第13話 メダパニ!

 さて、ココから、冒頭の初デートに至るのであるが、この辺りの記憶が定かではないのである。


 というのも、このあと数か月、講習会や、ボランティアで女神さまとご一緒する機会が何度かあったのだ。

 読者の皆さんは、これはチャンスじゃないかと思われるかもしれない。

 ただ、童貞勇者の俺にとっては、コーヒー牛乳コンタクトの一件以降、まともに近寄ることができなかったのである。

 そう、顔を合わせても会釈程度が精一杯。

 声すらかけることができなくなっていた。

 まぁ、門番のおばちゃんと一緒に、嘲笑されたのだ。

 俺の心は痛恨の一撃並みのダメージを負って瀕死の状態。

 さらに、ひと声をかけようものなら、追撃の一撃を食らい、即死である。

 即死した俺は、ギルドの仲間たちによって、教会「飲み屋」で蘇生してもらわないといけないことになる。

 すると、俺のお小遣いは、あっという間に底をつく。

 いや、それどころかマイナスになって、夜間のATMにダッシュしなければいけないことになるのだ。


 だが仕事をする以上、話さなければならないこともある。

 それが大人の世界なのだ。

 嫌な人とも話さないといけない。

 嫌われていると分かっていても、お願いしに行かないといけないこともある。

 それが仕事というものだ。


 ある現場で、ギルド仲間が仕事のシフトに穴あけやがった!

「俺! 私用があるんで! サーセン!」

 何がサーセンだ! ぼけぇぇぇぇ!

 今回の現場はギリギリの人数で回しているんだ!

 それが、何が私用だ!

 私用の中身を言え! デートだったらぶち殺す! マジでぶち殺す! 童貞の恨みを骨の髄まで思い知らせてやる! このリア充め!

 今回の現場を切り盛りしている俺は、マジでキレた!


 だが、そうはいっても、いないヤツはいないのである。

 今いる人員で、この現場をなんとか回さないといけない。

 そして今日に限って、めんどいモンスターが次々とポップアップしまくりやがる!

 魔法が通用しないやつとか……

 やけに防御力だけ高いやつとか……

 全く攻撃が当たらないやつとか……

 マジで常識疑うわ!

 今の日本人の常識スキル低すぎだろ……

 普通に考えてダメな物はダメだろ!

 何とかできる訳ないだろうが!

 お前ら大人だろ!

 社会人だろ!

 マジで死ぬ!

 さばいてもさばいても、次々と湧いてきやがる!


 大体そんな時に限って中ボスクラスが現れる。有る有るですね!

 既に、童貞勇者の俺は、一人で中ボスクラスのドラゴンを相手にしている。

 これ以上、別のドラゴンなど相手にできるか!


 しかし、フィールド上でドラゴンが火を噴いている。

 どんどんと周りに火が移る。

 あかん! 早く何とかせんと、大炎上や!


 俺はいそいで、女神さまに頭を下げに行った。

「ちょっと、面倒な仕事なんですけど、他に頼める人がいませんでして……」

 なんだか、女神さまの目が冷たいような気がする。

 まぁ、頼む仕事の内容が内容なので、嫌な気分になるのは分かる。

 俺だって、めんどうだなぁって思うような仕事なのだ。

 だが、俺にも面倒な仕事があって手が離せない。

 かといって、面倒な仕事を二つ同時にはこなすことはいかに勇者の俺でも不可能だ。

 どちらかを誰かに頼むしかないのであるが、なぜか、手が空いているのが女神さまだけなのだ……


 何と言う不幸……


 さらに嫌われること確定だ。

 俺は、必死で女神さまに頭を下げた。

「もう、引き受けてくださるのなら、何でもしますので……お願いします!」

 ココで断られたら、今日の現場は破綻してしまう。

 半分、涙目の俺は、必死に懇願した。

 とにかく今日一日、生き延びることができるのなら、それでいい。

 本当に、この時は、これぐらい切羽詰まっていたのだ。


「なら、おいしいランチでもごちそうしてください」

 女神さまは、その一言と共に、仕事を引き受けてくれた。

 マジ女神!

 これで今日一日、何とかなる!

 そう思った俺は、再度、頭を下げた。

「ありがとうございます。もう、何でもおごります!」

「じゃぁ、約束ですよ」

 女神さまは、そう言い残すと、単騎でドラゴンのもとに歩んでいった。

 その後ろ姿を見送る俺。

 まさに女神、いや、戦女神のアテナ様!

 その神々しい後ろ姿に、手を合わせて祈りをささげた。


 まぁ、それぐらい現場は緊迫しておったのですよ!

 もうね、嫌われているとかなんだとか、考える暇もないぐらいに。

 おかげで、何とかこの日の現場、無事終了いたしました。

 マジ疲れた。


 続々とギルドの仲間たちが引き上げていく。

「お疲れ様でしたぁ~」

「お疲れ!」

 俺は、仲間たちを見送った。

 この日の責任者である俺は、後片付けのために残っていたのだ。

 作業机の道具類を、箱の中に詰めていく。

 黙々と撤収作業をする俺の横を、最後の仲間が通り過ぎていく。

 疲れ切った俺は、顔を上げずに、ねぎらった。

「お疲れさま……」

「じゃぁ、今度の日曜ですよ!」

 !?


 俺は咄嗟に顔を上げた。


 俺の戸惑った視線の先には、女神さまが立っていた。

 一体、何の話?

 俺は、話が見えなかった。

「さっきの約束、今度の日曜日でお願いします」

 先の約束?

 はて? 一体何のことでしょう?

 もしかして、ランチのお話しでございましょうか?

 いやいや、大体ああいうのは、社交辞令と言うものでして、実際にどうとかのお話しでは……

 というか、俺がおごるの?

 いやいや、問題はそこじゃない!

 えっ!? ランチ一緒に行くの? 行ってくださるの?

 はいぃぃぃいいぃい?


 頭がメダパニ状態の俺は、混乱の極致に達していた。

 嫌われていると思っていた女神さまからランチの催促?

 これはドッキリ?

 もしかして、また、門番のおばちゃんがワハハハハと笑いながら出てくるとか?


 いやいや、日曜日まであと2日しかないよ……

 どうする俺!

 どうする!



【グダぐだの今日のつぶやき】

 女性に声をかけるときは背水の陣!

 あれこれグダグダと考えるな!

 とにかく、ツッコめ!

 あとは野となれ! 山となれ!

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