいことされるだけだからね?」

「でも、本音を言えば『昨日は楽しかった』よ」

「うん、ありがとう。いまごろ言われても傷ついたあとだけどね」



 などと言って、春森に翻弄されるオレ。

 でも、そんなイジワルな春森でもその顔にはスゴく楽しそうな笑みが浮かんでいる。それを見ただけで、やっぱり彼女にして正解だったなあと思う。

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