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Nora
01話.[いいから食べろ]
「起きろっ」
何度呼びかけても起きないから叩き起こすことにした。
慌てて顔を上げたその対象はなにが起こったのかをすぐには理解できなかったらしく、きょろきょろとしつつ「な、なに!?」と驚いていた。
「いま何時だと思っているんだ?」
「って、たっちゃんが叩いてきたのか、……もっと優しく起こしてよ」
「帰るぞ、このまま残ると日が暮れるぞ、暗いのは苦手だろ」
「あ、ちょっと待ってっ、まだ帰る準備がっ」
廊下で待っていたら「意地悪」と何故か怒られてしまった。
いままで待っていてやっただけでも感謝してもらいたいものだというのが正直な感想。
が、それとは違って帰路に就いている最中はとにかく楽しそうだった。
「たっちゃん、起こしてくれてありがとね」
「起こさないと警備員の人に迷惑をかけるからな」
「そ、そこまでは寝ないよ、それじゃあね」
彼女、大田
俺的にはあんまり似合っていないと思っている長い髪を揺らしつつ歩くそんな彼女の後ろ姿をずっと見ていてもしょうがないからこちらも帰ることに。
「ただいま」
「おかえりっ」
元気な妹の頭を撫でてから部屋へ直行。
制服のままベッドに寝転んで昼寝をしようかとも考えたが、課題のことを思い出して先にやってしまうことにした。
「お兄ちゃんっ」
「おう、どうした?」
「お水がこぼれちゃったっ」
拭けばいいのにとは思いつつ1階へ。
まあ特になんともない、机の上で水を零してしまったというだけだ。
「雑巾とかで拭けばいいんだよ」
「そっかっ」
「冷静に対応できるようにならないとな、そうしないと立派なお姉さんになれないぞ?」
少なくとも桃菜みたいになってほしくない。
だからいまからある程度はしっかりさせておく必要がある。
もっとも、頻繁に寝ている以外はそんなに悪い人間でもないんだけど。
「え、やだっ、というかもう立派なお姉さんだもん!」
「はは、そうか、じゃあ残りは立派なお姉さんに任せるとするか」
「任せてっ、私はもう小学6年生だもん!」
小学生ならこれぐらいでいてくれた方がいいか。
背伸びしたいお年頃なんだから水を差すようなことはしない。
でも、なんとなく不安になるから課題は1階でやることにした。
「お兄ちゃん、ももちゃんに会いたい」
「今日か? しょうがないな、連れてきてやるよ」
30分ぐらいかかったものの桃菜を連れてくることに成功。
……起きている状態のときに誘っておかないと苦労するということは昔からそうだったから安易に引き受けたことをいま後悔しているわけだが、
んで、当然来たとなれば送り返さなければならないというわけで、19時ぐらいにふたりで家を出た。
「ごめんね」
「いや、来てもらっている側だからこれぐらいは当然だ。それに桃菜は一応女子なんだし暗い中ひとりで帰らせられるわけないだろ、おまけに怖がりだしな」
他の女子が勝手に来ているだけだったとしたら送ることなんてしないと思う。
やっぱり昔からいる分、なにかをしてやりたいという考えが自然と出てくるものなのだ。
「たっちゃんのそういうところ、凄くいいと思う」
「はは、桃菜も寝ていること以外はいいんじゃないか?」
「寝ると気持ちいいんだ、だから誰にも邪魔はさせないよっ」
「程々にな――っと、着いたな、今日はありがとう」
「どういたしましてっ、それじゃあねっ」
ひとりで来た道を引き返しつつ、桃菜に特別な対象が現れたらどうするかと考えていた。
俺らは小さい頃から一緒にいるから幼馴染みたいなもので、もしそんなことになったら間違いなく寂しく感じるだろうということは容易に想像ができる。
あと、変なチャラ男とかに引っかかったら嫌だ。
仮に彼氏ができるのだとしても普通に真面目少年みたいな感じの存在がいいな。
理想を言えば俺の近くにいてくれるのが一番不安にならなくて済むが、今後はどうなるのかなんて存在しているのかすら分からない神ぐらいにしか分からないわけで。
「ただいま」
なので、とりあえず一緒にいられている内は大切にしようと思う。
喧嘩とかもせずに、どれだけ成長してもあくまで昔みたいな接し方を心がけて。
桃菜は笑った顔が一番魅力的だからそれを多く出してほしいし。
「お兄ちゃん……」
「眠たいのか? いまから作るから食べてからにしてくれ」
「うん……」
幸い、美弥がいてくれているから桃菜がこっちに来る理由ができている。
ふたりがとにかく仲良くしてくれれば話す機会も増えることだろう。
別にその先を望んだりしなければ後に面倒くさい感情に襲われたりはしないだろうし、やっぱりあくまで普通を心がければいいんだ。
「ほら、できたぞー……って、寝てるな、起きろー」
容赦したりはしなかった。
明日も学校があるわけだからさっさと食べさせて、風呂に入らせて、しっかり寝させなければならないからだ。
美弥はほとんど寝ていたものの、ちゃんと食べてくれて安心できたのだった。
今日は朝から雨が降っていた。
窓際というわけではないが窓の外に意識を向けると灰色の世界が広がっていた。
ただ、高校二年生であってもクラスメイトには関係はないらしく、こっち側はとにかく明るい空間となっていた。
その中で特にテンションが高いのは桃菜だ。
起きているときは本当になにがそこまで楽しいのかと問いただしたくなるぐらいの明るさでいる大田桃菜。
男女混合グループの中で一番目立っていると言っても過言ではない。
目立っているとは言っても悪目立ちをしているとかではなく、あのグループがこのクラスにとって上位の存在という風に扱われているだけ。
「大田さんって明るくていいよね」
「確かにっ、私もあそこに加わってみたいなー」
と、こんな風に他人から求められたりもする。
同じ教室にいるはずなのにかなりの距離がある感じがするのは俺の考えすぎというわけではないだろう。
まだ他の人間がいるときにあのグループに近づこうとするとお仲間さんが必ず付いてくるわけだから。
馬鹿とか言った場合には言葉でぼこぼこにされることは容易に想像することができる。
だから後から近づく人間はどうしても装いがちになるんだよなと。
「さっきから見ていたけどなにか用があったの?」
「なんにもない。外がどんよりとしているから明るくいてくれるとありがたいよ、教室内までどんよりとしていたら息苦しいからな」
「うるさくない?」
「別に休み時間だしいいだろ、ただまあ、限度というものはあるけどな」
「気をつけるね」
桃菜だけじゃないが人気になればなるほどアンチというのも増えてくるわけで。
多分、この教室内にも学校内にもよく思わない人間というのもいるだろう。
まあそういう人間は大体直接は言えないから気にしなくてもいいと言えばそうだが、自衛をしておくに越したことはないわけで。
なるべく不快にさせないレベルで盛り上がるべきだとそういう風に考えていた。
盛り上がるにしても放課後にするとか、学校外にするとかそういうの。
そうしたらそうしたでまた問題というのは出てくるかもしれないが、まあ完全に迷惑をかけない方法というのがないから仕方がない。
それに授業が始まれば切り替えができる人間達だからそこまで細かく対応する必要はないはずだった。
「たっちゃん、一緒に食べよっ」
「グループはいいのか?」
「毎日一緒に食べるわけじゃないよ」
それなら気にする必要はないか。
椅子に座らせて俺は空気椅子状態で食べることにした。
しっかりやっておかないとすぐに衰えるし、なにより前は男子だからその椅子を利用させたくなかったのだ。
「あ、ちゃんと作らないと」
「いいんだよ、白米と卵焼きがあれば」
白米といったってただの白米というわけじゃない。
ふりかけをかけたり、海苔を乗っけたりすればそれはもう立派なおかずだ。
沢山食べる人間というわけでもないのだからこれぐらいで十分だと言える。
「桃菜、口の横についてるぞ」
「ほんと? えっと……」
「ほら、取れたぞ」
「へへへ、ありがとよっ」
唇の端になら分かるが口の横につけるってそれはもう一種の才能だなと。
つか、教室内でこんなことをしていたら面倒くさいことになるだろと自分に怒っておいた。
「あ、そういえば告白されたんだけどさ」
「は!? あ……と、唐突だな」
寧ろ誰にもされていないと言われる方が信じがたいからそれでいいけどよ。
誰だ、このクラスの男子なのか? それとも先輩? それとも後輩か?
考えたところで分からないことなのに無意味に探そうとしてしまう自分の脳。
「あ、断ったけどね」
「なんでだ?」
「全く知らない人だったし、最低でも三年以上関わりがある人じゃないと無理だから」
「そうなのか」
三年以上ということはそこそこ絞られることになるよな。
でも、あのグループに属している人間達の中には条件を満たしている男子が複数いる。
中学生の頃からああやって集まっていたからな。
まあ、あのグループに属している人間達ならまだマシかなと片付けた。
「というかさ、美弥ちゃんって可愛いよねー!」
「唐突だな」
「可愛いでしょっ?」
「まあ」
「お兄ちゃんっ」と言いつつ来てくれるのは嬉しいな。
小学校高学年にもなると生意気になる場合もあるみたいだし。
美弥にはいつまでもあんな感じでいてほしい。
だが、ああいう風に接していると勘違いする男子もいるかもしれないから気をつけてほしいと考える自分もいて、中々に難しい状態だった。
美弥に勘違いするかもしれないから気をつけろ、なんて言ったところで「お兄ちゃんはなにを言ってるの?」と聞き返されるだけだろうしな。
「いいなあ、私も弟とか妹がほしかったなあ」
「まあ、楽しいぞ」
「あっ、ナチュラルに煽ってっ」
「ちげえよ、いいから食べろ」
自作弁当を食べ終えたら散歩開始。
何気にこうしている時間が好きなんだよなって。
「
「これは珍しいな、学校で話しかけてくるなんて」
「たまたま見かけて追ってきたの」
普段そんなことは絶対にしないから俺はこう言っているんだ。
桃菜と違って長い髪が本当に似合う彼女、斎藤
暇なのは悪いことじゃない、寧ろ忙しなく過ごさなくて済んでいいことばかりだ。
「桃菜は?」
「教室でゆっくりしているんじゃねえか?」
「はぁ、同じクラスなのになんでそんなに曖昧な答え方なのよ」
俺はこいつが苦手だ。
勉強ばかりしているからなのか考え方が堅くて一緒にいると息苦しくなるから。
だからたまにしか話しかけてこなくてよかったとすら思えていた。
興味を失くしたのか元からなかったのかは分からないが、彼女が途中で離脱。
今後もなるべく来ませんようにと願っておいたのだった。
「まじかよ……」
残念ながら傘がなかった。
朝から雨が降っていたから当然、傘をさしてきたのだが……。
「邪魔よ、どきなさい」
「あ、悪い」
まあないならしょうがない。
真衣がある程度帰った後に歩き始めようとした自分。
「どうしたのよ?」
「あ、忘れ物を思い出してな、帰るときは気をつけろよ」
今度から願うのはやめようと決めた。
つか神なんかいるわけがないし、人生はなるようにしかならないから無駄だ。
「嘘ね、傘が失くなっていたのでしょう?」
「実際のところはそうだな」
「入れてあげるわ、だから帰りましょう」
「は? いやいいよ」
後で面倒くさいことになりそうだからやめておく。
大体、彼女は仮に俺が傘を忘れていても「馬鹿ね」で終わらせる人間だ。
今日はおかしいな、それを口にして触れるようなことはしないが。
「いいから早くしなさい」
「はい……」
なにを求められるのかと不安になっていたら傘を持たされただけだった。
身長差もあるからその方が助かるわけだが、どうせなら桃菜がよかったなあと。
「真衣がおかしいから今日は雨が降っているんじゃないのか?」
季節的に雨が降ると最高に寒いというのもあって変なことはやめてほしいが。
「私中心で世界が動いているわけではないのだからそんなことを言われても困るわ」
「だろうな」
「無意味なことを言わないでちょうだい」
彼女にとっては自分も使用しているとはいえ他人に貸すなんて無意味なことだと思う。
それなのにそんなことをしているということは明らかにおかしい、普通じゃない。
一応触れることを言ってから額に触れてみたが、表情と同じで冷たいだけだった。
「あなたって馬鹿よね、仮に風邪でも私の態度が変わるわけがないじゃない」
「確かにそうだった、これは俺が馬鹿だったな」
馬鹿などは言われ慣れているから問題もない。
ないが、なんかやっぱり違うから礼を言って傘を渡し飛び出した。
俺より身長が低いくせに歩く速度が速いから合わせるのは大変なのだ。
「ただいま」
美弥が濡れて帰ってくる、なんてことにならなければ自分が濡れようと一切気にならない。
どうせ掃除するのは俺だから濡らしたって誰かに怒られるわけでもないし。
「あったけえ」
単純に寒かったのもあって温かい湯が体にしみる。
俺は食べることよりも風呂に入る方が幸せだと思っていた。
誰にも邪魔はされないし、美弥が入った後ならいくらでもいようが文句は言われないし。
「お兄ちゃんただいま!」
「待て、どうして小学生の美弥の方が遅いんだよ」
やけに静かだったのはそういうことか。
いやもっと気にしろよって話なんだが、まあ過保護すぎてもあれだからな。
「あー、友達のお家で遊んでてね!」
「それはいいけど、あんまり帰りは遅くならないようにしろよ?」
「うんっ、守るよ!」
よし、濡れているわけでもないようだし構わない。
「私ももう入るっ」
「おう、俺はもう出るから」
「えー、いっしょに数を数えてよっ」
「これ以上入っていたらゆでタコみたいになってしまうからな、それに妹様に広々と使ってほしいからな」
「むー」
しっかり拭くのを忘れない。
風邪を引いても馬鹿らしいから。
これをしっかりしておけば風邪を引く可能性が下がるということなら俺でも気にしてそう動くに決まっている。
「出るときはちゃんと拭けよ?」
「うん!」
そうしたら夜ご飯作りを開始――の前に床を拭く。
後で廊下を歩いた際に足が濡れても嫌だからこれはしょうがない。
「お兄ちゃんっ、今日は私も手伝うよっ」
「そうか、ならこれを運んでくれ」
「わかった!」
最近の悩みはちゃんと栄養を摂取させてやれているのかどうか、ということだ。
いまは俺が親みたいなものだし、ちゃんとしておかなければならないのだが、経験値が高くないから困ることも多々あるわけで。
我流なんて適当なことはできないからネットなどを真剣に調べて本当にいいのかどうかなんて分からねえだろこれ、とか文句を言いつつも参考にしているわけだ。
ド素人はとにかく慣れている人間の知識に頼るしかない!
変なオリジナリティはいらないのだ。
「よし、食べるか」
「うんっ、いただきます!」
「いただきます」
だからただただ「美味しい!」とにこにこしながら言ってもらえると安心する。
桃菜もそうだが、明るい人間が近くにいてくれるのは本当にありがたいことだなと。
あと、調べれば結構なんでも情報が記載されている現在に感謝しかないと。
「ほら、ついてるぞ」
「あぅ……」
「あと、箸の持ち方は?」
「こう!」
「はは、正解だ」
しつこく言ってきた甲斐があって口を開けて噛んだりしないし、箸の持ち方も正しくできているし、肘をついたりしないしで外で食べても恥ずかしくないようになっていた。
俺も多分できているはずだ、できていなかったら散々言われてきた美弥が指摘してくるだろうから大丈夫、問題はない。
「足りるか? 足りないなら俺のをやるぞ?」
「いいのっ!?」
「ほら、もっと食べて大きくならないとな」
小学生の頃の俺は美弥みたいに明るくはいられなかった。
桃菜とは友達だったが、学校へ行くと他の人間ばかりを優先されて寂しかったから。
本当は一緒に遊びたいくせに誘われても素直になれずに断ったこともある。
それで勝手にひとりになって勝手に拗ねたことも多かった。
結局、素直になるのが一番だ。
強がったところで本能には逆らえない。
それを無理やり抑えようとすればするほど、逆効果になって人が周りから去っていくだけだから絶対にやめた方がいい。
「お兄ちゃん?」
「あ、どうした?」
「私は食べ終えたけど……」
「食器は持っていってくれよ? 洗い物はするから」
甘やかしすぎても問題になるから難しい。
親は大変だなあ、働きながら子どもの世話をしなければならないなんて。
「うん――じゃなくて、食べないの?」
「いまから食べるよ、美弥は部屋でゆっくりしていればいい」
「うん、わかった」
たまに桃菜の妹として生まれてきたらよかっただろうにと考えるときがある。
やっぱり男の俺じゃ雑すぎるところもあるしな。
あと、同性にしか相談できないことってのもあるだろうし、……不安になるんだ。
だからって任せるわけにもいかないから向き合うしかないが。
「もしもし?」
「馬鹿ね」
「いきなりだな、寂しかったのか?」
「違うわよ」
じゃあどうして電話をかけてきたのかを聞こうとしたときのこと。
彼女は結構間を空けてから「ちゃんと暖かくしなさい、それじゃ」と言ってきた。
「おう――って、早いな」
苦手なはずなんだが、こういうところがあるから切ることができないんだ。
根本的なところでは桃菜も真衣も変わらないかもしれない。
ふたりとも優しいからな、片方は常に相手を凍てつかせるような冷たい表情だとしても。
柔らかい雰囲気をまとったら絶対にモテると思うんだ。
ま、こんなことを言ったらまた「無意味なことを言うのはやめてちょうだい」と言われるだろうから口にはしないがな。
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