魅力考察

「どうせ魅力の高い広斗くんのことだから、さぞや大量のチョコレートを贈られるんだろうね」


 他愛もなく、尽きない会話の果てに、少し先に迫った国民的なイベントの話題になっていた。


『…まあ正直、嬉しいと言うよりは困るかな』


 スマホ越しに聞こえる声からは、確かにちょっと困ったよ、といった雰囲気を感じる。


「はぁ…スペックの高い人が彼氏になると自分の場違い感がものすごいんです」


 普段はあまり考えないようにしているけど、広斗くんはけっこうモテる。モテる要素がふんだんにちりばめられている。


『僕のスペックが高いとか、魅力がどうとか言うけどさ、凪海なみが思いつく僕がもてそうな要素をあげてみてくれる?』


「え、と、頭がいい、運動神経がいい、そこそこイケメン、清潔感がある、身長は…ふつうなのかな、気配りができる、後は、性格がいい…」


『で、それらの要素は数字に直して、例えばこの学校の男子と比べてどうなのかな?もちろん凪海の主観は抜きにして』


「頭は、成績順かな、えっとどのくらいだっけ?」


『二学期の期末は、男子122人中18番だったよ』


「う、運動神経は、えっとサッカー?」


『一応うちの部活の中では二年でレギュラーになったけど、ポジションによっても違いがあるから部活はあまり参考にならないね。長距離走とか、短距離走とかなら両方とも10位くらい』


「じゃ次は、なんだっけ」


『イケメンとやら、ちなみにさっき凪海はそこそこって言ってた』


「そ、そこは私の主観が入ってるから、私、別に面食いじゃないし…」


『僕の顔はお嫌いですか?』


「…だいすきです…」


『別にモデルになろうとか役者になろうとかいい顔が求められるような仕事に就く気もないんだから、凪海を見れる目が二つあって、凪海の声を聴ける耳があって、凪海に話しかける口があって、それから』


「ストップ!ストップ!わかりました容姿はもう結構です」


 照れる様子もなく何言ってんだ。こっちはそんなさりげない発言の度にデレるんだぞ、慎みたまえ。


『次は清潔感だっけ?僕らはさ、サッカー一試合でどんだけ汗かいて、どんだけ汚れると思う?』


「…そういうことじゃないと思うんですが」


『汗に差があると?』


「汗には差はないけど、何日もお風呂に入らなかったり、何日も同じ服を着たり、身だしなみも含め、人様に不快感を与えないことが清潔感だと思う」


『根本的な質問をしてもいいかな?』


「な、なにかな?」


『僕の評価って誰にしてもらう必要があるの?』


「…それは、周りが勝手にするものであって、あ、でも学校での評価、就職する時なんかは、今まで話してた部分って大事だよね?」


『で、僕は別に将来や就職の為にって明確な目標もなく生きてきた結果、今確認してみたところ、特段何かに秀でていなかったよね?総合的に数値化するとしても学校内で10位~20位くらいだと思うんだけど、それでもスペックが高いと思う?』


「そりゃあ、上位なんだろうなって思うケド…」


『もし僕のサッカー能力だけに評価を見出す人がいるとして、僕が大けがをして二度とサッカーができなくなったらどうなると思う?』


「…それ以外もあるから」


『じゃあ合わせて顔に大火傷をして、頭を打って物忘れがひどくなって、何日も入院するから体も洗えずに臭い僕はどうなんだろうね』


 そんなしたくもない想像をさせないでほしい。


「その人が何を求めているかによって変わると思う」


『凪海は?』


「へっ?」


『凪海は僕がそうなったらどうする?』


「どうするって、そばにいるよ?」


『なんで?』


「なんでって、そこに広斗くんがいるんだもん」


『僕が死んだら?』


「…仮定でもそんなこと言ってほしくないな」


『ごめん。でも聞きたくて』


「…それまでにたくさんの広斗くんを知って、記憶して、それを反芻して生きるかな」


『もうすでにさ、先ほどまで言ってた僕のスペックの高い部分なんて何も残っていませんけど?』


「…ホントだね…思い出は残るけど」想いも残る。


『でね、きっと僕がもし仮に、凪海が言うようなモテるって思う要素が全部無くなったらさ、誰ひとりチヤホヤする人なんて残らないと思うよ?』


「私は残ってるよ!」


『だからそれでいいんだよ。凪海はそう言ってくれる。だから、僕がモテるだの魅力がどうだの心配する必要はどこにもない』


 そうかな?そうなのかな?


「私は、自分に自信が無いからさ、考えないようにしてるけど、広斗くんに釣り合わないって思う事も多い。もちろん、広斗くんが言ってくれるように、広斗くんに何があっても側にいたい、いられるって覚悟はあるつもりだけど、心配は、心配なんだよ」


『そこも不思議なんだよな。その不必要で不当に低い自己評価ってなんなんだろうね?』


「だって、顔だってパッとしないし、背もちんちくりんだし、み、魅力的なカラダじゃないし…」


 言ってて恥ずかしくてたまらなくなる。


『さっきさ、僕の肉体が無くなっても想ってくれるって言ってなかったっけ?それとも僕が凪海のカラダ目当てで好きになったとでも?』


「ありえないね」


『僕は好きだけどね。でもね、頭でも顔でも容姿でも肉体でも名前でも家庭環境でも住んでる場所や趣味嗜好でも、確かにそれらは大事な構成要素だとしても、どれが欠けたとしても、僕は凪海が好きだし、想える自信がある』


 さりげなくなんてことを…。

 まあ、私も今の広斗くんから何が欠けても想える自信はある。

 でも、やはり聞いておくべきこともある。


「…それは、恋を無条件に楽しめる時期にいるからじゃなくて?」


 いわゆる脳内お花畑状態だ。バカップルの思考とも言う。


『…僕が今現在根拠も無く、恋に溺れて、先の事も考えずにのほほんとしていて、倦怠期になって考えを変えてしまうかも知れないと思ってる?』


 どんなに素晴らしい考えも行動しなくてはその考えは存在しないと同義。

 残念ながら、結果でしか評価できないんだよなぁ。

 もちろん、私的には、広斗くんが今の考えを変えてしまっても、ずっと一緒にいたいって思うし、離れるつもりもないが。


「変化はしょうがないと思ってる。だから好きでいてもらうための努力をしたいと思ってるよ。そういう意味では私の好きなところを具体的に挙げてもらえると嬉しいんだけどな」


 好きなとこは?

 全部!

 こんな問答では何を努力すればいいのか、わかんないもんね。


『一緒にいる努力は、そうだな大事だ。自分を高める以外にできる努力はお互いの居場所を守ることだと、僕も思うよ。でも凪海はそのままでいい。何も足さなくても何も変わらなくていい』


 そんなウイスキーみたいなこと言われても…。


「それは甘えに繋がるから、きちんと戒めるとこは戒めてほしいんだけど」


『僕のエゴを押し付けるつもりはないよ。何かをお願いすることはあるかもしれないけど。あ、そうな、まずは自分を一番好きになってほしいんだけど』


 そんな無茶な。


「自分を、一番?無理だよ…」それに一番は譲りたくない。


『だめ、僕が好きになった人だよ?その人を好きになってくれないと僕の価値観も否定される気がして嫌なんだけど』


「自己陶酔してるみたいで、難しいよ…」


『ゆっくりでいいよ。でも、凪海の自己評価を聞かされる度に、おいちょっと待て、僕の凪海をバカにすんな!って憤慨してるってことは覚えててな』


 僕の凪海、ってものすごい破壊力だな。頭がくらくらする。


「ぜ、善処します。どうも、広斗くんの中にいる私と、実際の私の差が大きすぎる気もするけどさ」


『それは普通のことだよ。それに僕の中にいる凪海が理想の凪海ってわけじゃない。本物、って言い方はおかしいか、凪海は凪海を知覚する全ての人の中にいるんだ。オリジナルの情報を一番多く反映してるとはまだ言えないけど、最新の情報は僕が一番よく知ってるかも』


「知られるのが、怖いような、嬉しいような…」


『でも凪海もそうでしょ?凪海の中にいる僕は、果たしてどのくらい僕なんだろうね』クスクスと笑う。


「私たちは、本当の意味で相手を知っていないし、理解できていない?」


『例えば、がっかりするって感情があるよね?あれはどうしてそうなると思う?』


 食品サンプルと悪い意味で違うケーキが出てきたときの感情が浮かぶ。


「思っていたのと違うから?」


『そう。自分の中にある予測と現実の差異がマイナスに傾いた時の感情だよね。例えば僕が凪海に質問されたとして、凪海は回答を予測する。結果、僕の回答が凪海の期待を裏切っていたら?』


「落胆、ていうのとは違うかな?なるほど、とか、そっちか~って思うかも知れないけど、がっかりはしないかな?」


『それは期待をしていないってこと?』


「違うよ。広斗くんの出した答えや考えならどんなものでも尊重したいから」


『それって他の人だったらどう?友達や親御さんに勉強しろって言われるのと、僕が言うのとでは何か違う?』


「…広斗くんに言われたら素直に、「はい」って言えるけど、他は反発しちゃうかも」


『それが尊重するってことで、相手を良く知りたいってことなんだと思うよ?もちろん、いつもいつも反発する訳じゃないでしょ?その時の感情によってもなんでわかってくれないの?っていう気持ちが先に立って、相手の意見を尊重できなくなっちゃう。それは仕方がない』


「好きな人は尊重できる人ってことかな」


『尊重したい人、とも言えるかもね。自分の中にいる理想像通りになってほしくて注意する人と、相手の本体を理想と感じ自分の中の相手を修正する。そして、その尊重具合が信頼感と比例するんだ』


「…あらためて思うんだけどさ、広斗くんの思考ってどうなってるの?どっかに台本でもあるの?」


『無いよそんなの』


「それに話の広がり方もすごいけど、もっとすごいのは一つ一つの疑問に自分なりの答えを見つけていること」


『う~ん、一時さ、ちょっと家庭の事情でごたごたがあって、人間関係やら信頼関係やらをたくさん考えたことがあったんだよ。それこそ、死んだらどうなるのかとか、人はどれくらい相手と理解しあえるのかとかさ。でも誰かの言葉や答えって、全部が全部納得できるわけでもなくてさ、だったらいっそ、全部自分で自分なりの答えを出しておけばいいやって、ホントいろんなこと考えて答えを出したんだ』


 家庭の事情か…。踏み込むべきか否か。


「…でも、そんなきっかけがあったから今の広斗くんは存在しているんだよね」


『そうそう。今に至る道のりは全部糧になったと思わなきゃ、過去の自分に申し訳ないからな』


 すごいな。私は自分のこれまでを全部肯定することができるほど懸命に生きて来ただろうか。


「広斗くんと話してると、すごいなって気持ちと、やっぱり自己嫌悪っていうか、差を感じてしまうよ」


『う~ん、それについてはどんな慰めを言ってもだめなんだろうな…』


 困ったような広斗くんの声。ごめん、気を遣わせてしまった。


『…ならさ、とっておきの話があるんだけど聞いてくれる?』


「なあに?」


『これから話す内容は、はっきり言って正しいとも間違っているとも誰も証明できない。妄想か、創作か、ひょっとしたら真実かも知れない』


「う、うん」


『とある場所に、貧しい農家があったんだ。両親と少年の三人暮らしでさ冬になると隙間風が寒くてさ、三人で身を寄せ合って寝てた。毛皮は暖かいけど匂いもきつくてね。でも、不幸だとは感じなかった。いつも腹ペコだったけど、当たり前の毎日だったからね、それが普通のことだった』


『集落を治めている地主さんは、その時代にしてはまともな方だったと思う。年貢の取り立てを待ってくれることもあったし、不作の時は蔵から食べ物を分けてくれたりもした。そんな地主さんの家には、少年と同じ頃の女の子がいて、それまでも顔を見ることはあったんだけど、十歳を過ぎたお祭りの時に二人は恋に落ちた』


『一応身分差もあるからね、川への水汲みや森への木の実取り、二人は工夫をこらして少ない時間を共有した。不思議だったのは、最初の頃こそ木に傷をつけたり、石の置き方なんかで会う時間や場所を決めていたのに、いつしか、お互いがなんとなく相手の居場所をわかるようになっていた』


『二人にしてみれば、それは不思議と感じる余地も無く、本当にあたりまえのことだったんだ。二人は運命や信頼や恋愛なんて知識も無かったからね。惹かれあうのは自然なことだと疑いもしなかった。だからこそ地主の娘に祝言の話なんてのも、想像すらしていなかった』


『相手は隣村の大地主の三男坊とやら、見たことも聞いたこともない男。いくら学が無い二人でも、今後の展開はさすがに想像できる年齢になっていた。そして二人がこっそりと続けていた逢瀬はついに見つかり、彼女は幽閉された』


『それと同時に、少年の両親は罪に問われ、弁解の余地もなく死罪となった。少年は隙をみて逃げ出したが、自分の行動が引き起こした現実を恐れ、怒り、呪った』


『祝言の日、村から隣村までの道、花嫁の行列に少年は襲いかかる。だが襲撃を想定していた村の男衆たちによって、花嫁の目の前でむごたらしく命を刈られた。それでも、少年が最後に見たものは、ずっと想い続けた女の子で、その花嫁衣装は、とても似合っていて、僕なんかの血で汚れてしまってすまない。だからそんなに泣かないで。そんな風に思いながら短い一生を終えた』


『ところが、終わってなかった。気付けば赤ん坊になっていた。混乱するけど話せないし動けない。でも脳もまだ産まれたてでうまく思考できない。いつしか普通に、少しだけ聡明な子供ってことで成長したんだ。でも、成長と共に以前の記憶は薄れ、でも断片的な想いはより強くなり、何かが足りない、誰かを求める、そんなむずがゆさを抱えながら懸命に生きた』


『高校生になった。入学式の日、そこで出会った女の子を見た瞬間に恋に落ちた。そりゃそうだ。誰よりも渇望した人物だ。思い続けた年月は、前回から今までの時間とも言えるのだから』


『彼らは好き合って交際を始めた。彼女は言うんだ「なぜ私を好きになったの?」って。だから答えた「一目ぼれだよ」って。そして彼女も同じだった。けどやっぱり腑に落ちないみたいだ。だから僕は伝えるんだ、君は忘れてしまったかも知れないけど、僕らの出会いが必然だった証を、その前世の物語を』


『おしまい。面白かった?』


「………ねえ、創作だよね?」


『言っただろ?それを証明する手段はないんだ。それに、もし僕らにそんなドラマがあったとすれば、生涯を想い続けるなんてたやすいと思わない?』


 仮にそんな事実があったのだとしても、それは私たちじゃない。

 でも世の中には多くの不思議がある。

 彼にこんなにも魅力を感じる要因が、私たちの悠久からの積み重ねにあるとするならば、ほんとだね。今生を想い続けるなんてたやすいことだね。


「今度はあなたに嫁がせてね」


『そのために生まれてきた』


 

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