2話 発見。

 ――『恋』、それは誰もが心に持っているものであり、誰もが知っているものである。『恋』とは人の心の中にあって当然なものであるからして、『恋』がなくなってしまうことは絶対にあるわけが無い。(これはフラグではありません)


 ――今日は2020年4月23日木曜日。少年、仲野竜一は寝ていた。


 そして、スマホのアラームが部屋に鳴り響いた。


 「……ん?なんだ、アラームかよ。……え?おいおい待ってくれよ、7時半過ぎているんだけど。ちょっと母さん!なんで起こしてくれなかったんだよ!」


 俺は急いで部屋を出て階段を駆け下りる。


 そして、先に洗面所に行き高速で洗顔などを終えて、リビングに向かった。俺がリビングのドアを開けると、妹のめぐみがキッチンに立っているのが見えた。


 「あれ?めぐみ、母さんと父さんは?」


 「お兄ちゃん、お母さんたちなら今は旅行中でしょ?」


 「ああ、そういえばそうだったな、すっかり忘れていたよ。……でも、今日って平日だから学校あるよな?」


 「お、お兄ちゃん、それ本気で言っているの?」


 俺の言葉を聞いて、めぐみの目は死んでいた。


 「な、なんだよ?俺、何か変なことでも言ったのか?」


 「お兄ちゃん。私たち、一昨日こっちに戻ってきたばっかりなんだよ?それで今日は、学校の準備をしないといけない日だから、学校があるのは明日からだよ……」


 (ああ、そうだ、そうだった。学校は明日からだった。どうして俺は、そんなことを忘れていたのだろうか……。まあ、きっと急な引っ越しだったからだろう……)


 「そうか、それなら早めに学校の準備をしておかないとな」

 

 「そうだね。……でもその前に、朝ご飯できているから一緒に食べようよ」


 「おう、そうか。いつもありがとう。助かるよ」


 俺の妹であるめぐみは家の家事全般をやってくれている。俺もだいたいの家事はできるのだが、めぐみの方が俺よりもできるのが現実だった。


 「ううん、私もお兄ちゃんにはいつも助けてもらっているから、これくらいしかできないのが残念なんだよ」


 「大丈夫だよ、めぐみ。これでも十分助かっているからさ」


 「そう、それならよかった――――はい、お兄ちゃん。今日の朝ご飯は、ご飯に肉じゃが、お味噌汁にサラダだよ」


 いつもの朝ご飯にしては少し量が多い気がしたが、めぐみが作った料理を残すなんて、俺には有り得ないことだった。


 「おっ、ありがとうめぐみ。それにしても、今日も美味しそうにできているな。流石は俺の自慢の妹だ。では、いただきます。――ぱく」


 まず俺は、とても美味しそうな肉じゃがを一口食べる。


 「お兄ちゃん、どう?美味しくできているかな?」


 「――ああ、今日もめぐみの料理は最高だな」


 「本当⁉えへへ、よかったぁ……。じゃあ私も、いただきます。――ぱく」


 そして、朝ご飯を食べ終えた俺とめぐみは、自分の部屋に戻って、明日からある学校の準備を始めた。


 「明日、学校で必要になるものは、筆箱とノートに教科書――――よし、これで明日の準備は大丈夫だろう――――あ、もしかしたらそのうち、めぐみが俺の部屋にくるかもしれない」


 これは、ただの予想に過ぎなかった――そして、俺の予想は的中した。


 俺が明日の準備を終えてから数分が経った頃、部屋のドアからノックが聞こえてきた。俺が「どうぞ」と言うとドアが開き、そこには顔を真っ赤にし、恥ずかしそうにもじもじしているめぐみが立っていた。


 「おっと、めぐみ。俺に何か用事でもあるのか?」


 「お、お兄ちゃん。あ、あのぉ、少し手伝ってほしいことがあるんだけど……」


 「……ああ、別にめぐみの手伝いをするのは構わないけど、具体的に、俺は何を手伝えばいいんだ?」


 俺は、めぐみが何を手伝ってほしいのか、本当は最初から知っていた。


 それでも俺は、何を手伝えばいいのかを聞いた。


 その方がめぐみのかわいい反応を見られるからだった。


 「お、お兄ちゃん。ホントはわかっているよね?それなのに今、敢えて言ったよね?お兄ちゃんのイジワル」


 俺の思った通りに、めぐみはいじけた。


 「め、めぐみごめんよ。でも、めぐみの反応がかわいいから、ついついからかいたくなっちゃうんだよ」


 「っ⁉か、かわいいなんて。お兄ちゃん、ありがとう。でも、そのセリフは私にじゃなくて他の女の子に言ってあげないと駄目なんだよ?」


 「お、おう、わかった――――ところで、今日はなんの教科を手伝ってほしいんだ?」


 めぐみが手伝ってほしいものが学校の課題であることは、俺にはわかりきっていた。


 「えっと、数学なんだけど、大丈夫?」


 「ああ、俺に任せておけ」


 この時、めぐみは既に、数学の課題を手に持っていた。


 (きっと、俺ならば断らないと思っていたのだろう。まあ、かわいい妹の頼み事を断る兄なんてこの世に存在しないと思う。それって俺だけじゃないよな?)


 「ここのページ、私には全くわからなくて」


 「なるほど、二次関数か。これはこうやって、こっちはこうすれば答えが導き出せるはずだよ」


 「ホントだ。流石私の自慢のお兄ちゃん‼私でもちゃんとできたよ!」


 (私でもって、めぐみは自分のことを少し悲観的に考えているような気がする)


 「そうか、よかったな……」


 「ありがとう、お兄ちゃん!」


 (て、天使だ。妹という天使。妹の笑顔というものは、お兄ちゃんに対して抜群の効果を発揮するもの――――って思うのは俺だけか?)


 この時、俺はこの笑顔を守っていきたいと思った。


 俺の妹である、めぐみが喜んでくれるのなら、俺はどんなことでもするつもりだ。


 「おう。また何か困った時は、助けてやるから、俺にちゃんと言うんだぞ」


 「うん!わかった」


 こうして、めぐみの準備も無事に終了したのだった。


 「ところでお兄ちゃん?今日の晩ご飯なんだけど、お兄ちゃんは何食べたい?」


 「ああ、そのことなんだけれど――めぐみ、お前は休んでいろ。苦手な勉強を頑張ったから、疲れているだろ?だから、今日は俺が晩ご飯を作ってやるから……。めぐみは何が食べたい?」


 「お兄ちゃんいいの?それなら、お言葉に甘えて……、ええっと――――そうだ、久しぶりにお兄ちゃんお手製のハンバーグが食べたいな」


 「おう、任せておけ。俺が最高のお手製ハンバーグを作ってやるからな。――それじゃあ、ハンバーグの材料買ってくるから、少し待っていてくれ」


 「うん!なるべく早く帰ってきてね」


 俺はめぐみの言葉を聞いてから家を出る。


 そして、家を出てから少し歩いた頃、俺はひとつ思ったことがあった。


 「――俺たちが引っ越してからこっちに戻ってくるまで、10年もの年月が経っているのに家とかの建ち並びがあんまり変わっていないな」


 しかし、スーパーに到着した俺は一瞬でその異変に気がついたのだった。


 「っ⁉……マジか、10年でここまでスーパーは進化したのか。科学の進歩っていうのはすごいんだな。レジが全部セルフレジになっているよ」


 10年の間に自分が知っているスーパーの面影はほぼ無くなり、全くの別ものだったが、スーパーの名前は昔のまま「スーパー西元」だった。


 (なんでだろう?――俺、このスーパーの名前を見るだけで少し安心するんだよな)


 そして俺は、スーパーの入り口に貼ってある説明を読んでみた。


 「ええと。まず、入り口でこの店のポイントカードを受け取る。そして、普段通りに買い物をする。レジでポイントカードを先に入れてお会計をする。すると、ポイントカードの表面に合計ポイントが表示されているので、そのポイントを買い物で使用することもできます。って、これはポイントカードの説明じゃないか!――――一応、ポイントカードもらっておくか」


 俺は少し無駄に時間を使ってしまったので、急いで買い物を終え、家に帰った。


 「―――めぐみ、ただいまー」


 「あ、お兄ちゃんお帰り。少し遅かったね」


 「ああ、スーパーで色々残念なことがあったから」


 「色々残念なこと、ね……」


 俺に気を遣ったのか、なぜかめぐみはそれ以上何も言わなかった。


 「ああ、別に気にしないでいいからな――――あっ、ごめんめぐみ、お腹空いているよな?今から急いで作るからもう少しだけ待っていてくれ」


 「うん!私、楽しみにしているから。頑張ってお兄ちゃん!」


 そこでめぐみは笑顔で綺麗に敬礼をしていた。


 (ごめんめぐみ。正直、かわいかったです……)


 そんなことを考えながら俺はキッチンに向かい、そしてハンバーグを作り始める。


 そして、20分後。


 「――よし。めぐみ、晩ご飯できたぞー」


 俺はハンバーグのお皿やご飯、サラダなどをテーブルの上に運んで、それからめぐみを呼んだ。


 「すんすんすん、ハンバーグのいい匂いがする。おおお!お兄ちゃんの、お手製ハンバーグだぁ!いただきます。――ぱく」


 めぐみは部屋に入ってから速攻で椅子に座り、ハンバーグを一口食べる。


 「どうだ、めぐみ。ハンバーグ、美味しくできているか?」


 「う、ううう……」


 「ど、どうした⁉まずかったら無理して食べなくていいからな!」


 「お兄ちゃん。美味しすぎて涙出てきた……」


 「なんだ、それならよかった――でも、そんなに美味しかったのか?どれどれ俺も、いただきます。――ぱく」


 俺はめぐみの言うことが大袈裟な気がしてならなかったから、自分で作ったハンバーグを食べてみた。


 「なんだよ、これ。美味しいってレベルを超えているな」


 ――その時、俺はめぐみの言葉を理解する。


 確かに涙が出てくるほど美味しかった――言葉にできない美味しさとは、このことだろう。


 しかし、俺はここまで美味しい料理を作ったことはなかった。それと、あんまり料理を作ったこともなかったので、偶然だったらしい。


 そして、晩ご飯を食べ終えた俺とめぐみは、自分の部屋に戻った。


 「あ、そうだ。寝る前にダンボールの中身でも片付けちゃうか――」


 俺はダンボールに入っている自分の荷物を整理していく。


 そして、俺はその異変に気がついた。


 ――小豆色のその本は、いつの間にかそこにあった。景色に溶け込んでいた。


 そして、その一冊の本がこれからの物語を進めていく為の重要な存在であるなんてこの時の俺にはわかるはずがなかった。


 「―――ん?こんなところに、本なんか置いたっけか?――――なんだ、この本。こんな本、見覚えない――はず」


 俺には見覚えのない本だった。でも、なぜかその本を見たことがある気がした俺は、その本を開いてみた。


 しかし、そこには何も書かれていなかった――が、それでも、その本に不思議な感覚を感じた俺は、めぐみに聞いてみることにした。


 「どうしたの?――――あれ?お兄ちゃん、その本どこで見つけたの?」


 「めぐみ、この本を知っているのか?」


 「うん。ていうか、知っているもなにも、それを買ったのは私だから」


 「そ、そうなのか。でも、これには何も書かれていなかったぞ?」


 その後、俺はめぐみの言葉を聞いて恐怖を覚えた。


 「何言っているの、お兄ちゃん?ちゃんと書いてあるよ。『恋』について――――」


 ――この本には、何も書かれていなかったのではなく。俺にだけ、見えていなかったのであった。


 「っ⁉おい、嘘だろ。それ……」

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