第8話 再会、そして下僕になる -02-

 再び、孤児院で起きたあの日の出来事を話す時が来た。


 少しでもリラックスできるように、との計らいで、私が与えられている部屋で聴取を受けることになった。


 あの日、何を見たのか。

 孤児院には、何人で住んでいたのか。

 誰で、どんな人で、何歳か。

 出入りをしている人はいたのか。


 そして、


 聖女がいるという噂があるが、本当か。


 他にも時間の許す限りたくさんの質問をされた。


 思い出すだけで辛い出来事もあった。けれど、今度は思いのほか落ち着いて話すことができた気がする。


 それはきっと、ラベンダーの香りに包まれていたから。


 私は質問には答えたけれど、全てのことは話せてはいない。けれど、深くは聞かないでいてくれた。


 質問が終わり、最後に目の前のその人は、いきなり私に願い出た。


「突然ですが、ソフィア、君と僕は同い年なので、ぜひお友達になってくれませんか?」

「え? あ、はい。私なんかで良ければ」


 きっと、社交辞令なんだろうな、本当にここにいる人たちはみんな優しい人たちだから。


 でも、どうして私なんかにこんなに優しくしてくれるのだろうか。


 初めて会った時からとても優しかった。私の身体のこともとても気を遣ってくれて。


 だからこそ、社交辞令だ思ったのだけれど。後から聞いたら、私だけがそう思っていたらしい。


 そして、みんなが部屋を出て行った。


 この部屋には、いつも通り、私とアンジュさんの二人だけになった。


「アンジュさん、この香りって?」

「ああ、お気付きになられました? ラベンダーの香りですよ。ソフィア様にぜひに、と」

「私に?」

「はい。ソフィア様があまり眠れていないと聞いたようで、持ってきてくださったんです。ラベンダーの香りにはリラックスや安眠の効果があるんですって」


 もしかして……


 すぐに私は、あの時の騎士様を思い出した。


 私に「生きろ」と言ってくれた、名前も顔も知らないあの騎士様のことを。


 会いたい、会ってお礼が言いたい。


 そんなことを、思ってしまった。だって、会える時に言わないと、会えなくなってからでは、もう遅いから……


 そんな私を見て、アンジュさんが嬉しそうに笑う。


「ふふふ」

「どうしましたか?」

「ソフィア様、このラベンダーのポプリをくれた人に会いたいと思いませんでしたか? さらに言えば、会ってお礼が言いたいって」

「えっ!?」


 私の思考がダダ漏れだったことに、私は驚きの声をあげる。


「ふふ、ソフィア様、分かりやすいですね。これは王城に勤める騎士の方からいただいたものですよ。その方も同じラベンダーのポプリをお守り袋に入れて鎧に付けているそうです」


 やっぱり、と私は思った。


 忘れるわけがないこの香り。今も私を優しく包み込むように癒してくれている。


 この香りと一緒にあの大きな体躯を思い出してしまい、私は思わず両手で顔を覆ってしまった。


 この思考もアンジュさんにダダ漏れているのではないかと思うと、恥ずかしくて堪らなかった。


 騎士様たちの間では、大切なものを鎧につけたお守り袋の中に入れるのが流行っているらしい、とアンジュさんが教えてくれた。


 この香りは、あの騎士様の大切な香りなんだなと思ったら、さらに特別なものに感じて、トクンと胸が高鳴った。


「ただ、騎士の訓練中には絶対に会わない方がいいかもしれません。見るのもいけません。なんなら、騎士の恰好をしている時に会うことは避けましょう」

「ふふ、それじゃ、騎士様にお礼を言う機会なんてないじゃないですか?」


 思わぬアンジュさんの言葉に、私は笑ってしまった。


 意地悪で言っているわけでなく、タイミングがとても重要なのだと、アンジュさんが力説してくれた。


 手紙でも書こうかな、とも思ったけれど、私はまだうまく文字が読み書きできない。それに、そこまでの勇気はまだなかった。


「それよりも!! ソフィア様、先ほどお友達になってほしいと言われた方、めちゃくちゃかっこ良かったでしょう?」

「は、はい」


 アンジュさんの突然のテンションの上がり具合に、私は気圧された。


 確かに、さらさらの金糸のような美しい髪に、光り輝く宝石のような金色の瞳。


 見目麗しいとは、きっとあの人のような方を指す言葉なのだろうな、と思ったほどの美貌の持ち主だった。


 きっと、たくさんの方にお慕いされているのだろうな、と思う。


 私とは天と地ほどの差が歴然で、お慕いすること自体がおこがましいとさえ思えた。


「やっぱり、ソフィア様はお気付きになられていなかったんですね」


 はあっとため息をつくアンジュさんは、やはりいつもと様子が違う。


 だからと言って、あの時の騎士様ではないことくらい、私にだって分かっていた。


 でも、ほかに思い当たる人などいない。


 いかにも聞いて欲しそうな態度のアンジュさんに、私は思い切って尋ねてみた。


「どなた、ですか?」

「ふっふっふ、この国の第一王子、ウィル王子ですよ!」


 アンジュさんはドヤッと私に自慢するように言った。やはりアンジュさんはいつもとテンションがおかしい。


 けれど、私はおかしいと思うよりも


「え、えぇぇっ!?」


 驚きが勝った。


「王子様って、王子様、ですよね?」


 驚きすぎて、言葉がうまく出てこない。当たり前のことを聞き返してしまう。


「はい、この国の王子様です。とても格好良いですよね。とても人気なんですよ」

「……はい」

「でも、好きになってはいけませんからね」

「そんな、好きになるだなんて、滅相もない」


 私は勢いよく首を左右に振った。本来なら、同じ空間にいることも、何なら同じ空気を吸うことだって恐れ多い存在の人だ。


「意地悪で言っているわけではないですからね。ウィル王子には暗黙の了解の想い人がいらっしゃいますから、好きになってしまったら、ソフィア様が傷つくだけです。それに……」

「それに?」

「……いえ。でも、そう言えば、ソフィア様は、助けてくれた騎士様のことは覚えていらっしゃるんですよね? 大丈夫でしたか?」

「えっ?」


 突然アンジュさんに大丈夫かと聞かれ、私はどうしてそんなことを聞くのだろうか、疑問に思ってしまった。


「だって、現場でお会いになられたのなら、騎士の恰好をしていらっしゃる時ですよね?」

「はい。たぶん。……実は、あの時は良く見えていなかったんです。私は暗い中にずっといて、突然光が差し込んで、目を開けても、ぼやけてしまっていて」


 私の瞳に映ったのはあの緋色だけ。


「声とか、あ、罵声とか浴びせられませんでしたか?」

「罵声? 激励じゃなくてですか? あの時、私のことを励ましてくれました」


 “俺のために”生きろって。


 その言葉を思い出し、私の顔は赤く染まる。


「は、励ます!? そんなことがあり得るんですか!?」


 どうしてか、アンジュさんがとても驚いていた。そしてなぜか、じろじろと私は見られている。


「確かに、ソフィア様はとても可愛いから。ははーん、そういうことなのね。通りで色々と、ふふふ」

「アンジュさん?」


 不敵な笑みを浮かべるアンジュさんに、私は戸惑ってしまう。それに、


「……私は可愛くないです」

「ソフィア様、ご自分を卑下してはいけませんよ。まあ、欲を言えば、もっともっとお太りになられた方が魅力的になると思いますけどね。そうと決まれば、たくさん美味しいものを強請りましょうね!」


 強請ると意気込むアンジュさんに押され、私はこくりと頷くだけで精いっぱいだった。




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