第18話 はじまりは偽りの優しさから -04- side アラン

「やっちまった……」


 俺は一人、騎士訓練場でひたすら剣を振るっていた。


 邪念を振り払うかのように、ただひたすら。


 誰かに相手をしてもらおうと思っていたのに、今日に限って誰も来ない。


「みんなサボりかよ、ふざけんなっ」


 次の訓練はキツいメニューを組んでやる。俺はその怒りも上乗せして、ただひたすら剣を振り続けた。


 ただそんな状況の中、一人だけ空気の読まないやつが忍足で近づいてくる。はっきり言ってばればれだ。


 ソフィアの感情と同じぐらいに、俺にちょっかいをかけようとしている気配がダダ漏れだった。


「アラン、隙あり!!」


 もちろん今の俺に隙など一切ない。見事に返り討ちにしてやった。


「邪魔すんな、ウィル」


 この国の第一王子は暇なのか、と愚痴の一つでも言ってやりたい。けれど、ここに来たのも仕事だから、余計に腹が立つ。


 だから、手を差し伸べるなんてするわけがない。


 俺がウィルを無視して、再び剣を振り始める。ただひたすら。


 なのに、やっぱりちょっかいをかけてくるウィルは空気を読まない。

 それどころか今度は口撃を仕掛けてくる。


「昨日、仲良く手を繋いで帰ってきたらしいじゃん? なのに、どうしてそんなに苛立ってるの?」


 自分の足で立ち上がったウィルは、服についた砂埃をその手で払っている。それを俺は一瞥はするが、剣を振る手はやめない。


「苛立ってなんかいねえよ」

「いやいやいや、どう考えてもそれはないでしょ。みんな怖くてここに入ってこれなくて、外で別メニューを始めちゃってるんだから」


 別メニュー? やっぱり逃げやがったか。


「今日、ソフィアは仕事休みだって」

「知ってる」


 ウィルの質問に、俺は剣を振りながら淡々と答える。そんなこと言われなくても、もちろん知っているし。


「デートにでも誘えば?」

「別用がある」


 淡々と、


「じゃあ、僕が誘っちゃおうかな?」


 その瞬間、知らぬうちにウィルの顔に剣先が向いてしまった。その距離わずか数センチ。


 ま、よくあることだ。


「あの、一応僕はこの国の王子なんですけど」

「知ってる。けれど、俺に向かってくるウィルはウィルだ」


 俺とウィルには国王公認の約束事がある。


 俺は、ウィル王子からの決闘をウィルとして、いつでも迎え入れること。


 ウィルが俺に勝てるまで、公の場や必要と思われる場所を除いては、ウィル王子ではなく、ウィルと呼ぶこと。


 そのかわり、ウィルは王子という力をして、王城の騎士団は貴族のしがらみなど一切ない、完全実力制の組織にすると誓ってくれた。


 だから、俺はその約束を受け入れた。


「それと同じことを、ソフィアに言ってあげればいいのに」


 ウィルの言いたいことはわかる。俺はなんとなく気付いてしまった。


 ソフィアが自分が聖女であるということを誰にも言えないで、罪の意識に苛まれているだろうことに。


 ソフィアは聖女だけど、ソフィアはソフィアだという一言を言ってあげられたら、どれほどの笑顔を俺に向けてくれるのだろうか。


「お前がそれを言うか?」

「口止めしてるのは僕たちだからね。別に最初は囮って気付かれないように優しくしろって言ったけど、好きになってもいいと思うよ? 僕は応援するよ。で、何があったの?」


 愛しい人を見るかのようなソフィアの笑顔に、胸が締め付けられた。それが、他の男に向けられたものだと気付いてしまった。

 それでも


 そんなソフィアを、愛しいと思った……


 そんなことは、決して


「言えねえ……」


 ちくしょう、俺とあいつがいくつ離れてると思ってるんだ? しかも相手は聖女だ。護衛対象者だ。



 そして、今は、囮なんだから。



 けれど、いくら限りなく白に近いグレーであっても、もう俺の中では、白にしか思えなかった。それも、汚れのない白。純白だ。


 あんなに純心無垢な笑顔は見たことない。裏表が当たり前のこの世の中、あれほど感情がダダ漏れなやつが、敵が紛れ込ませた間諜であるわけがない。


 って、ミイラ取りがミイラになってどうするんだ。あれが全て演技だったら……


 ……なわけないことくらい俺が一番わかってるから厄介だ。


 ちょっとしたことで一喜一憂して、あんなに感情がダダ漏れで、それでいて、こんな俺にも愚直なほどに付いてくる。それこそ赤ん坊や子犬のように。


 なんでもしてあげたい衝動に駆られた。

 汚れの知らない白色を、俺が俺の好きなように染めてやりたい。嫌がっても、力づくでも、俺がソフィアの全てを手に入れたい。


 もし、万が一、ソフィアが敵だと判明したら、俺の手で殺してやる、そう思ってしまった。できねえくせに。


 って、俺はもう重症だ。


 俺は頭を振って、煩悩を振り払う。そして、再びひたすら剣を振る。


「今日はどうするの?」

「知ってるんだろ? エリーと会う」


 再び俺は剣を振りながら淡々と答える


「そっか、エリーによろしくね。僕も一度会ってみたいな」

「エリー、この仕事を終えたら、良いとこのご令嬢の侍女になるって」


 淡々と、


「へえ〜、よかったね。どこの?」

「ラフィム公爵家」


 俺は仕返しとばかりに、ウィルを見てにやりと笑ってやった。


 ラフィム公爵家、それは、ウィルの想い人がいる家だから。ウィルが俺に約束事を提示してきた要因の一つだ。


 ウィルの想い人が俺に惚れていると思っているから。んなわけあるはずないのに。


 けれど、俺は絶対に言わない。俺を倒せるくらいじゃないと、好きな女も守れないから。


 エリーのように、辛い思いはさせたくないから。


「じゃあ、やっぱりエリーに会っておかなくちゃ」

「なら、俺を倒してから行け」


 もちろん、ウィルに俺が負けるわけがない。地面に膝をついたウィルに手を差し伸べることもない。



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