ブレス工場

スノーだるま

ブレス工場


 二人の男が、とある廃棄場で働いていた。そこはいらなくなった赤ん坊の廃棄場だった。なので、行き場のない赤ん坊はここに送られて、処分されることとなっていた。


「それで」と、従業員324番が言った。小柄で痩せっぽちな男で、髪をポマードで撫でつけている。「ここでの仕事は分かったか、新人?」


「う、うん」と、509番が言った。坊主頭の男で、大柄の割にはおどおどしていて、吃りが酷かった。「赤ちゃんが来たら、ボタンを押す。一時間で、終わり」 


「そうとも。なんだ、最初は知恵遅れを雇ったって聞いたからどうなることかと思ったが、お前ちゃんとモノが分かるじゃないか」


「へへへ」と、509番が照れたように笑った。「おれ、赤ちゃんすき」


「そうか。そろそろ始業の時間だぞ。初仕事だ、気合を入れていけ」


 ガラスの向こうのベルトコンベヤーがゆっくりと動き出す。シャッターが開き、

暗闇の奥から赤ん坊の張り裂けるような泣き声が響き渡ってきた。


「今日は数が少ないからな。気楽にやっていいぞ」


 そうして流れて来たものを見て、509番は言った。

「赤ちゃん!」


「ボタンを押せ」と、324番は言った。手には鉛筆と、チェック表のようなものを持っている。


「うん!」

 元気よく509番が目の前に備え付けられた赤いボタンを押すと、元々は廃棄された車なんかに使われていたプレス機が作動して、最近になって与えられた新たな役割を立派に果たした。


「よし、今日もちゃんと動くな」と、324番は言った。「この前機械の隙間に赤ん坊の腕かなんかが絡まって、すっかり機械をダメにしちまってな。その日の処理は中止して、総出で掃除しなきゃならなかったんだ。こうしてまたきちんと動作するんだから、その甲斐もあったと言えるが」


「あ、ああ……」と、509番は奇妙は声を漏らした。「赤ちゃんが!」


「見事なまでにぺっしゃんこだな。それがどうかしたのか」


「赤ちゃん! 赤ちゃん! 壊れた! 壊れた!」

 509番はどうやら、パニック状態に陥ったらしかった。


「おい、落ち着け! 落ち着けったら! どうしちまったんだ、いったい……」


「赤ちゃん。赤ちゃん……」

 やがて少し落ち着いたのか、息を切らしながら席に座った509番は、肩を震わせてすすり泣き始めた。


「大丈夫かよ、デカブツ……いったいどうしたんだ……何も悪いことなんて起きてないぜ……話してごらんよ、どうしたんだ」

 その背中をさすってやりながら、324番が親身になって尋ねると、509番はぐずる子供のように話し始めた。

「だって……赤ちゃんが……」


「潰れちまっただけじゃねえか。そりゃあ、血はそれなりに飛んできたが、驚く

ようなことは何もなかっただろう?」


「だめ! 赤ちゃん壊れる、だめ!」 


「おいおい、ここに来る前にちゃんと説明を聞いてこなかったのか。ここでは何をするって?」


「聞いた。こ、ここでは、赤ちゃんをしゅ、祝福するって」


「何だって?」

「祝福!」


「祝福? ああ……それは、なんてこった……それはお前の聞き間違いだよ。ここは赤ん坊祝福bless工場じゃなくて、赤ん坊プレスpress工場なんだから。つまりここは、ここは赤ちゃんをぶっ潰す、お前風に言えば壊すところなのさ」


「なんで、なんで赤ちゃんを壊すの?」 


「それが俺たちの仕事だからだ」


「でも、赤ちゃん……とっても可愛いのに」


「そうかい? こうして潰れるのを毎日見てると、薄気味悪い肉の塊にしか見えないけどな。まあなんにせよ、俺たちにはまだ仕事が沢山残ってる。続けるぞ」


「だめ、だめ、だめ!」

 癇癪を起こすように509番は両手を振った。

「赤ちゃん壊す、だめ!」


「おいおい、じゃあどうするんだ。仕事を投げ出すのか? 見送りに来てたおっかさんをがっかりするだろうな」


「ママ、がっかりしない! 赤ちゃん壊す、ダメ!」


「いいや、がっかりするね。お前が仕事を投げ出したと知ったら、お前のおっかさんはがっかりする。おっかさんだけじゃない。みんなだ。みんながお前にがっかりするさ」


「がっかり、いや……でも、赤ちゃん……」


「あれは、人なんかじゃない。この前の法改正で、言葉を話せる年齢になるまでの赤ん坊は、はっきりとした自分の意思を持ってないから、ゆえに人間とは呼べず、殺処分するのは合法と決まったんだ」

 509番がいまいちピンとこないという顔をしているのを見て、324番はため息を洩らした。

「つまり、赤ちゃんは壊していい、いや、壊さなきゃダメってことだ。いらないからな。親には捨てられ、養護院も満床、里親の引き取り先も見つからないってなると、これはもう潰すしかなくなるのさ。そこらの犬か猫に食わせるわけにもいかないだろ」


「わ、分からない……赤ちゃん、壊しちゃダメ……」


「とにかく、仕事に戻るんだ。赤いボタンを押せ。さもなきゃ……ボスに言って、お前をクビにさせるぞ」


 509番は、殴られた犬がそうするみたいに、哀れっぽい鳴き声を洩らした。


「さあ、ボタンを押せ!」


 そしてとうとう、509番は情けなく泣きながら、再び赤いボタンに手を伸ばして、えいやと押すのであった。業務再開である。


 それからというもの、509番の口数は次第に少なくなっていき、ついには完全に黙り込んで、ぼうっとした目、顔で、自らも機械の一部に組み込まれた歯車かの如く、淡々とボタンを押すようになった。


 そんな彼の横で、324番は流れてくる不用品を眺めながら、チェック表に印をつけたり、時折509番に向かって感想を述べるのだった。


「ほら、見ろよ……お仲間が来たぜ……お前と同じ出来損ないさ……ここで一番多いのは、そういう奴らだ……腕が無い、足が無い、目が見えない、お前みたいに頭が悪い……どこかしら欠けてる奴らがここには沢山送られてくる……親の期待に添えなかったからな……親なら誰しも持ってる、アレさ……ビジョンとでも言おうか……子供が生まれる前の親は、かならず子供との明るい未来を夢に見る……一緒にキャッチボールをしたり、成長していく子供の姿に胸を打たれたり……そういう体験を味わいたくて、子供を作ったのに、蓋を開けてみれば、どうだ……普通、当たり前とかけ離れている……しかも望んでいたのとは、反対の方向に……」


 ふいに、324番は口笛を吹いた。彼が、不用品の身元ファイルに目を通していた時だった。

「こいつはえらい別嬪さんだな……この子も、大きくなったら美人になったろうに……廃棄理由は……離婚した元夫の顔に似ているから? へっ、そうかい……」


 すると、パネルの側に置かれた電話が鳴った。

「はい、こちらベイビープレス」

 と、324番はガムを噛みながら受話器を取って応じる。

「廃棄をご希望で? 歳はいくつ? え、なんだって? 84? そりゃあダメだ。お前さん、何を言ってるんだ。そんなことしたら人殺しになっちまう。ボケててもう面倒見れないなんて、アンタね……最後まできちんと面倒見るのが家族ってもんだろう……クソ、付き合ってらんねえや」

 324番は受話器を乱暴に叩きつけて、電話を切った。


「まったく……信じられねえな。人の命を何だと思ってるんだか。気に食わなかったらすぐ捨てるだの殺すだの言うんだから……」


 プレス機が振り下ろされ、また一つ、廃棄が終わる。それが淡々と繰り返される光景を見つめながら、324番は再び口を開いた。


「俺はな」と、彼は熱っぽく語った。「ここにいると、時々自分が偉くなったような気分になるよ……俺は元々裁判官になりたかった……他人の人生を左右する力が欲しかったんだ……だが、勉強するのが嫌でね……それでこの仕事についた……そして、望む力を手に入れたんだ……そうさ、俺は裁判官だ!」

 居ても立っても居られないとばかりに324番は509番を押し退け、代わりにボタンを押し始めた。

「お前は、出来損ないの罪で死刑! お前は、望まれてもいないのに生まれてきた罪で死刑! お前は、親の人生を邪魔した罪で死刑!」


 ガシャンガシャンと絶え間なく裁きの鉄槌が振り下ろされ、真っ赤な血がガラスにまで飛んできた。


「はあ……はあ……いけねえ、前もこうやって壊しちまったんだった……なあ、デカブツ。俺が今、こうして機械を乱暴に扱ったことは、秘密にしといてくれるか?」


「うん」と、509番は頷きもせずに言った。


「そうか。ありがとうな」

 324番は509番の背中を叩いた。

「お前とは今後も上手くやっていけそうな気がするよ。今日の業務はこれで終わりだ。また明日もよろしくな」


 次の日、509番はやってこなかった。彼は橋の上から身を投げたのだった。

 

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