第60話 Red Hot
「お待たせ〜」
設定温度が普段より2℃下げられ、女子組はむしろ寒いんじゃないかと思うほどの冷気に包まれた真奈美の部屋。
真奈美の席から時計回りに、和泉、広橋、バッシー、三尋木、俺という男女交互になって卓を囲む。
そこに運ばれてきたのは、血の池地獄にも引けを取らないほど真っ赤に煮えたぎった鍋だった。
卓上ガスコンロに点火し、鍋が冷めない程度になるよう火加減を調節する。
真奈美が全員分の取り皿によそい終わったところで、宴が始まる。
「「「「「「いただきます」」」」」」
見た目ほどは辛くなく、旨味が凝縮されたキムチ鍋。
出汁をたっぷり吸った白菜やネギといった野菜類、キムチと相性抜群の豚バラ、そして旬の岩牡蠣。
箸が止まらない。
「真奈美」
「ん?」
「最高」
「でしょ」
夏の鍋、ありかもしれない。
取り皿を空にした俺は、ふつふつと音を立てる鍋から2杯目をよそった。
「ほんとに真奈美ちゃん、料理上手だよね」
「うんうん、櫻木さんもそりゃ離れらんないわけだ」
「ありがとう。辛くない?」
「辛いけど、全然イケる」
「うん。これくらいなら」
「そっか。男子組も辛いなら言ってね」
「全然平気」
「俺も」
鍋のかさは、驚くべきスピードで減少をしていく。
大きめの鍋とはいえ、6人でつつけば流石に減るのも早い。
「真奈美、おかわりある?」
「当然。私もまだいけるし」
「助かる。何か手伝えることある?」
「大丈夫。さっき野菜とかお肉は切っちゃってたし」
「じゃ、いつも通りで」
「うん、お願い」
鍋の中身を空にするため、残った具材を全て誰かの取り皿に移す。
支度のために真奈美がキッチンに入ると、他の4人がしげしげとこちらを見てくる。
「なんだよ」
「『いつも通り』って、なんすか」
「俺が最後の洗い物担当ってだけ」
「なるほど」
「いつも作ってもらってるんですね」
「バイトの日以外だよ」
「週5じゃないですか」
「……確かに」
「はい、お待たせ。まだ煮えてないから、しばらくこのままね」
危うく俺らのプライベートが掘り起こされかけたところで、真奈美が次弾を装填してくれた。
コンロの火を少し火を強めると、真奈美が袖を引っ張ってきた。
「行こ」
「ああ、おっけ。ベランダね」
「ベランダ?」
俺がタバコを吸うジェスチャーをすると、広橋は納得がいったらしい。
「俺も行ってきていい?」
「はい。どうぞ」
彼女の了解を得て、バッシーがベランダ組に加わった。
ベランダに出ると、それぞれが自分の箱を取り出す。
「バッシーはさ、タバコ辞めないの?」
「いやー……減らしてはいるんだよな」
「文のため?」
「そう。文は『好きに吸っていいですよ』って言うんだけどさ、やっぱ俺だけってのは、ちょっと」
「早いうちがいいよ、辞めるなら」
「そうそう。まだ引き返せる」
「何の説得力もないアドバイスをどうも」
「なにを、俺だって辞めようと思えば辞められるぞ」
「そうそう、私だって。あ、慎吾、火」
「ん」
「……いつも、それやってんのか?」
「……あ」
「ごめん、つい」
「……吸いにこなきゃよかった」
「まあまあ。どうぞどうぞ」
「シガーキス見せられてから貰うライターの火、なんともオツだなあ」
「そうだね」
「確かに」
「皮肉って知ってるか?」
鍋の辛さでかいた汗を、熱帯夜の温い風が撫でる。
その風に乗って、煙が3本立ち上っていた。
喫煙組の3人を見送り、火の番を任された私たち。
剛さんにタバコを辞めてほしいとは思っていないし、全然吸いに行ってくれて構わない。
デートに連れ出した時も全然吸わなかったし、さっきも私に聞いてくれたし、気遣いをされているのはわかっている。
ただ、今日ばかりは、剛さんを行かせたことを後悔した。
「はい、大輔、あーん」
「ちょっ、歩……あむっ」
なんで、目の前でイチャイチャされなきゃいかんのだ。
私の存在、忘れてる?
「三尋木がいるんだぞ」
「知ってる」
覚えててもらってどうも。
なおさらタチ悪いな、この2人。
「文ちゃんを焚き付けるためにやってるんだもん」
「……は?」
「石橋さんにも、同じことすればいいんだよ」
「今のを? 他人の前で? 馬鹿じゃないの?」
「大輔ー、文ちゃんが私のこと馬鹿って言ったぁ」
「自業自得だろ」
そうは言いつつも、和泉くんは歩ちゃんを抱き止め、頭を撫でている。
歩ちゃんは嬉しそうに目を細めているし、和泉くんは慈愛のこもった目で歩ちゃんを見つめている。
どうしてバカップルというのは、他人の前でこういう行為をすることに抵抗がないのだろうか。
「いつかわかるよ、文ちゃんにも」
私の思考を読むんじゃない。
剛さん、はやく戻ってきてください。
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