再会

 別世界での、予想外の再会。観覧車は焦りつつ次の言葉を探します。しかしそうしている間にも少女は近づいてきて、何の躊躇いもなく支柱に手を触れ、観覧車を見上げたのです。



「やった! やっと会えた……!」


「やっと? えっ……」


「久しぶりだね。……やっぱりあなた、喋れるんだ……」



 墓場のような場所に似合わない、満面の笑みを浮かべる少女。


 観覧車は戸惑いました。人違いではないのでしょうか。自分は人間ではないのだから、自分に会いに来たり、探し求めたりする存在などあるはずがありません。元の世界で人間と会話をしたことも一度もないのです。この夢のような世界では、起きる出来事もやはり、夢みたいなものなのでしょうか?



 あまりに嬉しそうな少女の様子に一瞬言葉を失った観覧車でしたが、すぐ思い出したように言いました。

「あなた、迷子ですよね? 早く戻った方が良いですよ」



「戻るってどこに? せっかく会えたのに」


 少女はきょとんとした様子です。


「そんなことより私、あなたに会いたかったんだよ」



「ど、どうして?」


「何だかねぇ……あなたとは話せそうな……いや、話していた気がしたんだよ。……私だけかな」



 少女はまたまっすぐ観覧車と目を合わせました。

「私間違ってる?」



「……いいえ」


 観覧車はそう答えざるを得ませんでした。どうやら人違いでも勘違いでもないらしく、少女はまっすぐ自分に意識を向けているのです。



「知ってる? 私のこと」


「はい……」


「あなたに話しかけてたの、覚えてる?」


「最後の一言以外は独り言かと……」


「独り言じゃないんだけどなぁ。まぁいいや。もう一方通行じゃないね」


「はい……」


「良かったぁ。全部私の勘違いかと思ってた……」


 少女は胸をなで下ろすように言いました。


「これって夢かな。あなたとお喋りできる気がして、また会いたくて、願ったらお話できたっていう夢」




 これは少女の夢……彼女は夢の中で自分に会いに来ている……それもそうかもしれない、と観覧車は思いました。ならば別に無理に元の世界に帰そうとする必要もないのかもしれません。



「それにしてもあなたの声、綺麗ね」


「そ、そうですか?」


「うん。元の世界でも声はあったの?」


「元の世界で話したことはありません。声を出したのは今が初めてです。あなたと話すために」


「私と話すため、か。嬉しいな」




 それから少女と観覧車は何気ない会話を続けました。まるで前から言葉が通じていたように。気の合う友達だったように。


 そうしているうちに観覧車にとっても、人間と話しているという奇妙な状況への違和感などすっかり消えていたのでした。



 この長い夢は孤独な自分が生み出した幻想なのか、それともひょっとしたら、元の世界で自分が消滅する瞬間に見ている白昼夢なのか……。観覧車には本当のことは確かめようがありません。けれど思えば以前から、この少女の意識の流れは自分にも向けられていたのかもしれません。最後の時も、その前からも。


 正面からまっすぐ光を当てられるような想いに観覧車は慣れておらず、自分に意識を向ける人間もいるという事実から目を逸らし続けてきました。が、少女の想いに気づいた今、会話の真似事をしていたのが自分だけではなかったこと、相手も同じ気持ちだったことに、じわじわと喜びがこみ上げてくるのでした。


 すると意外なことに、この不確かな世界の中でも、少女との再会が夢や幻ではないように感じられたのです。自分は消えたわけではなく、表の世界で存在した頃の続きを歩んでいるのだ、とも。


 あたりの景色もいつの間にかハッキリとしています。まるであの頃に戻ったように。



 ここは時の流れも正確には感じられない、何も物差しのない世界。そしてそこに、あるのかないのか分からない存在が2つ。

 ここに流れる時間が確かなものであると観覧車が信じても、それを証明するものは何もありません。やはり実際には幻であるかもしれないのです。


 しかしいつ消えるのかも分からず佇んでいるだけだった観覧車が、再び観覧車としての感覚を取り戻せたこと……その事実の前にはもう他のことはどうだって良いような気さえするのでした。




 そんな楽しい一時を過ごしたあと。しばらくすると観覧車は少女に「元きた道を戻るように」と告げました。



「名残惜しいですがそろそろお別れです。きっと人間であるあなたには戻るべき場所があるのでしょう。人間がこんな寂しい場所に一人きりでいるべきではありません」

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