第71話 夏合宿(1日目-2)
フロントに出ると、月島が釣竿レンタルの手続きをしていた。
「月島ー。俺も釣りするわ」
「櫻木さんもですか。あれ、そんな釣り好きでしたっけ?」
「いや、ほぼ初めて。レンタル代2人分出すから、コーチしてくれん?」
「いいっすよ。すいません、このセット2人分にしてもらっていいですか」
「かしこまりました」
釣竿とエサのセットを月島に受け取ってもらって、釣りスポットを探す。
海に向かって突き出るちょうどいい桟橋があり、そこに腰を据えることにした。
エサの付け方やリールの巻き方の説明を受けて、釣り糸を垂らしてみる。
しばらくすると、くいくいっ、と竿の先端がしなった。
「櫻木さん、ヒットしてます」
「マジ?」
教わった通りにリールを巻くと、海面から1匹魚が顔を出した。
「アジですね。やったじゃないすか」
「おー、これ焼いたら食えるかな」
「そんな大きくないんで開きにできるかは怪しいですけど、普通に塩焼きにはできるかもですね」
「やば、酒飲みたくなってきた」
「後の楽しみに取っときましょう。今日、大漁な予感がします」
月島の予感は的中し、アジ以外にもチャリコやカワハギなどがどんどんヒットした。
正直焼き切れるか不安になるくらいで、網のキャパもあるので一旦美濃さんに相談する。
「もしもし、今大丈夫ですか」
『どした』
「ビデオにします」
『ほい』
バケツの中の釣れた魚をカメラに写す。
スマホのスピーカーから、美濃さん以外の声もちょくちょく聞こえてきた。
「これ、BBQで焼けますかね」
『けっこうあるけど、網足りるかな。
『いけんじゃない? 捌ける奴いる?』
『月島、捌ける?』
「はーい、いけまーす。包丁とまな板ありますか?」
『あるよー。野菜用の片方貸すわ』
「ありがとうございまーす」
『じゃ、ちょっと早めに公園来てくれる?』
「了解です。失礼します」
『ういーす』
海の幸BBQ、楽しみだ。
真奈美に、釣れた魚の写真を「BBQ、楽しみにしとけ」の文を添えて送る。
喜びのスタンプが返ってくるとばかり思っていたのだが、いじけているカバのスタンプと共に、「誘えや」と言われてしまった。
BBQが始まると、釣ったこともあって俺と月島が魚焼き係に任命された。
まあ、俺は焦げ付かないように見守るだけで、作業のほとんどは月島任せなのだが。
強めに塩を振って焼いたアジやチャリコ、はハイボールによく合い、バターと一緒にアルミホイルの包み焼きにしたカワハギは煮付けとはまた違った味わいで、こちらはビールと一緒に頂いた。
主役の肉ももちろんのこと絶品で、塊肉のステーキはカットされた側から箸が伸ばされていた。
皆の腹もだいぶ満たされて、日もほぼ落ちて辺りがライトで照らされ始めたのを合図に、BBQは解散となる。
片付けもスムーズに進み、大満足の合宿初日となった。
高校の修学旅行のように班で風呂の時間が決められているとかはないので、お腹が落ち着くまでは部屋でダラダラと過ごすことにした。
2階は男子立ち入り禁止なので、真奈美の部屋に遊びに行くわけにはいかない。
こっちに呼んでもいいのだが、月島の立場がなくなるのでそれもナシ。
真奈美も吸いに来てくれていたらいいな、なんて思いながらタバコとライターを手に取り、喫煙ルームに向かう。
「あ」
「おっ」
いた。
口元が思わずニヤケそうになるのを抑えて、真奈美の隣に座る。
「ここ、ベンチあっていいよね」
「だな。座って吸えるのはめっちゃいい」
「はい、火」
「ん」
外から覗かれているかもしれないという考えは一切持たず、真奈美のタバコから火をもらう。
「慎吾の釣った魚、美味しかったよ」
「サンキュ。月島のおかげだよ」
「月島くん、釣り好きだもんね。けど、なんでまた慎吾が釣りなんて」
「んー……なんとなく。いい加減、いっつもつるんでる和泉以外の後輩とも仲良くなりたいなって」
「へえ。で、どうだった?」
「夏休みの最後の方か来月の連休で、また行きたいなって感じにはなった」
「良かったじゃん。今度は私も誘ってね?」
「月島がいいって言ったらな」
「いいって言わせてやるし」
「がんばれ」
「いや、慎吾からも言ってよ」
「わかった、わかった」
釣った魚を真奈美に料理してもらうのも、なかなかいいかもしれない。
青魚、たくさん釣ってやろうか。
なんて想像を膨らませていると、真奈美が俺の肩に頭を乗せてきた。
「どした?」
「今日から一緒に寝られないから、今のうちに慎吾を感じておこうかなって」
「じゃ、俺も」
真奈美の右手に、俺の左手を重ねる。
真奈美が右手をひっくり返して、俺の手に指を絡めてきた。
「頑張ろうね」
「お互いにな」
俺たちは、エール交換のキスをした。
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