第84話「めんどくさい騎士」

 翌日火曜日、午前8時15分……

 シモンとエステルは決めた時間に、きっちりと出勤していた。


 ふたりはいつものように朝の挨拶を交わす。


「局長、おはようございます!」


「おはよう、エステル」


 昨日は支援開発戦略局の記念すべき発進日であった。

 シモンの武勇伝、そして毅然とした態度。

 的確な課題の提示等で、局員達のやる気は著しく高まった。


 打合せの後、全員一緒にランチを摂った事も、連帯感を強める良きイベントとなったのである。

 これから仕事が始まる朝一番。

 なのに、シモンは上機嫌である。


「昨日は万事、上手くいったな」


 当然ながら、エステルも晴れやかな笑顔を浮かべている。


「はい、課題に対して全員が真摯に取り組み、オフィスで調べ事をするもの。外出し、交渉事へ向かった者、様々でした」


 しかし、シモンの表情はだんだん渋くなる。

 打合せをし、様々な施策を検討。

 担当を指名してみると、改めて「余裕がない」事を実感したからだ。


「でも、まだまだ人手が足りない。良き人材がいたら、取り立てていこう」


「了解です。あ、ひとつご報告が」


 エステルがすぐ同意し、ポンと手を叩いた。

 失念していた『報告』を思い出したらしい。


「何だい?」


「アレクサンドラ長官の下へ、ラクルテル公爵閣下より直接連絡があったそうです」


「え? 公爵閣下から、長官へ?」


「はい、閣下が今後、当省へ全面協力するとおっしゃっていましたから、早速ご対応されたようです」


「そういえば……そんな事をおっしゃっていたような」


「はい! まずは第一弾。王国騎士隊から出向という形で、当、支援開発戦略局へ騎士が1名赴任するそうです」


「え? ウチへ? 騎士が赴任? 何それ? 上席や人事部から俺は何も聞いてないぞ。いきなりだし。一方的にか?」


「はい! ちなみに、先日局長が腕相撲で勝った相手ではないそうです。その方は、一昨日王都へ帰還したばかりで、あの場には不在だったそうですよ」


「じゃあ、俺達が全然知らない人だ」


「ですね!」


「女性魔法騎士かぁ。まあ公爵閣下のご手配なら、実力は問題ないだろう」


「はい、ある程度の実力はお持ちでしょうね」


「何か、含みのある言い方だな」


「はい、アレクサンドラ長官からはやや性格に難あり、めんどくさい方という情報も……」


「長官が? 性格に難があって、めんどくさいか。まあ、護衛役はいくらいてもOKだから……とりあえず会ってみて、それからだな」


「ちなみに局長、その方、本日8時30分に1階へいらっしゃるそうですよ」


「え? 今日!? それも8時30分? ホントにいきなりだな。もうすぐじゃないか?」


「はい、昨日の商業ギルドのサブマスター、ペリーヌ・オリオールさん同様、私が迎えに行きますので、局長は後からオフィスへおいでください」


 と、その時。

 エステルの席にある魔導通話機が鳴った。

 噂をすれば影。

 女子騎士が1階受付に来たという連絡である。


 エステルは早速迎えに行ったのである。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 8時30分少し前、シモンは3階のオフィスに入った。

 果たして……

 女子騎士は居た。

 案内して来たエステルの傍らに立つ、筋骨たくましい大柄の体格をしていた。

 表情は……厳しい。

 というか、険しい。

 この場に居るのが、不本意という感じだ。


 あれ?

 何か、どこかで見た事のある顔立ちだ。

 

 と、シモンは感じた。


「局長、王国騎士隊所属の魔法騎士、ジュリエッタ・エモニエさんです」


「私はジュリエッタ・エモニエだ。……シモン・アーシュ局長か?」


「ああ、よろしくな。俺がシモン・アーシュだ」


 シモンが答えると、ジュリエッタは眉間にしわを寄せる。


「よろしくな? 俺? 貴方は口のききかたがなっていない。騎士に向かって失礼だぞ」


「失礼? 普通ならな。だがこうしてウチへ来た以上、貴女は俺の部下となる。他の局員と同じ扱いをさせて貰うよ」


「同じ扱い? 冗談じゃない。庶民や冒険者などとは違う! 騎士とは王国民から、たたえられる存在だ。敬意を持って接して貰うぞ」


 庶民?

 冒険者?

 おとしめられた言い方をされ、局員達は皆、不快な表情となる。


 ああ、性格に難あり、めんどくさい性格とはこれなのか?

 凄い上から目線……誇りが高すぎるって事か。

 

 苦笑したシモンだが、退くつもりもない。


「ジュリエッタさん、分からないのか? 俺は他の局員も含め、敬意は充分持って接している」


「何ぃ?」


「理解出来ないようなら、即刻お引き取り頂いて結構。他をあたる」


「ふざけるな! はい、そうですかと帰れるわけがなかろう。公爵閣下のご命令なのだぞ」


「いかに公爵閣下のご命令でも、ここは騎士隊でも王国軍でもない。マクシミリアン殿下直属、アレクサンドラ・ブランジェ伯爵が率いる公的機関、王国復興開拓省の要たる支援開発戦略局だ。局長の俺を含め、局員達と折り合えないなら、不要という事だ」


「私が不要だと! 騎士を愚弄しおって!」


「騎士を愚弄したんじゃない。あんたがウチの仕事には『不向き』だと言ったんだ」


「お、おのれぇ!」


「俺達が主に接するのは王国各地の庶民なんだ。あんたの態度では局内だけでなく、赴いた先でトラブルが起こるのが必至だからな」


「な、なんだと! 貴様、許さんぞ! そもそも貴様が閣下と引き分けたなど到底信じられん。将軍や隊長に勝った事もなっ!」


「ははは、そう言うと思ったよ。じゃあ論より証拠。勝負をした上で、納得して帰って貰おうか?」


「な、なに! しょ、勝負だと!?」


「ああ、この場で勝負だ」


 シモンはそういうと不敵に笑ったのである。

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